12.でも、いまは呑気に生きています
「先輩のところもお母さんは食べ放題は好きじゃないんですか?」
「そもそも外食をほとんどしなかった人だから」
とカヤは肩をすくめる。
母親との外食……というよりも家族で外食をした記憶は皆無に等しい。
母の七奈子は料理が好きで、カヤも母のつくる料理を毎日楽しみにしていた。
テレビはつけず、音楽を流し、家族で団欒しながら食事をするのが常だった。
話すのはもっぱら父のマコトとカヤで、母はニコニコしながらそれに耳を傾けていた。
「外食をほとんどしなかった……」
と沖田が言う。
「空野さん、立ち入ったことをうかがって申し訳ないんだけど、あなたは以前もお母さんのことを話すときに過去形を使っていた。それは何か理由があるのかな?」
「はい」
とカヤはうなずく。
「私の母は亡くなっています」
「………」
「え、そうなんですか?」
とマドカが目を丸くする。
「うん、病気でね」
「えー、知らなかったです」
「おおっぴらに言うことでもないしね」
「じゃ、ごはんは先輩がつくってるんですか」
「そうだよ。私、料理好きだし」
とカヤは笑って言う。それは本当のことだった。
「お母さんは、いつ……?」
と沖田が沈痛な顔をして言う。
「一年ちょっと前になります」
「お父さん、大変だったでしょう」
「当時は。でも、いまは呑気に生きています」
とカヤは苦笑を浮かべる。
「お仕事は何を?」
「無職です。漫画家になるそうです」
「………」
「へえ、漫画家ですか。じゃ、絵が上手なんですね」
「ま、ヘタじゃないけど……なんかセンスが古いんだよね。ちゅどーんとか」
「ちゅどーん?」
「そう」
カヤは口をへの字にして、トングをつかみ、肉を取り分けていく。
そのあと生肉を網にのせる。
トングというものを初めて使うが、これはなかなか楽しい作業だった。
「でも、すごいじゃないですか。漫画家」
「すごくないよ。だってもう40歳過ぎてんだもん」
「年齢って関係あるんですか? だってうちのパパも」
と、マドカはそこで沖田に目をやり「どうしたの?」と言った。
沖田が真面目な顔で考え込んでいたからだ。
「ん? ああ、ごめん。ちょっと考え事をね」
「変なの」
そう言ってマドカはカヤに向き直り、今度は夏季大会の話を始める。
カヤはそれに応えて、試合時のアドアイスをあれこれと授ける。
「どうも、ごちそうさまでした」
店の前でカヤは沖田にお辞儀をする。
「どういたしまして。こちらこそ無理に誘ってしまって」
「いえ、楽しかったです」
それはカヤの本心だった。
途中から沖田の口数が少なくなったことが気にならないでもなかったが、きっとお酒を飲んだせいだろうとも思っていた。
昼間のお酒は酔いがまわりやすいと前に父親が言っていたことがある。
マドカを自宅まで送っていくという沖田に改めてお礼を言い、カヤは歩き出す。