3.天狗が存在していること自体に驚きはなかった
「はい、これ」
ミロクが不意に現れ、カヤに木刀を渡す。
「やばかったら、逃げるのよ」
「はい」
カヤは素早く構え、相手との距離をはかる。
どの間合いで打ち込んでくるか。
それによって戦うべきか逃げるべきかが判断できる。
よほどの力量の差がない限り、最初の一撃はかわすなり受け止めるなりできる。
だが、何度も打ち合うとなると差が大きい場合は確実に負ける。
そう判断したら逃げる、とカヤは決めていた。
天狗は、カヤが自分ならそうすると思う、まさにその間合いで打ち込んできた。
カヤは羽根を動かし、スッと下がる。
天使になっているときにだけ使える技だ。
天狗の木刀は空を切る。そこにカヤはすかさず木刀を叩きつける。
普通の使い手なら、その衝撃で木刀を取り落とすはずだ。
「ぐ」
しかし、天狗はかろうじて耐え、高下駄をガッと鳴らして後方へ飛んだ。
改めて木刀を構える。
その目には喜悦の色が浮かんでいた。
その目の色が意味するところはわかる。
手応えのある相手を見つけた喜びだ。
カヤはその目を見据えながら戦うことを選んだ。
相手の方が強い。しかし圧倒的な差がついているわけではない。
勝機はゼロではない。
そう判断し、カヤは自ら距離を縮めていった……。
そして。
しばらく打ち合ったあと、天狗は高笑いをしながら去っていったのだった。
天狗が連れ去った二人の男は、ミロクによると、どうやら仲間らしい。
相手の五人にやられている二人がを助けに来たとのことだ。
その五人がいま倒れている男たちで、天狗が口にした「ナガス組」の関係者だろう、とミロクは言った。
「ナガス組については調べておくね」
「はい」
「で、あの連中だけど、どうする?」
ミロクが顎で示す。
「救急車を呼びましょう」
「ん、わかった」
ミロクは倒れている男たちにスタスタと近づき、手近な一人のポケットを探り、スマートフォンを取り出した。
それで救急車を呼び、再びポケットに戻す。
「じゃ、今日はこれで業務完了ということでいい?」
「そうですね」
「お疲れさま」
とミロクは背中で手を振りながら歩きだす。
数歩進んで、足を止め、空に向けて言う。
「あなたもねー、お疲れー」
カヤが「?」と空を見上げると、デビーが飛び去っていくところだった。
空野家。
舞い降りたカヤは窓をソッと開けて自室に入る。
天使のコスチュームの装着を解除し、パジャマを手にとった。
袖を通し、そのまま浴室に向かう。
シャワーで汗を流したかった。
家のなかは静まり返っている。
珍しく、父のマコトはもう寝ているようだ。
足音をたてないように、ソッとカヤは階段をおりる。
シャワーでさっぱりしたカヤはベッドで考えていた。
(あの天狗は一体何者なんだろう……?)
天狗が存在していること自体に驚きはなかった。
なにしろ天使に悪魔に菩薩に地縛霊と、普段から非人間的な存在たちと接しているのだ。
「そりゃ天狗もいるよね」という程度の感想だった。
問題は、あの天狗が「悪」かどうかだ。
ヤクザを助けに来たというのだから、おそらくは悪だと考えられる。
そうであれば退治しなければならない。
天狗に自立や共感や反省をうながしても仕方がないだろうし、リモコンが効くかどうかもわからない。
退治するとなるとデビーの力を借りなければならない。
それにしても、どうやって退治すればいいんだろう……。
そんなことを考えるうちに、カヤは眠りに落ちる。