説明が長いよ……
「要は、ここは私の知っている場所ではないのね?」怒りながらイリスは問うた。
そんなイリスをものともせずにフィーナは続ける。
「端的に言えばそのようになりますね。」
もっとも、神なのだから人間界に馴染みのある方がおかしいのだが……。
「試練には担当の神官が付きます。今回は私がイリス様の担当になりました。よろしくお願いいたします。」
試練に必要なものの手配は済んでいるとのことだった。日本での戸籍も登録済みで、日本にいてもおかしくない名前になっているらしい。
「んで?ここでは何て名乗ればいいの、担当さん?」
「戸籍に登録されているイリス様のお名前は確か、『須藤イリーナ』ですね。24歳にしています。
あ、鏡はご覧になりましたか?神界でのお姿のままですと、神と感づかれてしまいかねなかったのでそちらも変更いたしました。」
フィーナに促され、近くの建物の窓ガラスをのぞいてみる。そこにはシャンパンゴールドのボブヘアに、限りなく黒に近いダークブルーの瞳の女性が映っていた。
「今見たわ……。私の髪……、虹色じゃなくなってる……。瞳も……。唯一誇れるものだったのに……。」
「先ほども申しましたが、神界のお姿のままですと怪しまれます。七色に輝く髪の人間なんて、聞いたことありません。ましてやそちらは日本です。黒髪の人間が大半を占める国なのです。お分かりいただけますね?」
「だったらいっそ、真っ黒にして欲しかったわ!」悲しみと怒りが混じったイリスの声。
そんなイリスの声に対してかはいざ知らず、フィーナは呟いた。
「他にも誇れるものはございますでしょうに……。」この呟きがイリスに届くことはなかった。
「さて、雑談はこの辺にいたしましょう。イリス様にはすべてをお話しするより、実際に体験していただく方が早いと思いますので。」
ちょっと待って!とのイリスの声を平然とシカトし、フィーナは話す。
「いま、私とイリス様の話を取り持っているその機械はスマートフォン、縮めてスマホと言います。人間界ではよく見るものです。詳しい使い方等は現地に親しい者をお作りになって、その者に教授を受けてください。」
フィーナは自分の話によって、イリスが混乱しているのではないかと思っていた。その予測は見事に的中していた……。
「私とイリス様の連絡についてですが、基本的にこちらからとさせていただきます。もしイリス様がこちらにご用がある際は、生活拠点が決まり次第お送りする荷物のレターセットでお手紙を書いてお送りください。」
放心状態で返事さえもできないイリスを置き去りのままさらに続ける。
「生活資金についてですが、今お持ちのカバンに入っている財布に毎日3,000円入るようになっております。それくらいあれば、ご飯には困らないかと。」
「じゃあ、ホントに楽じゃん!」喜ぶイリスの声をフィーナは遮る。
「そんな訳ないでしょう!期限がありますよ、もちろん!これが続くのは、1週間の間だけです。それを過ぎればいずれイリス様は飢え死にするでしょう。あ、申し遅れましたけどもイリス様が人間界でお亡くなりになっても、試練は失敗となりイリス様は神の資格を失い、ただの亡者となります。」
「嘘でしょ……。」
「私を勝手に嘘つきにしないでください。事実ですから。餓死しようが、誰かに襲われ命を落とそうが、結果として試練をクリアしていなければあなたはただの亡者になるんですよ。」
ショックで言葉が出ないイリスにフィーナがかすかな救いの言葉を放つ。
「ただし、イリス様の命が危機に瀕した場合にのみ、人間からは分からない程度の念力が使えます。例えば、急所に確実に入る攻撃をわずかに逸らすとか。」
「てことは、誰かに命を奪われることはないのね?」
「そうそう無いと思いますが、肝要なのはイリス様自身が用心することというのは変わりませんからね?」
フィーナが言い終わる前に、イリスはスマホを耳から離していた………。