20.焦ると動きがぶれる。ぶれるとスキが生まれる
「あと、あのう……」
とマドカが言いよどみ、カヤは不吉な予感を覚える。
「先輩のことも聞かれました」
「なんて?」
「えーと、あのきれいで可愛い……天使のような人はなんというお名前ですかって……」
バレてた。
思わず天井を仰ぐカヤにマドカが言う。
「あ、大丈夫です。名前は教えませんでした」
「ありがと」
しかし、剣道の防具には直垂に苗字が縫いこまれている。
下の名前はともかく「空野」という苗字は知られてしまっただろう。
「あの、先輩。もしかしてあの人……いえ、すみません、何でもないです」
マドカは言いかけた言葉を飲み込む。
マドカはカヤが天使であることを知っている。
アルバイトということまでは知らないにせよ、天使姿のカヤに助けられたことに恩義を感じていることは分かる。
しかし、それを口にしたことはない。
秘密にしておきたいというカヤの気持ちを汲んで、口にしないと戒めているのだ。
(いっそ、話しちゃおうかな)
とカヤは思ったが、やはり思いとどまる。
マドカを巻き込みたくはない。
「え、アルバイトなんですか。私にもできそうですか?」
なんてことを言い出しそうだから……という懸念もあった。
イルカヤマ中学とサケノハラキタ中学は男女共それぞれ順調に勝ちを収めていき、決勝戦でぶつかることになった。
イルカヤマはともかく、サケノハラキタの躍進には誰もが改めて驚きを感じていた。
それほど白峯兄妹の指導力は優れていたということになる。
それはカヤも認めざるを得なかった。
白峯くーまと白峯かーらの名は一躍有名になっていた。
そして、いよいよ決勝戦。
身バレのことは吹っ切り、カヤは試合に勝つことに集中した。
かーらも中堅を務めていることはサケノハラキタの試合を見学していたので知っていた。
だが、かーらはカヤのことには気づいていないようだった。
どうやらくーまは告げていないようだった。
もしカヤのことを教えていたらかーらが黙っているはずがない。
どういう意図があるのかは分からないが、ひとまずここはくーまに感謝しておくべきだろう。
やがて審判が試合開始の合図をする。
すでに全試合を終えている他校の生徒たちも決勝戦に注目している。
試合前の儀式として、選手たちはそれぞれ横一列に並び、互いに向き合って礼をする。
マスクをしたままでは不作法となるので、カヤは素顔でかーらの正面に立つことになる。
だが、かーらはカヤを見てもこれといった反応を示さなかった。
もしかすると顔をハッキリと覚えてないのかも知れない。
そして、試合が始まる。
先鋒を務めるのはマドカだ。
今回マドカはすべての試合において全敗だった。
大会デビューなので気にすることはないカヤは思っていたし、実際に口にもした。
「そうですね。ありがとうございます」
とマドカはニコニコと笑っていたが、先ほど面をつける時の表情はこれまでにもなく真剣だった。
優勝がかかっているので、マドカなりにプレッシャーを感じているのだろう。
審判が「始めっ!」と合図をし、マドカと相手の選手飛び出す。
激しく竹刀が鳴った。
マドカにしては珍しい勢いだった。
いつもはおずおずと相手の様子をうかがいながら前に出て行くのだが。
「焦っちゃダメ」
とカヤは思わずつぶやく。
焦ると動きがぶれる。ぶれるとスキが生まれる。
「一本!」
案の定、マドカはそのスキをつかれ、胴を決められた。
二本取られると負けとなるので、マドカにはもう後がない。
それはもちろん本人にも分かっていることだ。
なおさら焦りが募りがちとなる。
すぐに試合が再開され、マドカはさらに激しい勢いで向かっていく。
相手は一本を先取しているという余裕があるせいかマドカの攻撃をいなすように受け止めていた。
マドカの一方的な攻撃によって竹刀が激しくなる。
「あっ」
とカヤは声を漏らす。
マドカに大きなスキができていた。




