13.勇者発見
歩き去るカヤの背中を見ながらマドカが言う。
「ねえ、パパ。さっきはなんの考え事してたの?」
「……ああ。ちょっとデビュー当時のことをね」
「空野先輩のお父さん、漫画家になれたらいいよね。パパの知り合いの編集者の人、紹介してあげたら?」
娘の言葉に沖田は首を振る。
「空野さんは……空野さんのお父さんは、自分の力で何とかしたいはずだよ」
「ふーん」とマドカは首をかしげる。
「そういういものなんだね」
その夜のサケノハラ市街地。
人相の悪い若い男三人が繁華街をのし歩いていく。
一人は鼻にピアスをし、髪は金色。
一人は唇にピアスをし、髪は赤。
最後の一人は眉にピアスをし、髪は紫。
三人とも身体は大きく、普段から筋肉を鍛えていることがうかがえた。
彼らが一様にノースリーブを着ているのは、その筋肉を誇示したいためだろう。
通行人たちは彼らをよけ、彼らもそれを当然のこととして道の中央を歩いている。
「なー、腹減らね?」
と鼻にピアスが言った。
「なんか食うか」
と唇にピアスが応える。
「あれで、いいんじゃね。ほら」
と眉にピアスが示した先には行列のできているラーメン店があった。
「うめーの?」
「食ったらわかんじゃね?」
「そりゃそーだ」
三人は行列の一番前に割り込み、店内をのぞく。
「お。あそこの客、食い終わったぞ」
割り込んだ三人に、行列の一番前にいたカップルの男性が言う。
「あ、あの、ちょっと……」
「あ? なに?」
と鼻にピアスが男性に顔を近づける。
「なんで勝手に話しかけてんの?」
「………」
カップルの女性が彼の袖を引き、首を振る。
「ちっ」
そのとき、数人後ろのサラリーマンが小さく舌打ちをした。
眉にピアスが「あん?」と顔をあげ、そのサラリーマンに近づいていく。
「いま、舌打ちした? おれたちに?」
サラリーマンは30代前半に見える。小柄で、頭髪が少し薄い。
「ち、ちゃんと並んだらどうだ」
と眉にピアスを見上げながら言う。
「おー」
と眉にピアスは大げさにのけぞり、仲間を振り返る。
「勇者発見」
「マジ? ゴールドも溜め込んでそうじゃね?」
「ぱらぱ、らっぱぱー。半グレたちが仲間に加わった」
と唇にピアスがやって来て、サラリーマンのネクタイをつかむ。
「さ、冒険だ」
「や、やめろ」
「やめるっつーコマンドはねーの。ほら」
ぐいと引っ張られ、サラリーマンは行列からよろめき出る。
「だ、誰か、ケーサツを」
しかし行列をつくっている他の者たちは全員がスマートフォンを見ていて、なんらの反応も示さなかった。
店外の騒ぎに気付いた店員の一人が外に出て来る。
「どうしました?」
「た、助けて」
とサラリーマンが言い、半グレたちが笑う。
「なんでもねーよー」
「さ、行こ。他のお客さんに迷惑だしな」
ヘラヘラ笑いながら唇にピアスがネクタイをグイグイ引っ張っていく。
サラリーマンは勢いで転倒しかけるが、眉にピアスが襟首をつかんでそれを防ぐ。
「勇者よ、ちゃんと歩くのだ」
立ち去ろうとするその背中に店員が声を掛ける。
「ちょっと待って」
「るせー。てめーはラーメンつくってろ!」
店内の客もその騒ぎに気づき、誰もが箸を止めて様子をうかがっている。
店長が店の電話に駆け寄り、受話器を手にしてダイヤルした。
「すみません。鬼嶋さんを……」