4.あ、それなら大丈夫。うち、家賃収入あるから
話は10日前にさかのぼる。
部活を終えて、カヤはマドカと肩を並べながら下校していた。
学校は夏休みに入っていたが、部活は週末を除いて毎日午前中に行われることになっていた。
「マドカも上達したね」
「えー、そうですか。うれしいです」
と、そんな会話を交わしながら歩いていると、前方に見覚えのある人物の姿があった。
ピリポだ。
ブロック塀に背中を預け、腕組みしながらアゴに手を当て、空を眺めている。
相変わらず複雑な動作を取っている。
(何をしているんだろうか?)
とカヤは思ったものの、マドカがいるので声をかけることなく、その前を通りすぎる。
「おうふっ! 相変わらず冴えたスルー」
と背後から声がし、続いて
「ちょっとカヤカヤ。それはないんじゃないの?」
と話かけてきた。
カヤは軽く肩をすくめ、足を止める。
マドカも同じく立ち止まり「?」と首をかしげている。
「何の用でしょうか?」
「いやー、それにしても偶然だね。こんな風にばバッタリ出会うなんてことがあるんだね、世の中には」
(白々しい)
「先輩。もしかしてこの方、彼氏さんですか?」
「ありえない」
とカヤは言下に首を振り、マドカの手にふれる。
「ごめん、マドカ。先に帰ってて」
「はーい」
マドカは素直にそう応えたあと、ピリポに頭を下げ、カヤに手を振った後歩き去る。
その背中を見送りながらピリポが言った。
「すっかり元気になったみたいだね」
「完全に傷が癒えたわけではないと思います」
「ま、そうだろうね……」
「それで、ピリポさん。何のご用ですか?」
「ズバリ言おう。君に戻ってきて欲しいんだ」
「ふむ」
ピリポが誘ったのは、いつかのファミリーレストランだった。
よほど気に入っているようだ。
ピリポは抹茶あんみつをオーダーし、カヤはドリンクバーのオレンジジュースを飲む。
抹茶パウダーのかかった白玉をパクパクパクと続けて口のなかに放り込んだあと、ピリポは言った。
「カヤカヤはいま、何かアルバイトしてるの?」
「いえ、その必要はなくなりました」
「どうして? あ、もしかしてお父さんの夢が叶ったとか?」
「いえ、それはまだ」
「だったら生活費を稼がなきゃいけないでしょ」
「それが、そうでもなかったんです」
「?」
と首を傾げるピリポに、カヤは父とのやりとりを再現して聞かせる。
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「え、アルバイトがしたい? カヤが? どうして?」
「だって、お父さん、失業保険切れちゃったでしょ? 生活費、どうするのよ」
「生活費? あ、それなら大丈夫。うち、家賃収入あるから」
「はい?」
「10年くらい前にお母さんがアパート買ったんだよ」
「ちょっと待って。それって、不動産収入ってこと?」
「うん。ほら、お母さんって、そういうの考える人だったから。リスク管理とか」
「……どうして言ってくれなかったの?」
「働かなくても収入があるって、ほら、カヤくらいの年頃の子にはズルイって思われそうじゃん。だから」
「ズルくなんてないでしょ。だって、リスクを取ってるわけだし」
「くすくす」
「?」
「お母さんが言いそうなことだと思ってさ。リスクを取ったんだから、それに見合ったリターンを手にすることのどこが悪いの?」
「その通りじゃない」
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