「百聞は一見にしかず」
邪気のない笑顔。色とりどりの旗。食べ終わったタルト。
クラッカーを鳴らしたときもそうだった。いつだって、場に不相応なタイミングで取り出してくる。安らぐどころか、乱れていくばかりで。
「……今日は六月二十七日じゃねえよ」
ひとまず、日付の確認をした。
「あは。油でもさしとく?」
案の定、真関さんは自分の額をトントン、と人差し指で叩く。暗に「思考が錆び付いてんじゃないの?」と、言われたようだ。
俺のハッピーバースデー。今日が正式な誕生日でないことは、恐らく真関さんも承知している。その上で祝うのであれば。今までの話の流れからして──俺が過去の俺としての道を外れて、真関さんに向き合った、とかか? ハッピーバースデーなのに、祝われている気が全くしない。
そもそも、その前に引っ掛かれた言葉がある。
「裏切ってきたって、何だよ」
真関さんの言葉は、いつも脈絡を切り刻んでいる。意図して伝わらないようにしているから、手に負えない。
「裏切り者でも、一緒に生きていくことは出来るよ!」
胸を張って答えるのが、そこなのか?
「……裏切り自体は重要じゃないってか? はぐらかすなよ、……信頼できなくなる」
信じられると、思ったのに。迷いがようやく晴れてきた、気がしていただけ?
「…………嘘だったのか? 全部?」
親友だと笑った顔は? 垣内にかけた言葉は? 偽りで、裏切りで、ただ真関を楽しませるだけだった?
「まさか。冗談じゃないよ」
飄々と言って退ける。その態度は、ずっと変わらない。それが腹立たしかった。何を考えてる? 理解? やっぱり近づいてなんかいねえよ。
「ハッキリ言え……!」
掴みかかりたい衝動を抑え込んで真関さんを睨み付ける。
「言ったさ。いつだって本気だ。君を騙すことに、全身全霊をかけてる。ね、……知りたかったんだろ?」
「…………」
その答えが、裏切り? それも、今? いや、俺が望んだことだし、真関さんも制止はした。選んだのは俺だ。……俺だ。
「そうだな……」
力が抜けた。
俺が求めてきたのは、単純明快な答えだった。
重要なファクターにたどり着きさえすれば、……自然と記憶を取り戻せる。取り込んできた身近な虚構は、いつだって″ある瞬間″真実が明かされてきた。それが、セオリーだと思っていた。
正しい記憶は、マジックのように種が明かされるものだと、……あるいは、ゴミ箱に誤って放り込んだファイルのパスワードを探して、再インストールを試みるような。
予め用意されているものだと疑わなかった。常に不安と焦燥感はあれど、その程度の気軽さだった。
けれど、取り戻したい記憶は存在せず、用途としてあった″とって代わる″機能すら零す始末。
──それなら、俺は?
指先の感覚が薄れていく。
──俺は、一体なんなんだ?
手を震えを抑えるために、小指を握り、瞼を閉じた。息を深く吸って酸素を取り込む。
「言っただろ? あそこは君の事務所だ、って。探偵が探し物をしてはならないルールは?」
「……わかるかよ」
裏切ったなら、もう放っておいてくれ。いや、立ち去ればいいのか、俺が。支払いを終わらせて、店を後にすれば良い。それだけだ。
「違うでしょ。僕に失望することが、君の生まれた意味?」
立ち上がった俺に真関さんがかけた声は、日常会話の延長線のように穏やかだった。内容とは裏腹の、おはようと挨拶するような軽やかさ。
「その目に映してきたものは、一体何?」




