表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/34

無垢な証明

「……ぼくはね。記憶を失っても、ぼくに声をかけてくれたお兄さんが大好きなんだ」

 両腕をいっぱいに広げて、無邪気な笑みを浮かべた。太陽の光をうけた金髪が、青空によく映えている。

「ぼくの命が証明だよ」

「……大袈裟だろ」

 年端もいかない子供の、命が証明だなんて。

「どうして?」

 その証明は、あまりにも無垢すぎる。

 ひとりに一つだけ与えられる大切な命。易々と差し出されるものじゃない。良いわけがない。

それが、誰かの生きた証明になるというのならば、命を救った英雄か、もしくは命を騙った詐欺師。

「……俺、単にひどいことをしてたんじゃないか?」

 なにか、命が関わることに巻き込んだ上に、無垢な単を連れ回していたとか。

 であれば、悪癖スリで俺を試したことにも納得がいく。

 六年間の記憶がすっぽり抜けているから、確証はない。もちろん、否定も。

「あえて言うけど。今のお兄さんの言葉も大概だからね」

 ため息をつかれた。そりゃそうだ。もし真実だったとき、被害者自身に確かめようだなんて愚かにもほどがある。

「悪い」

「ぼくが、判断がつかないこどもだって?」

「それは……」

 正直、否定できない。出会い頭にナイフで指を切るくらいだ。例え今の常識だったとしても、痛みは走る。歯を食い縛らなければならないほどの激痛。それなのに、単は容易く証明を採った。

 少なくとも、判断基準はズレている。

「ねえ」

 紫色の瞳が、まっすぐに俺を見据える。

ぼく(、、)の言い分は、信用に値しない?」

 投げかけているにも関わらず、すでに答えを見透かしているような。自信に満ち溢れた顔だった。

──ようやく、理解した。大人と子供の話じゃない。

 これは、俺と単の話。俺が関わった、かけがえのない、ひとりについて。

 今の俺が、単とどう向き合っていくべきか。

「……単が信じられないわけじゃない」

 信じていないのは、誰でもない。俺自身だった。

「お兄さんのなかに何も残っていなかろうと、お兄さんが今まで積み重ねてきたものは無くならない。善行も、……悪行だってね」

 意味深に付け加えられた「悪行」の一言に、唾を飲み込む。

「やっぱ俺、ロクでもなかった……?」

 単は、ニタリ、と悪魔のような笑顔を浮かべた。

「白黒ハッキリさせようだなんて、まだまだ青いねえ」

 いったい、何者なのだろう。見た目こそ小学校低学年。だけど、言動は一般的なそれからはかけ離れている。

「お兄さんが当たり前にとれる行動こそ、案外お伽噺染みているかもしれない。ねっ、ヒーロー?」

「……世間知らず、か?」

「″指が生えました″……だなんて常軌を逸する子供、誰が相手にしてくれる?」

 包帯が解かれていく。血が滲んだ跡はない。

 それならばと淡い期待を抱きかけたけれど、形になる前に霧散する。

 当然、左手の小指はなかった。一昨日見たまんま、付け根から切り落とされている。

「……それって、俺にもできるか?」

「生やす? 恐らく無理かな」

「……、なのに俺に勧めたのか?」

「ぼくとお兄さんの仲でしょお?」

 単といい、真関さんといい。俺の交友関係はどうなってるんだ。

「だって、お兄さんの寂しさは変わらないもの(、、、、、、、)だもの」

「それ、よくわかんないんだけど」

 寂しいくせに、なんで笑顔を浮かべられるのか。寂しさをまぎらわせるために笑顔を作るのか?

 いや。寂しいのは単じゃなくて、俺。それも、記憶を失う前から。

「わからなくたって、お兄さんはぼくのことを好きでいてくれるでしょう?」

「ああ」

 断言する俺に、単は屈託のない笑顔を見せた。

「だから、ずっとずっと……信じてるよ!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ