7.はじめっ、一本! はじめっ、一本!
さすがに疲れていたようだ。
天狗と戦った翌朝、カヤは寝坊をしてしまった。
日曜日なので寝坊をしても大丈夫だが、父がお腹を空かせていないかと思い、早足で階下に降りる。
「おはよー」
とキッチンのテーブルにいた父のマコトがカヤの姿を認めて呑気な声を出す。
テーブルの上には調理パンと菓子パンが山になっている。
「おはよう、お父さん。パン買ってきたの?」
「うん。今日はパン気分でさ。カヤも食べなよ」
「顔洗ってくる。それにしても、いっぱい買ったんだね」
「見てたら、ぜんぶ食べたくなったんだ」
「子どもみたい」
と笑ってカヤは洗面所へ向かう。
そんな風にして日曜日は始まり、穏やかに過ぎていった。
次の日、カヤはまた天狗と接触することになる。
ただし、土曜の夜に会った天狗とはまた別の天狗だ。
月曜日の朝。
制服姿のカヤが玄関で靴を履いていると、マコトがパジャマ姿で自室から出てきた。
ふわわ……とあくびをしながら
「月曜日の朝から制服なんか着て、どこ行くの?」
と言う。
「バカなこと言ってないで、ちゃんとごはん食べること。あと、お米が少なくなっていたから買っといて」
「へーい。行ってらっしゃい」
「行ってきます」
竹刀袋を肩にかけ、カヤは玄関を出る。
通学路を歩いていると、後ろから「せんぱーい」というマドカの声がした。
「おはようございます」
「おはよう」
二人は肩を並べて歩き出す。
「今日、夏季大会の出場メンバー、発表ですね」
「マドカ、選ばれるんじゃない?」
「うーん……だったら、うれしいんですけど」
「練習、がんばってきたじゃない」
「先輩にもお世話になりました」
「そんなの全然」
「あ、そだ。先輩、サケノハラキタ中学の剣道部のこと、聞いています?」
「サケキタ? あの弱小の?」
「いま、すごく強くなってるそうですよ」
「へえ」
とカヤは首を傾げる。
サケノハラキタ中学剣道部は県内でもダントツの弱小チームとして知られていた。
地区大会では一回戦敗退がお決まりで「選手の誰かが一本でも取ろうものなら新聞に載る」とまで言われているほどだ。
カヤが一年生のときからすでに弱小としての名は轟いていて、他校に練習試合を申し込んでも応じてもらえないとの噂があるほどだった。
サケノハラキタと練習試合をするくらいなら部活を休みにして休養にあてた方がマシということらしかった。
イルカヤマ中学剣道部も一度、練習試合をしたことがあり、そのときはカヤも出場した。
そのとき、カヤは最速勝利記録をつくることができた。
審判が「はじめっ」と言った次の瞬間には一本を決めていた。
これはカヤだけではなく、他の部員たちもそうだった。
はじめっ、一本! はじめっ、一本!
審判の声が次第にうんざりしつつあるのをカヤは苦笑を抑えながら聞いていた記憶がある。
練習試合のあと、カヤたちは言いようのない罪悪感に包まれたものだった。
「そのサケノハラキタがね。何があったのかな?」
と思わずつぶやくカヤにマドカが応える。
「なんか、凄い人たちが転校してきたそうです」
「たち?」
「双子です。男女の」