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思い出の喫茶店


 ■■■


 ああ、まずい。

 約束の時間から十分すこしオーバーしている。

「……、いらっしゃいませ」

 店内をぐるりと見渡す。待ち合わせの場所は、昨日も来た喫茶店だ。でも、わたりの姿はなかった。

 間に合わないと悟った瞬間、連絡を入れたけれど、返事どころか読んだ様子もない。

 業を煮やして帰った? いや、済なら会った上でひとこと言うはず。

「……こんにちは、マスター。済来てませんか?」

「済君?」

 マスターは磨き終えたグラスを棚に置いて、俺の方に体を向けた。一瞬の間の後、困ったように眉を下げる。

「見てませんね」

 どれだけ忙しくても、マスターは丁寧なグリーティングを欠かさない人だ。時刻は十四時十分。ランチが終わり、客足も一旦落ち着く頃。見逃している可能性は低いだろう。

 それなら、済も遅れてる? 珍しいな。

「今日はどうされたんですか? 同窓会?」

「えっと、……そんなとこです」

 同窓会か。年齢的に、話題にのぼってもおかしくない。俺からすれば、つい最近まで学校で顔を合わせていたのに、……変な気分だ。

「それなら、奥の席でお待ちになられては?」

 案内された二人掛けのソファに腰を落ち着ける。ふかふかだ。艶のある木製のローテーブルは、ライトを綺麗に映し込む。オルゴールが流れる、穏やかな空間。

 メニューに目を通していると、お冷やが運ばれてきた。

「ありがとうございます」

「お飲み物は、いつもご注文いただいているものでよろしいですか?」

 アイスコーヒーの風味と冷たさを思い出して、喉がなる。

「お願いします」

 「かしこまりました」と会釈をして戻っていくマスターを見届けて、鞄を漁る。書きなぐった紙とノート、ボールペンを取り出す。

 状況を整理しよう。

 単と話したこと。噛み合わない会話。俺が記憶を失いかけていること。

 電話口の済は特に違和感は抱いていなかった、……はずだ。だから、単とは違って、今日はまだ会っていない。

 会って話した方が早いから、詳しくは伝えていないけど、むしろ俺の状況に理解すら示していたような。

「どうぞ」

「ありがとうございます」

 行き詰まった頭に、アイスコーヒーが涼と苦みを届けてくれる。

 済が欲しがっているであろう情報、真関さんのこと、新たに浮かんできた疑問点。

 カチカチと、ボールペンをノックしては戻す。

 マスターがグリーティングをするたび顔をあげるが、済の姿はまだない。アイスコーヒーの氷もずいぶん小さくなった。もう一杯頼もうか。

 時刻は十四時四十分。

「……、いらっしゃいませ」

 端末の通知を確認しながら、顔をあげる。スーツを着た済の姿。ようやくのお出ましだ。

「済! こっち!」

 気づかなかったようだ。済はカウンター席に腰を掛けて、マスターに注文をしている。

 ……約束の時間は、十五時だったか? 忘れないようにと書き記したページを確認するより、本人に聞いた方が早い。

「済」

 近づいて、肩を叩く。スーツ姿の済が振り返った。

 ああ、こいつももう、学生じゃないんだな……。でも、昨日見た姿は前と変わらなかった。だから、纏う服が変わろうと済は済だ。

「よ、どうした?」

 ひらひら、と済の前で手を振る。呆けた顔が、ハッとした。

「あ、……えっと」

 なんだ、それ。

 第一声に含まれる、不気味な戸惑い。

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