17.この前、急に行方不明になったのよ
翌々日。
いつもの見えない教会にカヤたちは集まっていた。
ミロクが前日に調べ上げたことの報告を聞くためだ。
そのミロクが全員を見渡して言った。
「シシドエリアはサケノハラ市の旧市街地でしょ? だから割と古い慣習が残っているのよ」
トキオが首を傾げる。
「古い慣習って何ですか?」
「ヤクザが街の安全を守る」
「?」
それは逆なのではないか、とカヤは思ったが、ここは余計な口を挟まずミロクの話に耳を傾けるべきだろう。
「続けて下さい」
というカヤの言葉にミロクは「はいよ」と応える。
ミロクは次の世のブッダだけあって、摩訶不思議な能力をいくつも持っている。
先日、父親天狗との戦いの時に木刀をすぐに調達できたのも、その能力の一つだ。
木刀に限ることではないが、その場に必要なものは宙からひょいと取り出せるらしい。
「あ、その木刀に関してなんだけど、ノーエルさん」
「なにかな」
「天使が木刀を振り回すって、絵的にどうかなって思うのよ。だからほら、ライトセイバーみたいなのがもしあったら、カヤカヤに装備させてあげてほしいの」
「分かった。手配しておこう」
「ん。じゃ、話を戻すけど」
とミロクは言う。
今回の調査で使ったのは、仏像に宿るという能力だった。
仏像のあるところならミロクはどこにでも入っていける。
その仏像に宿る……別の言い方をすれば一体化する。
ただ、一体化とは言ってもそれで仏像を動かせるようになるわけではない。
むしろ「身を潜める」と言った方がいいかもしれない。
身を潜め、周囲の状況を観察する。
その能力を使い、昨夜かーらが口にした「サメダニ組」に侵入した。
ヤクザは神仏を敬う傾向がある。
おそらく屋内のどこかに仏像が安置されているだろうという読みだったが、それが的中し、ミロクが忍び込んだ先がずばり組長の部屋だった。
壁際に大きく頑丈そうな机があり、中央に三人掛けのソファが向かい合わせに置かれている。
ミロクが宿ったのは、部屋の片隅に置かれていた不動明王像だった。
室内を見渡せる絶好の位置だ。
そこでミロクが目にしたものは、ソファに並んで座ってカップのアイスクリームを食べているくーまとかーらだった。
カップと言っても可愛いものではなく、バケツサイズのいわゆる業務用アイスだった。
それをくーまとかーらは一個ずつ抱え、カレーライスに用いる時のようなスプーンで食べていた。
その様子を向かいのソファにいる初老の男がニコニコ笑顔で見ている。
白髪、角刈り。そして和服。
おそらくはこの男が組長だとミロクは思った。
彼の隣には鋭い目つきをした体格のいい男が浅く座っている。
こちらも角刈り、しかし年齢は40代前半に見える。スーツに身を包んでいた。
白髪の男が言った。
「おいしいかい?」
「うん。うまいぞ、組長」
と答えたのはかーらだ。
「そうか。良かった良かった。なあ、鬼嶋」
と組長は隣の男に言う。
「はい」
と鬼嶋と呼ばれた男が応える。
「かーらちゃんとくーまちゃんはゆうべ、大活躍だったんだって? ラーメン屋のおじさんが喜んでたよ。なあ、鬼嶋」
「はい」
「あいつら弱かったぞ、組長」
「そうかいそうかい。それは頼もしいなあ」
「いくらでも頼るが良い。私らは組長の世話になっておるしな。当たり前のことじゃ」
「いい子だね、かーらちゃんは。なあ、鬼嶋」
「はい」
「組長。お言葉ですが、ボクもいい子ですよ」
と、そこでくーまが口を開く。
「おっと、ごめんごめん。もちろんくーまくんもいい子だよ。頼りにしてるよ」
「それと組長。ボク、結婚することにしたので仲人をお願いします」
「え、そうなの? それはおめでたい話だ。なあ、鬼嶋」
「はい」
「何をバカなことを言っておるんじゃ、兄者は。ドン引きされておったではないか。組長、今のはくーまの妄想じゃ。すっぱり忘れてよい」
「おや、そうなのかい?」
くーまはかーらに反論する。
「がさつなお前には分からないだろうけど、あのお方は照れていただけなんだよ。女子ってそういうもんだよね、鬼嶋さん」
「はい」
「照れてただけなの?」
「そんなわけありません」
ミロクの問いにカヤがぶんぶんと首を振る。
「そ。で、この鬼嶋っていうのがサメタニ組の若頭、つまりはナンバー2なんだけどね。この前、急に行方不明になったのよ」
行方不明?
「その時の様子を動画にまとめてみました」
そう言ってミロクはタブレットを出す。
ミロクがタップするとアニメーションの動画が流れ始めた……。