28.いいから、黙る
シシドエリア郊外にあるその病院の3階角部屋がくーまとかーらの病室だった。
カヤは窓からそっとのぞきこむ。
サメタニ組の人がいた場合は引き返そうと思っていたが、幸いなことに室内はくーまとかーらだけだった。
五郎坊の姿もない。
かーらは眠っており、くーまは本を読んでいる。
ふと、くーまが本から顔を起こし、窓に目を向けた。
カヤと目が合う。
うれしそうな顔をし、緩慢な動作で手招きをする。
その手には包帯が巻かれていた。
カヤは窓に手をかける。鍵はかかっていなかった。
あんなことがあったというのに不用心なことだ。
それとも3階だから安心しているのか。
いや、部屋の外にはサメタニ組の人が見張っているのかも知れない。
そっと窓を開けてカヤは室内に滑り込む。
「来ていただけると信じていました」
とくーまが言う。
「なぜですか?」
「愛です」
「いえ、それはないです」
カヤにこの病院を特定するだけの情報収集力があるとくーまは考えていたのだろうか?
「願望がかないました」
とうれしそうに言っているところをみると、本当に何も根拠を持たずカヤが来ることを願っていたようだ。
鍵が開いていたのもそのためだろうか?
「でも、どうしてこの病院が分かったのですか?」
と今更のように首を傾げる。
「愛ですよ」
「わあ」
「かーらちゃんへの」
「ぬ、天使か」
そこでかーらは目を覚ましたようだった。
「かーらちゃん、少し話せる?」
「だから、その馴れ馴れしい呼び方は……痛っ」
身を起こそうとしたかーらは顔を歪める。
「ごめん、大丈夫?」
「なんのこれしき。それより天使」
「なに?」
「サケノハラから出て行け。二度と顔を出すな」
「バカな妹ですみません。言葉の選び方がなっていませんね。なんせ山育ちなもので」
とくーまがカヤに椅子を勧めてから言う。
「山育ちはくーまもではないか」
それに取り合わず、くーまは言う。
「天使様。これはあなたのためを思ってのことなんです」
「どういうことですか?」
「あなたを狙っているモノがサケノハラにいます。だから近寄らない方がいいという話です」
私を狙っている者?
それはあの悪魔に憑依された……いや、あの男に憑依した悪魔のことだろうか?
「話してくれますか?」
くーまは話した。
カヤは納得した。
あの巨漢が二人を半殺しの目に合わせたのは……というよりもラーメン店で騒動を起こすことでおびき寄せたのはカヤへの伝言を与えるためだった。
「明日の夜、この場所に来るように伝えろ。来ないとこの町を無茶苦茶にする」
町を無茶苦茶にするって……。
そんなことをしたらさすがに警察が動き出すだろうし、いくら悪魔が憑依しているとしても、警察の力によって制圧されるに決まっているではないか。
なんか頭の悪い伝言だな……。
それでもやっぱり行かなければならないけど。
カヤの表情を見て、かーらが言った。
「天使。お主ごときが行っても何にもならん。だから行くな」
「愚かな妹が言う通りです。ここで雑談に花を咲かせましょう」
「誰が愚かな妹じゃ」
「それに、ボクたちの父上が向かっていますので、ご安心下さい」
五郎坊さんか。
あの人は確かに腕がたつけど、それでも楽な戦いにはならないだろう。
それに子どもたちに重傷を負わせた相手にはきっと容赦がない。
下手をしたら殺してしまうかも知れない。
それも防がなければならない。
「よし」
とカヤは立ち上がる。
膝に抱えていた果物を二人のベッドの間にあるテーブルに置く。
「ちゃんと安静にしておくのよ」
「まて、天使」
「お待ち下さい」
「いいから、黙る」
「………」「………」
カヤの低い声に二人は思わず口をつぐむ。
私に用があるなら、ただ伝言をすればいいだけのことだ。
それを、こんな子どもを、圧倒的な力の差があるのをいいことに、こんな目に合わせて。
カヤはかーらの額に手をあてる。
「な、馴れ馴れしくさわるでない」
「熱が出てるね。もう寝なきゃ」
「あ、ボクも熱が。確認していただいていいですか?」
「ナースコールをしてあげます」
そう言って、実際にナースコールのボタンを押す。
窓を開け、振り向きざまに
「おやすみなさい」
そう言って、ふわり宙へと飛び出した。




