10.そうじゃなかったら、クルマで来ますから
一方、イルカヤマ中学校では。
剣道部の顧問が部員たちにプリントを配っていた。
「大会当日の詳細はここに書いてあるので、各自しっかりと目を通しておくこと」
「はい!」
と全員が応える。
マドカはプリントを手にしたまま頬を上気させていた。
夏季大会の出場選手に選ばれて驚いているのだった。
「では、本日の練習はこれまで。お疲れ!」
「ありがとうございました!」
部員たちは散開し、それぞれ帰り支度を始める。
顧問がマドカに声をかけた。
「桜宮。期待してるぞ」
「は、はい!」
マドカは思わず背を伸ばし、声を裏返しながら言った。
そんなマドカに顧問は笑顔でうなずき返す。
「よかったね、マドカ。お父さんとお母さんには連絡した?」
と下校途中にカヤが言う。
「えへ。実はさっき」
とマドカが舌を出したそのとき「ピロリン♪」と着信音が鳴った。
マドカはスマートフォンを取り出して「パパからだ」と言って立ち止まる。
「先輩、ちょっとすみません」
「うん、いいよ」
カヤも足を止め、マドカがメッセージを確認するのを待つ。
あの事件が起きるまで、マドカは携帯電話を持とうとしなかった。
母親の圭子は持たせたがっていたが、父親の沖田と当のマドカは「まだ中学一年生だから早い」という考えだった。
それに、依存症になるのも怖い。
しかし、そうも言っていられない事件が起き、こうしてマドカはスマートフォンを持つようになっている。
持てば持ったで、その利便性を享受しているようで、過剰にならない程度に誰彼とメッセージのやりとりをしている。
カヤにもメッセージが送られてくることがあるが、それは用事があるときに限られていた。
カヤがそう頼んだからだった。
「お父さん、なんだって?」
返信を終えたらしいマドカにカヤは言った。
「お祝いにランチでもどうかって」
「いいお父さんだね」
「それでもし、先輩が一緒にいたら誘ってみればって言ってるんですけど」
「え?」
マドカは「えへ」と笑う。
いったんそれぞれ自宅に戻り、シャワーで汗を流したあと、イルカヤマ駅で待ち合わせをした。
沖田はサケノハラ駅から電車で来るという。
「きっとパパ、飲むつもりです」
とマドカが改札を見ながら言った。
「そうなんだ」
「そうじゃなかったら、クルマで来ますから」
沖田はじきに姿を現した。
カヤとマドカに挨拶をした後「焼肉でもいいかな?」と言って、歩き出す。
駅前の商店街を抜け、市道に面した食べ放題専門の焼肉店に入った。
ピリポお気に入りのファミリーレストランの向かいにある店舗だ。