傲慢という名の熾火
「僕は、祝福しよう。庇護の影から転がり出た君を」
金のナイフを自分自身に突きつけた傲慢さを、どうして愛さずにいられようか。
ただ死を望むのならば、金のナイフでなくてもいい。投身でも、包丁でも、死に方は選べる。
そのなかで、金のナイフを手にした。
失望吹き荒ぶ、寒く寂しいその心にだって、必ず灯は燃えている。
たとえ燻り小さくなっても、可能性はいつでも君の命と共にある。
「君が今日を生きている限り、僕は全身全霊を懸けるよ」
生きたいと願いながら、その身を裂き、死体へと変容した。正しくも儚い倒錯を、僕は希望的なことだと信じている。
人が考える葦である限り、滑車は回り、歯車が風車を動かす。生まれた風で蝶は舞い、桶屋が儲かる。
すべてはその鼓動と共に。
停滞していた運命が、流動する。
「ハ、神様にでもなろうって?」
地面についていた男の右手に、力が込められる。
……神様なんて仰々しい。
「ヒーローがいいな。憧れなんだ」
「あ、そ。どっちにしても胡散くせー」
「そうさ。残念だけど、僕には似つかわしくない」
どうせ、握手は拒否られるんだ。まあ、手を伸ばしたところで握り返されるかは、僕の知るところじゃない。あくまでも、君の人生、選ぶも突っぱねるも君自身の選択がすべて。
とは言え、腐るのをただ見過ごす……のも、僕の趣味とは違う。
「そこで、君には共犯者として、ご協力願いたいんだ」
「あ、?」
右手首を掴んだと同時に、捻る。
「いっ……!」
握られていた拳が呆気なく開いた。油断していたんだろう。証拠に、男はさらさらと砂が落ちていく様を見届けない。
「ああ……これは要請ではなく、強制でね」
右手を庇う男の胸ぐらを掴み、立ち上がらせる。
「どうせ、君に居場所なんてないんだ。……光栄だろ?」
「てめえ……」
覗き込んだ瞳の奥で、憎悪が燃えている。あは、極悪な顔だ。すごみを利かせた視線に、口角が上がる。
「教えてあげるよ。君らを縛る、金のナイフについて」
僕を訪ね、僕を必要とする、ただひとつの理由。それが、金のナイフだ。
別に、彼に限った話じゃない。
間明くんも、わざわざ閉幕した舞台の裏側に転がり込んできた。それも、目を覚まして間もなくに、だ。
良かれと思って人の生に首を突っ込むのは、いつまで経っても治らないね。
「済くんの思惑通り……は、癪だけど、それなら精々僕も利用しよう」
利害の一致。全く、気持ちのいいものだね! 足の引っ張り合いの間違い? 大いに結構。
「……ハ、取引? 馬鹿言え。信用しねえ。あいつも、アンタも」
「それ、お互い様ってやつじゃない? ……ま、気持ちはわかるよ」
済くん、ねちっこいもんね。嫌気が差しても仕方ないかも、なんて。あくまでも、僕が感じた普段の人となりの話。
済くんが記者として接触したならば、相応の情報は提供するべきだった。例えば、僕が亡者であることとか。忘れたとは言わせないぜ。邂逅一番、僕を滅多刺しにしたこと!
「君自身に覚えはないの? ねえ……僕の血液で飛ぶ気、あったんじゃない?」
成人の小指一本でエウヘメタル市民の平均月収。
では、大量の出血が期待できる、心臓なら?
「ハ、確かに″お互い様″だな」
左の口角をあげて、皮肉めいた笑みを浮かべる。
彼は僕を刺すことで大金を掴もうとして、済くんは彼を差し向けて僕から情報を引き出そうとしていた。
ただし、それらの頭に付くのは″あわよくば″。
覆っていた群雲が晴れ、月光が彼の姿を照らし出す。
浮かび上がったのは、カッターシャツの泥汚れと、Tシャツに広がる微量の血液。
「教えてくれよ。人じゃなくなった死体と、どうして取引をしようだなんて思う?」
……ああ、なんて面白味に欠けるジョークだろう。自分自身も笑えていない。自罰的なジョークは誰も幸福にしないっていうのにさ。
やっぱり、君を霊柩車に乗せるのはまだ早いみたいだ。




