真価の行方
「……腕のいいマジシャン呼んで、俺に、何、望んでんだよ」
「アなたも、お困りでしょう?」
「だから、なんなんだよ! いきなり!」
塩上くんの怒声が飛ぶ。
「……教えてあげるって、言っただろ?」
君を縛る、金のナイフの正体を。価値ある人が、お金に換わるという真実を。
これは、マジックショーでもなんでもない。乱暴に隠されている、一介の現実だ。
「……ごめん」
志崎は金のナイフを拾って、刀身を軽く振った。付着していた砂ぼこりを落とすと、座り込んだままの塩上くんの前に跪く。
「サあ、握ってください」
塩上くんは茫然と、差し出されたナイフを眺めている。無理もない。塩上くんの手に添えられた左手こそ、温度を感じてはならない異質なのだから。
何事もなかったように笑みを湛える志崎。さっきの出来事が地続きなら、受け入れるにはあまりにも歪で、非現実的な光景が広がっている。
それでも──だからこそ、君は選ばなければならない。【思考を止める】か、【考え続ける】か。
「求める限り、共にあります」
塩上くんに金のナイフを握らせると、志崎は自身の首に誘導する。
ぎこちなく、けれど、確実に。刃を宛がい皮膚を引き裂かんとする、寸前。
「……離せ」
なされるがままだった手が止まる。震えのない、確かな意思を宿して。
「オや?」
志崎はニヤケ顔を崩すことなく、首をかしげた。それも、ナイフが宛がわれている側に。
「バカ、やめろ!」
塩上くんの意思に反して、志崎の首に刃が通った。
甲高い金属音が夜の街に響き渡る。一拍遅れて、再度、高音が静寂を支配した。
「アなたの必要な分には足りていないでしょうに」
投げ捨てられたナイフに、血液が滴り落ちる。それは落下中に形を変え、キン、と金属音を響かせた。
「ナんなら、刎ねてみます? 支障はありませんよ。くっつきますし」
言いながら、切りつけた箇所の皮膚を指で伸ばしてみせた。すでに、傷口は塞がっている。
「……悪夢か?」
「まさか。この上ない、エウヘメタルドリームだよ」
「ハ、エウヘメタルドリーム、ね……」
価値ある人はお金に換わる。君も知っての通り。公然の事実として受け入れられている理だ。
塩上くんは刷り込まれた常識を払うように、首を振った。
「…………換わりたかったのは、……俺で。お前じゃない。だけど」
「ダけど、……なんです?」
「……血のついた貨幣を見せ合ったことがあったんだ。馬鹿な学生が考える、ただの度胸試し」
橋の上から飛び降りるとか、廃屋に忍び込むとか。その程度の認識だったんだろう。
金のナイフなら、自身を傷つけることも厭わない勇敢さに加えて、得られた貨幣で自身の価値もはかることが出来る。
「俺だって、俺のままでいたかった」
金のナイフが与えたのは、《俺だけがお金に換わらない》という絶望。
ただの度胸試しだったはずが、必要とされていない証明をしてしまった。人ですらないと、赤い血液は宣告する。
「……そりゃあさ、刺したもん負けだよ」
金のナイフは、信用を明確にできる便利なアイテムじゃない。暗黙の了解に、形が与えられた──刺さないことが前提の、ただの絢爛豪華な余剰品だ。
「さて、志崎」
「ハい。……はい?」
親しき仲にもビッグサプライズ有り、ということで。
嘲笑を浮かべていた志崎の後ろに回り込み、靴紐で手を縛る。
金のナイフが使用できなければ、志崎はそこに在り続けるしかない。
「太陽が今の月の位置になる頃には、迎えが来ると思うからさ」
「ホぼ真上なの、見えてますか?」
雲隠れしちゃって、僕の目には映らなかったね。
「連絡、忘れないでくださいよぉ?」
「それ、そのまま返す。徘徊するなよ?」




