19.お手洗いに行くふりをして見てきますね
モンゴウ市立総合体育館はモンゴウスポーツ公園内にある。
観覧席やシャワールーム、更衣室などを併設した体育館だ。
スポーツ振興に力を入れていることもあり、モンゴウ市はスポーツ公園の整備に巨額の税金を注ぎ込んでいる。
体育館の他にもプールや陸上トラック、野球場、フィットネスジムなどが点在していた。
また、スポーツ用品を広範囲に取り扱う有名ショップも敷地内に数店舗出店している。
その総合体育館で本日おこなわれているのが、県内の中学校剣道部が参加する夏季大会だ。
イルカヤマ中学校ももちろん参加し、カヤもマドカも出場選手に選ばれている。
マドカにとってはデビュー戦だ。そのマドカが言う。
「先輩、大丈夫ですか?」
「全然。風邪じゃなくて花粉症だから」
マドカは心配そうに見ている。気遣いの質問もこれで三度めだ。
カヤはマスクの下で微笑む。
会場を見下ろす観覧席は各校に一定のスペースずつ割り当てられており、二人はそこで隣り合って座っていた。
開会式から戻ったばかりだ。
第一試合はじきに始まるが、イルカヤマ中学校の出番はもう少し後となる。
カヤは今日、風邪用のマスクをして大会に臨んでいた。
マドカに言ったように風邪をひいたわけではない。
マドカに言ったように花粉症になったわけでもない。
くーま&かーら対策だ。
県下最弱と言われていたサケノハラキタ中学校剣道部だが、今では優勝校の有力候補と言われるまでに強くなっていた。
イルカヤマ中学校剣道部も有力候補と言われており、そうなると両校が対戦する可能性は極めて高くなる。
それはくーまやかーらにカヤの正体を見破られる可能性の高さも意味する。
対戦しないとしても、会場内で鉢合わせをすることは充分に考えられる。
そうした事態を恐れてのマスクなのだった。
あのかーらのことだ、カヤの姿を見た途端、
「おのれ、天使! 貴様も人間界にまぎれこんでおったか!」
と、自爆しかねないことを言い出しそうだし、くーまに至っては
「やはりボクたちは赤い糸で結ばれていることが判明しましたね。では、日取りのご相談を」
とか言い出しそうだ。
いずれにしても悪夢である。
(どうか、サケノハラキタとぶつかりませんように)
と祈りながら対戦表のプリントを見ると、互いに決勝戦に進むまではぶつからないことが分かった。
まずは一安心したカヤだったが、そうは言っても優勝したい気持ちは強い。
くーまとかーらに会いたくないからと言って、決勝戦まで勝ち上がりたくないとは思わなかった。
理想はサケノハラキタが途中で敗退してくれることだが……そればかりはどうにもならない。
それに、相手校の敗退を願うというのも心の持ちようとして感心できるものではないとも思った。
「ま、なるようになるか」
とつぶやき、そろそろ第一試合が始まる会場に目を向ける。
一回戦、二回戦、三回戦とイルカヤマ中学は順調に勝ち進んだ。
ちなみに試合は男女別の団体戦でおこなわれるが、その両方ともが勝っている。
団体戦は五人一組が基本だ。
五人の選手がそれぞれ順番に竹刀を交え、勝利の数を競う。
出場の順番ごとに名称が決まっていて、先鋒・次鋒・中堅・副将・大将となる。
勝ち抜き戦形式ではなく、星取り戦形式なので先に三勝すればいい。
カヤは中堅のポジションを与えられていた。
中堅の役割は大きい。
先鋒と次鋒が連続して負けた場合、ここで食い止めなければ敗北が決定する。
逆に、先鋒と次鋒が連続して勝った場合はここで試合を制することができる。
その役割をカヤはしっかりと果たしていた。
午前の部が終わり、昼休み。
観覧席でお弁当を食べている時、カヤはふと背後に視線を感じた。
もしや……。
隣で同じくお弁当を食べているマドカにそっと尋ねる。
「ね、マドカ。さりげなくチェックしてほしいんだけど、後ろの方に誰かいない?」
「お手洗いに行くふりをして見てきますね」
マドカはすぐに察してくれたようで、スッと立ち上がり、そのまま後方へと上がっていく。
カヤは振り向きたい気持ちを抑える。
気のせいであってほしいけど……。
マスクをつけたまま食事はできないので、つい外したが、そのタイミングで見つかったとなれば、いかにも運が悪い。
しばらくしてマドカが戻ってきた。
「通路のところに人がいて、挨拶されました」
「挨拶」
「サケノハラキタの白峯くーまさんという男子です」
あー。
「なんて挨拶されたの?」
「お互い、決勝戦まで頑張りましょう。ご武運を祈ります」
「そう」
挨拶としては不自然ではないし、真っ当だ。
互いに優勝候補なのだから、そういう挨拶は「あり」だろう。
良かった、身バレしていたのではなかった……とカヤは安堵する。