14.それにしても、3人で1人をか……
カヤは自室で静的ストレッチをしている。
これは“出勤”する前の習慣だ。
首・肩・腕・背中・腿・ふくらはぎ・足首・足裏を順に伸ばすことで血流を良くし、身体全体を軽くする。
ストレッチ自体は部活で習ったもので、本来は運動後のクールダウンを目的とするものだった。
血流を良くすることで疲労物質を押し流す。
それによって筋肉の回復が早められる……と顧問の先生が教えてくれた。
「運動前に行うと逆効果になるから気をつけるようにな」
とも言っていた。
動的柔軟性つまりは運動のしなやかさが損なわれるとのことだ。
したがって、天使として夜の悪に立ち向かうにあたっては静的ストレッチはしない方がいいことになる。
しかしカヤはその習慣をやめることができなかった。
これをしないと落ち着かないから……という、ただそれだけの理由だ。
合理的な行動を好むカヤにとっては辻褄の合わないことなのだが、しかしあえて言うなら
「一周まわって、それくらいのことをするのは必要」
との判断もある。
何事もガチガチに固めようとすると、何かと弊害がある……という、それはそれで合理的な行動なのだった。
それに部屋の中で動的ストレッチをするわけにもいかない。
「ふう。じゃ、行くか」
ストレッチを終えて、軽く汗ばんだ肌をタオルで拭き、そして天使のコスチュームを身につける。
昼間の焼肉はすっかり消化し、夕食も軽めに済ませた。
体調は万全だ。
部屋の電気を消し、静かに窓を開けたカヤはふわりと舞い上がる。
そしていつものようにサケノハラ市へと飛んでいく。
飛翔を始めてすぐに頭の上に浮いている輪っかが光を放って回り出す。
カヤの耳にトキオの声が響く。
「シシドエリアの空き地でトラブルです。若い3人の男がサラリーマンらしき人を連れ込んで暴行を加えようとしています」
「分かりました」
とカヤは簡潔に答えて、スピードを上げる。
シシドエリアはサケノハラ市の旧市街地だ。
駅からは歩いて20分という微妙な距離を持つ繁華街。
かつてはサケノハラ市の中心部だったが、いまは往時ほどの賑わいはない。
駅前の再開発が大きく影響しているとのことだった。
テナントが撤退し、そして次が集まらずに半ば廃墟化したビルや、潔く更地になった物件もちらほらとあり、おそらくはその空き地の一つでトラブルが生じているのだろう。
これまでにも何度かそういうことがあった。
詳しい場所はシシドエリアに着いてからトキオにナビゲートしてもらうことにした。
「それにしても、3人で1人をか……」
カヤはうんざりした気持ちでつぶやき、これは「自立」だなと見当をつける。
現地に到着するまでにかかった時間はおよそ10分。
事はその間に終息していた。
「え?」
現場に降り立ったカヤは、そこに三人の若い男が呻きながら横たわっている光景を目にした。
そして、それ以外に……。