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生じた齟齬に食い千切られる


「人質にしたとき、抵抗してくれなかったから、どうしようかと思ってた。でも、その言葉を聞き出せて、よかった。怖がらせて、本当に、ごめん」

「たぶん、俺のトラウマになりました。真関さんを見るたび、金のナイフを見るたびに、背筋が凍ると思います。……しばらくは」

「君が今日を生きている限り、僕の全身全霊をかけることを誓うよ。君の意志のために」

 垣内に差し伸べられた手が、控えめに添えられた。それを両手で包み込むと、力強く握る。

「やっぱり、今日はクラッカーを鳴らすべき日だね。神様なんかじゃない、僕と君と親友その一と共に、小さな祝杯をあげる日だ。間違いなく!」

 ……なるほど。真関さんは、ずっとこうするつもりだった。たぶん、ハンバーガーショップで垣内を見つけたときから。

 ひどく遠回りで、伝わりにくくて、暴力的すらある。一歩間違えれば、新たな流血沙汰に発展しかねない。やっぱり、真関さんのこと、わかんねぇよ。

 ……全く。

 もう一度、クラッカーの発砲音が室内に響く。紙吹雪まみれになった垣内の表情が、ほんの少し、柔らかくなったような気がする。

「ワッハッハ! これで君も共犯者だね!」

「なんだそのテンションの高低差!? 怯えてんぞ……いや、待て。共犯者ってなんだよ?」

 人質とか共犯者とか、真関さんの口から出る単語はどうして物騒なのか。

「あの、……その人は?」

 まあ、警戒されるのはわかる。ことの成り行きを見守っていただけだった上に、真関さんを仲間じゃないと否定もした。不信感はあるだろう。

「ああ、銀行員。間違いないよ。ちなみに記憶喪失」

「すげぇパーソナルな部分にサラッと触れるな」

「生じた齟齬にその身を食い千切られるのがお望み? 僕はごめんだよ。それに、共有は信頼を育むもんだぜ」

「それも、そうだ」

 垣内に説明できるもの、できる範囲。正直、自分でも把握できていない。口にして、初めて違うとわかることがある。

「俺は、間明晴間。ここ六年くらいの記憶を失ってる、らしい。知っての通り、俺は人が換わることについての、理解がない。知らないんだ、その常識まるごと。だから、ズレが生じたら教えてくれるとすげぇ助かる。よろしく」

「僕のことも覚えてないんだ。ヒドイと思わない?」

「それでも、親友……なんですね」

「うん、親友!」

 屈託なく笑う。親友だと言い切る姿に、罪悪感が芽生える。

 一方の垣内は、肩の力が抜けたようだ。眉間の皺は消え去って、申し訳なさそうに眉が下げられている。

「あの、間明さん。俺、垣内かいと 祥貴よしたかといいます。……すいません、混乱してて。あなたにひどいこと、たくさん言って……、すいませんでした」

「いや……、気にしないでほしい。これからよろしくな、垣内」

「はい!」

 うまく、笑えてただろうか。

 胸を撫で下ろした様子を見る限り、たぶん大丈夫だ。

 身勝手せいぎの生贄。

 単にも、似たようなことを言われた。今よりもズレに自覚がなかったから、余計質が悪かっただろう。

 自分の正義しか見えていなくて、単の生き方すらも否定していた。相手の都合も考えずに。

 もちろん、鑑みた上でもやっぱり、間違っていると俺は思う。

──「君の価値を証明をするのは、ナイフじゃない。これは僕の持論でね。話す度に笑われちゃうんだ」

 俺が考える正しさを、真関さんは知っている。済が真関さんを紹介した意味を、やっと見つけた──いや、待て。

 なにか、違和感がある?

 真関さんが俺を親友だと語るのなら、またひとつ疑問が浮上する。

 真関さんの話を聞く限り、済とは既知の仲だ。

 それならどうして、済は真関さんを知っている前提で話さなかったんだろう?

 記憶喪失は、済に見破られていた。だったら、友人である情報も含めて、紹介をするのが一番──それこそ、齟齬が生じずにすむんじゃないか?

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