表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/34

均すもの

 窓の向こう、行き交う人々を眺める。流れは絶え間なく行き先も様々で、一人一人カウントするのは至難の技だろう。それでも一人ずつに意思が宿っていて、歩む人生がある。

 俺が見てきたもの。知らない電話番号、着なれないスーツ、血液をお金に換える少年、見た目に変化がない知り合い、意味不明なことを自信満々に宣う自称親友、自傷する学生、煽る学生、マスクをしたドクター、別人になった親友、欠けたままの俺。

──「失ったのは今日に至るまでの記憶であって、空白の六年間じゃない」

 真関さんの言葉を反芻する。

 俺が探していたのは、高校二年から二十三歳として目覚めるまでの記憶。六年の間に積み重ねてきた日々。

 俺のことを知っていると話す人が、親しげに微笑んでくれた。愛しさに応えたくなるのは道理だろう。

 六年も経てば、世界が根本的に変わっていたって不思議じゃない。小さな変化は、一日どころか一瞬で起こる。爆発的な力が加われば、瞬く間に世界は変わってしまう。

 置いていかれたのなら、早く追い付きたかった。

 たとえ思い出せなかったとしても、記憶に近づきさえすれば。理由で埋めれば、理解しがたいものも受け入れられる。

 ……なのに、空白の六年を知るほど、進んでいったのは非常識の侵食。

 共感からはほど遠い。

 抜け落ちただけだったならまだマシだった。

 もとから記憶が用意されていないのなら、俺が持つ違和感はなんなんだよ。

 どうして俺は、まかり通る理すら拒絶してんだ?

「記憶を取り戻せても、君はひとりぼっちかもね」

「……嫌味か?」

「まさか、皮肉だよ。ま、捉え方は人それぞれだぜ」

 広がったままだった万国旗を畳んでいく。小さくなった旗たちは、真関さんのポケットに帰っていった。

「どうしたい? 目を背けて耳を塞いでも、非難はしないよ。君は嘆くだけの理不尽りゆうを知ってる」

 幸い、記憶が抜け落ちている途中だ。真関さん曰く、俺ももう少しで元通りになる。

 以前の状態に戻るのか、済のように全く違う誰かになるのかは不明。

 どちらにせよ、三日前に目覚めた間明晴間おれの意識は、書き換えられる。俺も、″とって換わった側″らしいんだ、連鎖的に正しいのかもしれない。

 俺じゃないだれかの《目覚め》が繰り返され、今の俺は跡形もなく消える、それだけ。世界にとっては、それだけだ。

 血液が、血管を圧迫している。どくどくと、脈打つのを感じる。こめかみを押さえた。

 呼吸を忘れていたらしい。深呼吸をして酸素を取り込む。

 ……意味わかんねえオカルトに付き合わされて懲り懲りだった。眠って迎えた明日には、全部夢になっていてほしい。気だるげに入った教室で、おはようと挨拶を交わす。変な夢を見たって、笑い話をしよう。その輪に、真関さんが居る想像はうまく出来ないな。

 ……空想に浸る一方で、目はギンギンに冴えていた。

 夢でない証拠ばかりを目にして来たのだ。微睡むことすら許されず、非常に残念だった。まさに皮肉。焼却したって食えやしない。

 俺は消える。逃れようのない現実だとしよう。それが世界の理だと、一旦受け入れる。

 人の記憶は一定ではなく、書き換え″られる″。証人は済と俺。

 正直、済や真関さんが大がかりなドッキリを仕組んでいた方がよかった。持つべき友人に頭を悩ませる、それで済ませられた。

 大切な記憶は、俺のものじゃないかもしれない。愛しいと感じる心も、俺と一緒に成長してきたものでないかもしれない。

 俺は、何を以て、俺だと言える?

「誰かになる前、みんな……こんな思いをしてるのか?」

「記憶の混乱? 人によるかな」

 もともと記憶が誰かと共有されるものなら、恐らく混乱は招かない。そもそも、自分を亡くして誰かに生る必要ってなんだ?

 元通りってなんだよ。俺らがおかしいのか? 俺が俺でなくなる、意味がわかんねえよ。

「真関さんは、どうして覚えていられてる?」

 済のことも、俺のことも。忘れるのが世の常なら、真関さんは?

「寂しがり屋だからかなー」

 適当なことを。真面目に答える気はなさそうだ。マドラーでかき混ぜた氷が、涼やかな音をたてる。

「……ね。君は、君を諦められる?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ