はじまり:やっちゃった!
不思議なパレットで虹を描く女神イリス。ある日、自分でパレットを投げて壊してしまう。
ん?パレット無かったら虹描けないじゃん!どうすんの?ってなってたら、ゼウス様から人間界行きの命令?
どうするの?どうなっちゃうの?
イリスが人間界で描くものとは?
ギリシャ神界のとある神殿で、一柱の女神が怒りに震えていた。
ああ、腹立たしい!筆舌に尽くしがたいほどに!
怒りに任せ、手当たり次第に物を投げた。と言っても投げてもさほど害の無い物を選んでいた。
……つもりだったのだが。
ゴンッ、バリーン!豪快な音を立て、何かが割れた。
それが何か分かった刹那、地を震わせるほどの叫び声が上がる。
「イリス様、いかがなされましたか?」
「……じ………」
「じ?」
「神器を割ってしまったのよー!」
イリスと呼ばれた、叫び声の主の彼女。虹を司る神なのである。
割れたのは、彼女が全知全能の神ゼウスより神器として賜っていた七色の陶器のパレットであった。
このパレットには絵の具は必要なく、ただパレット上に筆を走らせるだけで虹を描けるという代物である。
「どうしよう……これじゃ空に虹をかけられないじゃない……」
後悔と焦りに満ちた顔の女神の横で、彼女の従者ブラウは冷静に言い放った。
「ゼウス様に聞いてみてはいかがでしょうか?」
「何て聞けって言うの?投げて割りましたって?冗談はよしなさい!」
「しかしこのままでは……」
「事情は相分かった。」
突如として会話に割って入った声。イリスは全身を強張らせた。
「……ぜ……ゼウス様、いらっしゃったのですか……。」
「なんだ、居てはいけないような口振りだな?」
「と、とんでもございません。……して、どの様なご用件ですか?」
「神器を壊してしまったようだな?あれが無ければ其方は何も出来まいと思ってな。」
見事にたくわえられた顎鬚を撫でながら、ゼウスは続ける。
「新しいものを用意したのだ。以前のものと何一つ変わらん、全く同じものだ。」
従者の手を取り喜ぶイリスを制すようにゼウスは口を開く。
「儂はここに用意したと一言でも言うたか?」
「……へ?」間抜けな声を出したイリスに向かい、全知全能の神は続ける。
「人間界に用意した。半年の猶予を与える。それまでに己の神器を見つけ出し、虹を三度描け。出来なければ其方に与えた神の資格を剥奪する。」
「そ、そんな!あんまりではありませんか⁈」
「言うたであろう?事情は相分かったと。怒りに任せ己が神器を破壊した其方に機会をくれてやるのだ。どこがあんまりだ?むしろ感謝すべきではないのか?」
「……はい……左様でございます……。」
後ほど詳細を伝えるため使いの者をやると言い残し、ゼウスは帰った。
「……はぁ、とんでもないことしちゃったわ……。」
溜息ばかりの女神に、独り言のように従者は言った。
「いいなぁ、人間界旅行……。俺も行きたいなぁ。」
「そう?あんまりいい所じゃないって聞くわよ?」
「え?でも悪い所でもないんじゃありません?だったら俺は見てみたいと思いますね。」
ああでもない、こうでもないと言い合う二人の後方から人影が現れ、
「虹の女神、イリス様でお間違いないでしょうか?ゼウス神の使いのフィーナと申します。今回、神器探求の試練に臨まれるとの事で、試練についてのご連絡に上がりました。」
と、持っている鞄から一枚の紙をイリスに差し出した。
紙には「神器探求試練 注意事項」と題がなされており、ズラズラと注意事項らしきものが並んでいた。
その中に一段と目を引くように赤文字になっている部分があった。
『人間に自らが神であると知られてはいけない。万一にも知られた場合はこの試練は無効となり、試練を受けし者は消滅する。』
「ふうん、要は人間のふりして神器探せばいいのよね?簡単じゃない!」
「皆様そうおっしゃいます。しかし、なかなかに難しいようで無事達成された方は片手程でございます。」
「何でなのかしら?」
「それはご自身でお確かめになられてはいかがでしょう?」
フィーナが指を鳴らすと、足元に大きな穴が開き瞬く間にイリスの姿は消えた。
イリスが消える直前にフィーナが発した、
「生活拠点はご用意しておりませんので!」と言う言葉だけがイリスの耳に染み付いた。