炎上する夢の果て、焦がれる明日の先に
金のナイフが君の価値を否定した?
まさか、君は生きてる。他でもない、君自身がそれを知っている。だからヘタクソなりの擬死で、その身を守っているんだろ?
「ねえ、僕は真関 塁」
「…………」
「お名前は?」
マイクに見立てた拳を、男の顎に押し当てる。不服そうに、眉間に皺が寄っていく。
「…………、塩上 普哉」
「へえ! 塩! いい名字だね」
すごい苦々しそうな顔で答えるところもピッタリ! にがりの豊富さを表してるみたい。
「褒めんのそこか?」
「もちろん。だって、塩だよ! 塩は生きていく上で欠かせない多くの栄養素を含んでいて、今でこそ手軽に入手できるけど、昔は貨幣として──……、止めてくれない?」
「……はあ? 自分で出来んだからいいだろ」
しょっぱい。
「な、……変だと思わねーの?」
「僕? それとも君?」
「人に指差すなって、教わんなかったか? いや、そうじゃなくて。……アンタを」
「また、襲うんじゃないか?」
目線こそ合わないけど、躊躇いがちに頷いたのを見届ける。
疑問を抱くのは良いことだ。それなら、僕には答える義務がある。せっかくの共犯関係。亀裂を走らせる意味はない。
「まず、僕を刺したところで大金は手に入らない。ターゲットを移したとしても、君の価値は損なう一方、取り戻せやしない。賞金首がいる時代だったら、話は別だったね」
無条件の信頼関係とは、なんと憧れるフレーズだろう。
残念なことに、僕と塩上くんの間に築かれているのは厚い壁。
僕はすぐにでも信じられるけど、される側からすれば出どころ不明の信頼なんて胡散臭さの極みだ。
それなら、君がする必要のないことを連ねてみせよう。信頼は、積み重ねてきた過去から生まれるのだから。もちろん、後悔も込みで。
「道連れにして、わかったろ?」
「なにが」
「垣内くんのことさ」
小さな舌打ちを、耳が拾う。
自覚がないのなら、苛立つこともない。
「それに、僕は君と取引はしないよ。利用するのは済くん。だから、共犯者」
「一泡吹かせようって?」
「……いや。恨んでない。君も、済くんも」
塩上くんの眉間の皺が深くなっていく。済くんと同列に扱われたのが気に食わないと見た。
「意味わかんねー」
「いいじゃん、理解が進んでる」
意味がわからないことがわかる、ということは、とても大事だと思う。
目の前の暗闇の先が溝なのか、谷底なのか。判明するだけで、採れる選択の幅が変わる。埋める、照らす、橋をかける、柵や壁を作る、──掘り下げる。
「なんで、終わらせてくれねえの?」
「…………」
「誰も咎めねえ。死体のひとつやふたつ。むしろ、銀行から賞賛されるだろ。アンタの価値だって戻るかも……」
塩上くんの目線と自嘲気味な声が、コンクリートに落ちる。先に転がされていた金のナイフは、月光の恩恵を受け、煌びやかな刀身をいっそう輝かせていた。
「残念だけど、自己完結で世界は終われない」
君もよく知っているはずだ。君が観測する世界には必ず、君を形作る、失望以外のものがあったということに。
希望がなければ、失望も宿らない。その逆もしかり。
「君がどうであれ。僕は、君と明日を迎えたくてね」
どれだけ悲惨な明日がやってこようと、積み重ねてきたものが全て裏切りに変わろうと。
共に生きる君がいるから、僕が僕であることを忘れずにいられる。
「世界が君を終わらせるんじゃなくて、──君が世界を終わらせるべきだよ」
輝かしく映った未来の正体が、炎上する夢の果てだったとしても。
君が今を生きようともがいて鼓動を刻む限り、焦がれてやまない未来は存在する。
「ハッ、破綻してんな」
「いい塩梅だろ?」
「意味わかんねー……けど、鬱陶しいっつーのは、わかったよ」
突き出した拳に、熱が重なる。
ああ、……繋がった。
伝わる温度に、たまらず安堵の息が漏れそうになった、瞬間。
「ソう。至極鬱陶しいこと、この上ないんですよねえ」
頭上から声が降り注ぐ。




