君が呼ぶ、証明
「忘れたいことを忘れて、君は君でいられる?」
記憶もない、俺である証明も、よくわからない。
「……済が、″とって代わられた″っていうなら、……俺は?」
俺も、俺じゃない誰かだった可能性がある?
「真関さんが知る俺は、……俺じゃ、ないんじゃないか?」
口にしながら、悪寒が走った。自分の存在を根底から覆しかねない全否定。まるで、皮膚を剥がされるような嫌悪感、激痛。
真関さんは、目を細めた。笑うでもない。日光を直視した時のような目の細め方。
「……君が亡くすべきだったのは、空気の読めない正義感だったね」
言いながら、静かにプレートにフォークを置いた。
いつの間にかプリンタルトを平らげていたらしい。口を拭き、手を合わせて「ごちそうさまでした」と笑う。
一連の動作を見届けたあと、真関さんはひとつ、ため息をついた。
「普通、気づかない振りをするもんだぜ。自分じゃない可能性? 誰も考えないよ」
「じゃあ、やっぱり俺は」
「呑み込むの?」
カフェオレの氷が溶けて、グラスを鳴らす。
「何があったか、本当にはわからないのに?」
真関さんの声は、ひどく冷たかった。射抜くような鋭い視線も。
呑み込む。過去の俺ごと、今を、全部。事実であるならそうするべきだろ。俺がどんな俺であったかを知って、繋ぐ。
真関さんのそれは、制止だろうか。憚らずに親友と呼べた瞬間に、立ち入るなと壁を作られたのかもしれない。
確かに、知っただけじゃ俺は過去の俺になれないだろう。例え俺自身が経験したことだったとしても、感覚や意識が伴わなければ知識止まり。
「そんなの、知らないままでいる理由にはならねえだろーが」
とって代わられたとしても、事実は残されている。俺は真関さんを親友と呼んだ俺を、知りたい。
「……そもそも、それが目的なんだろ? ……″親友″」
忘れさせる気も俺を今の俺としてだけ生かす気も、サラサラない。たぶん、出会った瞬間から、ずっと。
広がるばかりの空白で燦然と輝く、滲んだ薄い墨。
目の前の男は、ゆっくりとした動作で口許に左手を宛てた。
「……あっひひ、いいねえ。今日も今日とて天晴だ」
小さく拍手をしていたと思ったら、スラックスのポケットに手を突っ込んだ。
真関さんと、ポケット。連想したものに、慌てて制止の手が伸びる。
「クラッカーはよせ」
出てきたのは、カラフルな旗だった。両端をつまんで、万国旗を広げていく。運動会を彷彿とさせるそれは、一体なんだ? マジックショーでも始まったのか?
「僕を親友と呼ぶ君は存在しないよ。いつだって、僕から裏切ってきたからね」
「………………、は?」
「だから、ハッピーバースデー、間明晴間くん!」




