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希望を喚べ、愛しき共犯者。

 出会った一般人に自分の手首を切り落とさせるくらい、志崎ならやりかねない。

「ゴ心配であれば、足を縛っていただいても構いませんが?」

「では、お言葉に甘えて」

 秘技、膝カックン。

「エ、ちょっ……」

 志崎の膝が、浮かべていた余裕と共に崩れ落ちる。状況が見えていないうちに、ふくらはぎの上に乗って、押さえつけた。ポケットから予備の靴紐を取り出して、足を拘束する。

「……可愛くリボン結びとか出来ませんでした?」

「デコレーションがお望みなら、サテンリボンはどう?」

 豊富なカラーバリエーション。求められる″可愛い″に応えてみせるよ。

 手始めに、赤いリボンを靴紐に巻いていこうか。

「紐、増やすのやめてもらえますか」

「ほら、頑丈になった」

「″昔″はあんなに素直だったのに」

「可愛くない? 心外だなぁ」

 僕なりの手心を加えた、ご希望のリボン結びだぜ。

 靴紐の地の色を隠すほど、隙なく巻いた赤いサテンリボン。

 リボン部分に固結びをしたからほどける心配もない。

 可愛い上に、頑丈。最高だろ?

「昔の話をするならさ、……僕との約束だって、覚えてるよね?」

 昔話を挑発目的で持ち出すのは悪手だ。

 僕がいつどこで、お前に可愛い姿を見せたことがあった? という苛立ちはともかく、そもそも志崎には″昔″がない。

 残っているのは、機能だけ。

 志崎は「もちろん」と笑みを浮かべた。平然と。

 嘘つきは泥棒の始まりだ。現行犯で然るべきところに突き出さなきゃ。

 でも、それは今じゃない。

 志崎を壁に寄りかからせて、立ち上がる。

「お待たせ。送っていくよ」

「どこに帰れるんだよ、今更」

 背中に投げ掛けられた声は、当然のように不安が滲んでいる。気にせず歩き出すと、ため息の後に、足音が重なった。

 おかしなことを言う。今更帰れない? 当たり前だよ。

 甘くて薄い膜で守られている世界にはもう戻れない。人である保証を疑い、自ら退けてしまったのだから。

「真実に失望した? 人がお金に換われば楽ができたって?」

「違う」

 短い一言。声が震えている。躊躇いを隠せていない。だから、代わりに僕が断言しよう。

 違わないよ。心の底ではまだ、揺蕩う人生を望んでるんじゃない?

 自分に課せられたすべてには、大いなる意思が仕掛けた劇的な意味かちがある。運命は正しく、神様が下す結果は、必ず幸福へ導いてくれると。

 あるがままの姿で、神様だれかに価値を決められて、存在を認められて、楽になりたかった? 違う? ほんとうに?

 でも、否定は時として、希望を喚ぶことがある。

 たとえ未熟だろうが、自ら選んだのであれば。

「それなら、向かうのはただひとつ。君が願う場所、それだけだよ」

「願い? そんなもの」

「もちろん、霊柩車は呼ばないし、パトカーだって必要ない」

 舞台の裏側を知ってなお、自分の価値観を捨てられないその愛しき愚かさこそ、君を導く。

「君は、君のままでいられるよ」

 今日を生きる限り、君のために明日はやってくるんだから。

 そろそろ日付が変わる。価値を見失い、高飛びも叶わず、寄る辺すら手放してしまった。

 でもそれを理由に諦めなくたって、いい。

 ビルの隙間から、大通りへ。足下を注意深く見ずとも、街灯が照らしてくれる安全地帯。

「そうだ」

 別れる前に、渡したいものがあった。

 じゃり、と砂を踏みつけながら振り返る。

 素直に着いてきていた塩上くんが、ワンテンポ遅れて立ち止まった。

 差し出されたものを見るなり、顔をしかめる。

「……紐?」

はなむけに」

 塩上くんの手に、オリーブ色の靴紐を落とす。纏めずに渡したから、アオダイショウが手のひらに居るみたい。

「約束」

 明日を生きようともがく君に、僕のお気に入りをあげる。

 ギラギラのラメが光る、とびっきりクールな靴紐だ。

 片足分だけだけどね!

「……なんの?」

 答える代わりに、意味深に笑ってみる。塩上くんの眉間の皺が増えた。

「塩上くん。また明日!」

 次会えたら、君の答えを聞かせて。君の明日が、未来に続くよう僕はずっと願ってるから。

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