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21.努力を信じることができる

 胴を打たれる。

 と思った瞬間、マドカが相手の小手を打っていた。

「一本!」

 スキを突こうとする者にはスキが生じる。

 マドカはそれを知ってか知らずか、自身のスキを用いて相手のスキをおびきよせたのだった。

 これでイーブン。

 残りがないのはどちらも同じだ。


 試合が再開され、今度は相手ががむしゃらに打ってきた。

 一転、相手にも焦りが生まれたようだった。

(もしかして優勝を意識しちゃったのかも)

 と、カヤはそんな分析をしてみる。

 サケノハラキタの剣道部員たちにとって、これまで「優勝」は星よりも遠い存在だったに違いない。

 それが今は手をのばせばつかめるところにまで来ている。

 県下最弱と軽んじられ続けた彼らにとって決勝に進出しただけでも大きな成果だろう。


 だが、それと優勝とでは大きな違いがある。

 さんざん自分たちのことをバカにしてきた他校の剣道部員たちを見返したい気持ちもあるだろうが、それ以上に

「自分たちもやればできる」

 という自信が持てるようになる。

 努力を信じることができる。


 その分析が当たっているかどうかは分からない。

 正直なところを言えば、カヤにはどうでもよかった。

 ただ、マドカにせよ相手の選手にせよ「勝ちたい」「負けたくない」という剥き出しの感情があり、そのことにカヤは強い共感を覚えていた。


「一本!」

 と審判が旗をあげ、イルカヤマ中学校の部員たちが歓声をあげる。

 桜宮マドカ、初勝利。


 次鋒もまたイルカヤマが勝ちを収めた。

 同じ優勝候補とは言え、そこは実力校の貫禄と言っていいだろう。


 次はカヤの番だ。

「ここで決める」

 とカヤは言って立ち上がり、中央に進み寄る。

 相手のかーらは肩をいからせている。

 威嚇のオーラがびんびんに立ち上っていた。

 面の中の瞳がギラギラと光っていた。

 ビームでも出てきそうだ、とカヤはそんなことを思いながら静かにその視線を受け止めていた。

 

「始めっ!」

 と声がかかるや否や、かーらが飛んだ。

 だん、と床を踏み、その勢いで一直線に面を狙ってくる。

 カヤは頭をそらして、その攻撃をかわした。

 面には当たったが、一本を取られるほどではない。

 

 かーらは続けざまに打ってきた。

 軽やかにステップを踏みながらリズミカルに連打してくる。

 相当なバランス感覚と体力だった。

 カヤはその一撃一撃を受け止める。

(さすがだな)

 と思う。

 この前の時は五郎坊さんには及ばないと思ったけど、意外とそうでもないみたい。

 かーらは相手に攻撃のチャンスを与えずに怒涛の攻めで勝利をつかもうとするタイプのようだ。

 攻めて攻めて攻めまくる。

 先ほどのマドカも同じ戦法を取ったのだが、彼女はまだ体幹がしっかりしていないから、激しく打つことでバランスを崩してしまいがちだ。実際そうなった。


 しかしかーらは体幹ができあがっている。

 バランスとスピードとスタミナが連続攻撃を可能にしている。

(だったら、それ以上に)

 攻めるタイプの選手は守りに弱い。

 自分が攻められることがないので反応が遅れるはずだ。

 カヤはかーらに体当たりをくらわす覚悟でぶつかっていく。

 面を打たれ、それを一本にならない角度でかわしたタイミングで「たん」と床を蹴った。

 面と面がぶつかり、竹刀と竹刀が直立の状態で絡み合う。

 いわゆるつばぜりあい。

 そのままぐいぐいと押していき、相手が押し返してきたところを素早く下がりざまに面を狙った。

「一本!」


 その勢いでかーらはバランスを崩して尻餅をつく。

 すぐに立ち上がったものの、それは屈辱以外の何物でもなかっただろう。

「おのれー!」

 と叫びながら竹刀を構え直してカヤに向かってくるが、そこで審判に制止される。

 試合再開の合図が出ていないので当然だ。

 審判はかーらに注意をし、改めて合図が出された。

 かーらはさっきよりも激しく踏み込んできたが、カヤはすでにその動きを見切っていた。


 胴を瞬殺。


「一本!」

 場内がどよめき、拍手が湧くほどきれいに決まった。


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