表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/34

君の意志

「君は良いの? それで」

 学生は答えない。

 真関さんのやることは全部、無茶苦茶だ。

「良いんだ」

 俺の返答に、学生は頷くことも首も振ることもなかった。目を瞑り、俯いたまま。とても、答えられる状態じゃない。

「そう」

 真関さんから洩れたのは、平淡な声だった。嬉しいも、残念もない。ただ、受け取った事実を示す一言。

 ゆっくりと、ナイフの拘束が解かれた。

「試すなよ。だから、俺も真関さんもここにいるんだろうが。……気が済んだかよ」

「面白味がない。バカ真面目。盛り上がりにかける。一番緊迫したシーンって、発砲音が鳴り響いたところじゃない? 全く、人生に余剰と余興は必要不可欠って言ったじゃん」

「悪趣味だな」

「君も大概、悪食だけどね」

「それで、真関さんの望みは?」

「もちろん、垣内祥貴くんの力になりたい。それだけだよ」

 かいと、よしたか?

 聞き覚えのない名前だった。でも、今、このタイミングで名前を呼ばれる人間は恐らく、ひとりだ。

 学生を見る。やはり、見開いた目が、真関さんを映し込んでいた。

「お、れの? どうして」

 学生──垣内の拳が力む。疑問を抱いて、呆気にとられていたのは一瞬だった。皺が寄った患者服から感じ取れるのは、憤り。

「僕の望みは、君の意志。……知ってるんでしょ? 僕のこと」

「……探偵」

「そう! 解決したい謎があるのさ。それには、君の協力が必要不可欠。だから助けてほしいんだ」

「俺には何もありません、それは証明されました、あなただって見たはずです」

 そう、早口で捲し立てる。苛立ちが募っていってることは火を見るより明らかだった。纏う空気がヒリつきはじめて、顔も背けられる。全身から否定の意思を感じた。

 それでも尚、真関さんは笑う。親しい友人に向けるような、優しさを湛えて。

「僕のことは気軽に、真関さんって呼んでよ」

「……それ、気軽か?」

 パーソナルスペースが半径一キロくらいありそうじゃないか?

 思わず口に出たけど、話の腰を折る気はない。小声の突っ込みは拾われることなく、話は進んでいく。

「僕は他でもない、君の、君が持つ意志を借りたい」

「赤いです、俺。何も……力になれない」

 赤い血。それは、生きているのなら流れて当然のものだったはずなのに。どうして苦しめられなければいけなくなった?

 俺はどうして、その苦しみを理解できない側に立っているんだ?

 垣内の呼吸は浅い。右手は腹をおさえたまま、顔を伏せた。患者服に、染みが生まれる。

 涙は一円にもならない。単の言葉が、頭の中で反響する。

 ああ、涙は、一円にもならないだろう。

 だって、それは一円にならなくてもいいのだから。

「君の価値を証明をするのは、ナイフじゃない。これは僕の持論でね。話す度に笑われちゃうんだ」

「……わかりません、そんなの」

「でも、君ならわかってくれるんじゃないかなって、僕は夢を見てる」

 ベッドから体を起こした状態のまま、顔を伏せている。真関さんが垣内の目線の高さに合わせて屈んだ。

 顔を上げたときに、目を真っ直ぐに見つめられるように。

「言えないよ。異端は俺だ。俺だけ、なのに……助けて、なんて」

「存在を否定されてまで、生き抜こうと前を向ける人間は僅かだと、僕は思ってる。この世界なら、尚更。それでも問うよ。これはルールや常識上ではなくて、君の意志で答えてほしい。……君は、生きたい?」

「死にたくなんか、殺されたくなんか、ない」

 顔はあげられた。でも、目は泳ぎ、声も小さい。静まり返った室内でなければ聞き逃しそうなほどのか細さ。

 でもそれは間違いなく、垣内自身の意志だ。

「生きるって、前向きにとらえないといけないなんて解釈をされがちだけど、生まれた上で与えられる──ただの、権利だと僕は思う」

 少しだけ赤く充血した目が、真関さんを捉えた。浅い呼吸を繰り返すのを落ち着かせるためか、腹部を押さえていた右手が胸に移動する。

「俺は……」

「……うん」

「俺、……生き、たい」

「うん。……ありがとう。応えてくれて」

 つまっていた息が抜けた。安堵が室内に広がっていく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ