世界を回す正しさ
「逃れようったって無駄だぜ。ジャケットについている、金色の蔦のバッジが何よりの証拠さ」
「そんなもんつけてねぇよ」
「それなら自分の胸に手を宛てて聞いてみなよ! その身の潔白を!」
「人を犯罪者見てぇに扱うな。……ったく、バッジ、……あるな」
なんでだ。
朝は付けていなかったはずなのに。
ということは、眠っている間につけられた? それはなぜ?
「ふ、たりは、仲間なんじゃ」
「無理に喋らなくていい。……それと、別に、仲間じゃねぇ」
仲間じゃない。それなら、なんだ?
そもそも、協力を仰いだのに対峙するのはおかしいだろ。
真関さんの目的は不明瞭だ。
学生を、人質にするために助けられたのか? 銀行屋の俺に、要求を飲ませるために?
「そうだぜ、別に仲間じゃない。なんたって彼は、僕のたった一人の親友なんだからさ!」
「どっちなんだよお前」
記憶を失う前の俺に、何を求めてるんだよ。飄々とした態度に、本当に親友なのかすらも怪しく思えてくる。
いや、今は、そんなことを考えている場合じゃなくて。
考えるべきなのは、学生が人質にとられた理由だ。
「……わかるね? 人がお金に換わる世界での、銀行員の役割」
銀行は、お金を預けたり引き出したりする場所だ。俺が、知る限りでは。
だから、人とお金がイコールで結び付いたならば。
「銀行が、“人”を管理するんだ」
……それも、お金として。
予想できた解答とはいえ、受け入れがたい異物に違いなかった。
俺以外は、なんの疑問も抱いていない。
血液が身体中を巡り、生命活動を維持することと同様の重みを持つ、“事実”であると認識している。俺を侵食せんとする常識が、幾度も訴えかけてきた。
真関さんは学生を人ではないと、否定していたはずだ。
俺としては認めたくはない。でも、それが今の世界のルールだ。それに則って生活しているのなら、──真関さんの行動は、不可解じゃないか?
「つまり。この命は、君にかかっているわけだ」
銀行員にかかっている。
……、認めたくはない、けど、この世界では、学生は無価値、なんだろう。銀行員の業務内容を詳しく知っているわけじゃない。
ただ、学生側には歓迎し難い存在であることは間違いなかった。だって、彼の瞳は怯えの色に染まっている。
……そんな目で見ないでほしい。
最低な考えが、常識が、浮かび上がっていくのを止められない。学生の無意識は、俺の中の非常識を肯定をしていく。
「さあ、もう一度試されてみてよ。身勝手で傲慢な、世界を回す“正しさ”をさ」
それは、銀行員としてではない、ただの俺に投げ掛けられている。
根拠はない。直感だった。
真関さんの挑発的な瞳が、俺の首を焼き落とさんとしていた紫色を彷彿させた、それだけ。
俺の正義。俺の価値観。俺の、欲望。
同時に、学生に投げ掛けられてもいるのだろう。身勝手に助けられたと蔑む、その傲慢さに対して。
学生は、ナイフから身を遠ざけようとしていた。目を瞑って、息を殺して、喉仏に当たるその鋭利な温度から逃れようと、体を縮めている。
それが答えだ。
「……恐がってる。ナイフを降ろしてくれないか」
きっと、不本意な解答だろう。俺は、身勝手をまたひとつ積み重ねたわけだ。




