無垢な証明
「……ぼくはね。記憶を失っても、ぼくに声をかけてくれたお兄さんが大好きなんだ」
両腕をいっぱいに広げて、無邪気な笑みを浮かべた。太陽の光をうけた金髪が、青空によく映えている。
「ぼくの命が証明だよ」
「……大袈裟だろ」
年端もいかない子供の、命が証明だなんて。
「どうして?」
その証明は、あまりにも無垢すぎる。
ひとりに一つだけ与えられる大切な命。易々と差し出されるものじゃない。良いわけがない。
それが、誰かの生きた証明になるというのならば、命を救った英雄か、もしくは命を騙った詐欺師。
「……俺、単にひどいことをしてたんじゃないか?」
なにか、命が関わることに巻き込んだ上に、無垢な単を連れ回していたとか。
であれば、悪癖で俺を試したことにも納得がいく。
六年間の記憶がすっぽり抜けているから、確証はない。もちろん、否定も。
「あえて言うけど。今のお兄さんの言葉も大概だからね」
ため息をつかれた。そりゃそうだ。もし真実だったとき、被害者自身に確かめようだなんて愚かにもほどがある。
「悪い」
「ぼくが、判断がつかないこどもだって?」
「それは……」
正直、否定できない。出会い頭にナイフで指を切るくらいだ。例え今の常識だったとしても、痛みは走る。歯を食い縛らなければならないほどの激痛。それなのに、単は容易く証明を採った。
少なくとも、判断基準はズレている。
「ねえ」
紫色の瞳が、まっすぐに俺を見据える。
「ぼくの言い分は、信用に値しない?」
投げかけているにも関わらず、すでに答えを見透かしているような。自信に満ち溢れた顔だった。
──ようやく、理解した。大人と子供の話じゃない。
これは、俺と単の話。俺が関わった、かけがえのない、ひとりについて。
今の俺が、単とどう向き合っていくべきか。
「……単が信じられないわけじゃない」
信じていないのは、誰でもない。俺自身だった。
「お兄さんのなかに何も残っていなかろうと、お兄さんが今まで積み重ねてきたものは無くならない。善行も、……悪行だってね」
意味深に付け加えられた「悪行」の一言に、唾を飲み込む。
「やっぱ俺、ロクでもなかった……?」
単は、ニタリ、と悪魔のような笑顔を浮かべた。
「白黒ハッキリさせようだなんて、まだまだ青いねえ」
いったい、何者なのだろう。見た目こそ小学校低学年。だけど、言動は一般的なそれからはかけ離れている。
「お兄さんが当たり前にとれる行動こそ、案外お伽噺染みているかもしれない。ねっ、ヒーロー?」
「……世間知らず、か?」
「″指が生えました″……だなんて常軌を逸する子供、誰が相手にしてくれる?」
包帯が解かれていく。血が滲んだ跡はない。
それならばと淡い期待を抱きかけたけれど、形になる前に霧散する。
当然、左手の小指はなかった。一昨日見たまんま、付け根から切り落とされている。
「……それって、俺にもできるか?」
「生やす? 恐らく無理かな」
「……、なのに俺に勧めたのか?」
「ぼくとお兄さんの仲でしょお?」
単といい、真関さんといい。俺の交友関係はどうなってるんだ。
「だって、お兄さんの寂しさは変わらないものだもの」
「それ、よくわかんないんだけど」
寂しいくせに、なんで笑顔を浮かべられるのか。寂しさをまぎらわせるために笑顔を作るのか?
いや。寂しいのは単じゃなくて、俺。それも、記憶を失う前から。
「わからなくたって、お兄さんはぼくのことを好きでいてくれるでしょう?」
「ああ」
断言する俺に、単は屈託のない笑顔を見せた。
「だから、ずっとずっと……信じてるよ!」




