着いたよ、人間界!
イリスが消えた穴を覗き込み、ブラウはフィーナに聞いた。
「この先ってどうなってんすか?」
「……気になるなら試してみますか?」
後退りしながら「いや、間に合ってます……」と答えるブラウにフィーナは呆れた顔を見せた。
断るのなら始めから聞かないでほしい、と内心思いながら閉じていく穴を見つめて。
穴の先は真っ暗な滑り台のようになっていた。
その滑り台を30分ほど滑り降りた辺りでイリスの身体は宙に投げ出された。
そして、半ば皮が剥けている尻で着地したため空間中にイリスの悲鳴が響き渡る。
痛みに悶えながらイリスは周囲を見回した。
そこは暗く、しかしながら微かに光が感じられる空間だった。その空間には扉が一枚だけあった。
尻の痛みが薄まった頃合いにイリスはその扉を開けた。
扉の先には見知らぬ光景が広がっていた。いや、厳密に言えば知っていたものもあったが。
黒い地面の上を従者たちの話に聞く“クルマ”というものが縦横無尽に通り過ぎていく。
視界の中には緑よりも造られた物の方が多い。人間の住居らしき物も様々な形をしている。
「ここが人間界……。」ここでイリスはふと気が付いた。
視界にある文字が全く見知らぬ文字にも関わらず、自分がすんなりと読めていることに。
神界では人間界で使われる文字をそのまま使用している。
しかし今自らが視界に捉えている文字は、少なくとも30分前までは知らなかった文字である。
この疑念に頭を悩ませていると、イリスの右側から音が鳴った。
音の方へ視線をやると、いつの間にか自らの肩にカバンが掛かっていた。この中から音がしているようだ。
恐る恐る中を見た。手のひらほどの大きさの箱から音が鳴っていた。
しばらく箱と睨み合っていると一人の男児に声をかけられた。「お姉ちゃん、電話鳴ってるよ。早く出なよ。」
男児に言われ、文字が出ている面の緑の部分に触れてみた。
「これでいいの?」イリスは男児に聞いた。彼は無言で頷き、何かを耳に当てる真似をして何処かへ去った。
男児を真似て箱を耳に当てると、聞き慣れた声が箱から聞こえた。
「イリス様?ご無事ですか?」
「ブラウ~!ここ何処~?これ何~?もう分かんない~!」
「良かった、ご無事でしたか。俺も詳しくは分からないので、フィーナさんに代わります。」
待ってと願うイリスの声も空しく、フィーナの氷の声が箱から流れる。
「無事に到着なされたようで何よりです。恐らくお聞きになりたいことは想像できますので、先にお話しさせて頂きます。」
「ちょっ……。」
「まず、現在イリス様がいらっしゃる場所は日本の陽羽根市と言う所です。そちらで使われる言語は日本語、普段私たちが使う言語とは違います。」
「そこなの!ここに来てから読めない字が無いんだけど!?」
「これからそちらで生活なさるのですから、文字が読めなければ色々と障りがあると思い……」
何よ!と怒りの声で問うイリスにフィーナは少し声のトーンを上げ、
「読めるようにイリス様の身体を変えさせて頂きました。」
「はぁ~!?」