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空白を欠く

 一緒に映っているのは英雄殿。金の蔦模様が白亜に伸びて、一面の青空によく映えていた。英雄殿はエウヘメタルが誇る観光名所、だから写真に収まっていても珍しくない。

 それなら、手にとったのはなぜ?

 唸りながら導いた結論は、無意味に無意識が働いた、もしくは気のせい。手応えはまるでゼロ。

「ハ……。なんだよ、これ」

 結局、″記憶にない″その一言に行き着く。普通であれば途方に暮れて諦めるそれには、非常に身に覚えがあった。

 俺にとって最重要事項といっても過言ではないほどの、大きな空白。

 道が分からなくなった、あの瞬間に、酷似している。

 そもそも、俺はなんで何も持たずに出かけた? 最低限財布と端末は持っていくべきだって、わからないわけがない。

 手にした青空ブルースクリーンに、思考が散る。断片が白亜に塗り替えられていく。

「朝、君は怒っていたよ」

「怒るって、……誰に、ですか」

 怒るほどの出来事を、どうしてすぐに忘れられるだろう。発散して、感情が落ち着くことはある。でも、至るまでの事実は消えない、はずなのに。

 ドクターは、俺が″忘れている″のを見越して口にしているようだった。

 指摘されるまで気づくことすら頭になかった。今も、至るまでの道筋を振り返るのは困難だ。

 考えるほど、炭酸のように思考が弾けて散っていく。

 偶然の重なりかもしれない。本当は、地下の事務所も、写真も、怒りすらも、実在しなかったかもしれない。からかいの延長線の可能性だってある。

 だったら、腹に落ちる何かがほしい。見つけられなかったとしたら、それは空白の証明になる。

「あの、……真関さんは?」

「それを追ったんだろう?」

 真関さんの行方を、俺は知らない。行きそうな場所も見当がつかない。見失った、あるいは別れた?

──別れる、誰と?

 考えた先から、意識が漂白されていく。今のままじゃ、ダメだ。

「すいません、ありがとうございました!」

 廊下を突っ切って、階段を駆け降りる。どの部屋を使ってたっけ?

 いや、悩むな。手当たり次第、まずは大きな木製の扉から。

 鈍い音を立てながら飛び込んだ先で、たくさんの骨董品に迎えられる。

 昨日と一緒の部屋。ようやく、記憶が使い物になって、少し安堵した。

「鞄!」

 ソファの横に置きっぱなしの鞄を漁る。

 紙とペン。名刺に端末を引っ張り出す。写真、怒り、飛び出した理由。空白すべてを書き出して、端末を操作する。

「……もしもし、済?」

 どこまで有効かはわからない。もはや、何がわからないのかも。

 それは、変わったことにも気づけなくなるということで。

 俺の今日は不明瞭だ。それなら、至るまでの繋がりを辿れ。

 たった一日前の出来事でも、ひどく遠い日を振り返る気分だった。

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