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ひと月記念日

 ■■■


「背中をざっくりとかさあ、君も手段を選べなくなってるんだねえ」

「…………は」

 息を呑む気配がした。背中に刺さったナイフが持ち主の手から離れる。でも次の瞬間には、より深く押し込まれた。

「ゔ……っ」

 今度迎えに来るときは霊柩車だって言ったのに、呼ぶのはパトカーの方が良さそうだ。

「……君が浮かべている表情を当てて見せようか? 僕の第三の目で! なんて」

 和やかなジョークでも……と笑いかけて、飛びそうになったのは僕の意識だった。

「い、いたいいたい! 引き抜──いッ」

 全神経が異物に集中した。小刻みに、肉を抉る感覚に涙が滲む。浅くても整えることで平静を保とうとしていた呼吸が詰まる。

「はあ、はあ……。引き抜くときくらい、優しくしてくれても、よくない?」

 うまく、頭が回らない。

 痛みで遠退きそうな意識。

 よたった体を、壁に預けて、なんとか座り込むことは回避する。

「……はぁ」

 頭を冷やせ。数を唱えようか? それとも……。

──いや、現状を再認識する方がもっとスリリングに覚醒できる。

 僕の名前は真関塁。

 取り立てて特徴のない高校生だ。

 年齢は、十八。

 今日の日付は? ……いつだっけ。

 質問を変えよう。

 日付に意味がなくなってから、何日が経った?

──今日で、ひと月。

 世界が僕を忘れてから、一ヶ月が経った。

「……はぁ」

 まさか、一ヶ月記念日にナイフで一突きされるとか、趣味悪くて笑っちゃうね。

 甲高い音がビルの隙間に響く。恐らく、金のナイフがコンクリートの地面に落ちた音だ。

「なんでお前、なんも流れねえの?」

 温度のない声だった。それでいて、夢を見ているような浮遊感。

 僕の心臓は今も脈打ってる。刺傷箇所は熱を持っているし、涙以外の何かが滲み出しそうな気配だってある。

 だけど、そこは虚ろに穴が開くばかりだった。

 一言、文句を言いたい。でも、振り返って漏れたのはため息だった。

 君はもっと早く、気づくべきだったんだよ。

 迷子だってことにさ。

「あー……。ナイフをくれた人から、聞かなかった?」

 血は流れなくても、残念ながら痛みはある。曝した穴に、夜風が涼気を運んできた。皮膚がヒリつき、脂汗が滲む。

「金の亡者の、都市伝説」

 曰く、″この世で生きるに相応しい″クズ。

「違う、俺は」

「どちらにしても、君はもう助からないよ」

 悲痛に歪む顔。どうして刺された側の心が痛むかなあ。

「ちなみに今日の刺客は、君で二人目」

 二人を示すピースサインをピッと向けると、呆けた顔を浮かべた。少し意識が逸れたようだ。まあ、本題からはズレてないんだけどね。

 ……痛みも少し和らいだ。刃渡りが短くて助かった、というより助けられた。それだと、言い方がおかしいか。

 ギリギリ、気絶に至らない程度に“調整”をされていた。

「……やっぱ趣味合わないな!」

 「それが人のやることかよ」って笑ってあげたいけど、それこそ冗談で済まないんだろう。

 歪みに気づいていなければ、金のナイフなんて御守り以上の役目を持たない。

 人であるなら、金のナイフを使用しなくても生きていけるんだから。

 屈んで、ナイフを拾う。落下時の衝撃により、装飾部分はボコボコになっていた。

 当然ながら、ナイフに血液は付着していない。

 殺めようとしていた痕跡は残らず、何事もなかったと主張している。

 絢爛豪華な金色のナイフ。

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