聖女都へ行く
「うん、こんなもんかな」
テーブルに並んだのはカラフルなサラダにスープに朝焼き上げたばかりの手作りの酵母パン。
一応聖女様の従者として栄養バランスもきちんと意識して作っています。聖女様の事だからほっといたら壊滅的な生活レベルになりかねないので。
「聖女様遅いな…」
いつもは御飯時だけは匂いを嗅ぎつけてのそのそと起き出してくるくせに今日に限っては起きてきません。
僕は仕方なく二階の聖女様の部屋に向かいました。
「聖女様??朝ごはん出来ましたよ??」
「うう…」
恐る恐る開けると聖女様はベッドに突っ伏して嗚咽を漏らしていました。流石に僕も慌てました。
「ど、どうしたんですか?!聖女様!」
「うう…私はもうダメだ…ミハエルくん…」
「一体なにがあったんですか!」
聖女様が指差した先にあったのは一枚の手紙でした。
「これは…!」
そこにあったのは異様な手紙でした。テキストのセンスといい色々と怪しさで溢れています。そこにはこう書かれていました。
『天使のアステリアへ!春だヨ!癒しの使い手全員集合!』
「…何ですかこのけったいな文書は」
ひょっとして法王様が書いた…?い、いやいや流石にそれはまさか…僕は考えることを放棄しました。
「…法王から会合があるって誘われて…行きたくないよぉ…」
「なんでですか!こんなに光栄なこと…!!」
「都なんて行きたくない…ううう…だって都会怖い…!!人いっぱい…怖い…!!」
聖女様は枕を涙で濡らしていました。本当に心底行きたくないんだなこの人…
しかし…手紙の見た目はともかく差出人のところには重要文書である事がひと目で分かる教会の法王印が押されています。教会の最大権威であるその重厚さに身震いがするほどです。
ひしっ
「ついてきて…」
「は?」
見下ろすと聖女様は僕の神父服の端に犬の如くしがみついていました。
「ミハエルくんがついて来なきゃやだー!!」
「え、ちょ」
「うわあああああああああああああん!!」
「ぎゃ、ギャン泣き!?ちょ!?や、やめてくださいよ!!大人として恥ずかしいと思わないんですか!!!???や、やめてください!!」
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結局聖女様の言う通り中央教会の行き帰りのお守り…いや、エスコートをする事になりました。
従者兼ハウスキーパーであるところの僕の役目としては留守の間教会を綺麗にして主人の帰りを待つというのが正しい姿だと思うのですけれど…まぁ、深く考えるのはよします。
さっきから聖女様は僕の神父服の裾を引きちぎらん勢いで握りながら人が通り過ぎる度にキョロキョロと周囲を忙しなく見回す奇怪な生物となっていました。
聖女様はふるふると震える手で向こうの方を指差しました。
「なんですか…この手は…」
「き、切符買ってきて…」
聖女様は怯えるように馬車駅の受付の人を睨む様に見ていました。
あの、聖女様。真っ白な法衣と相まって正直めっちゃ目立ってますよ。
「…自分で切符くらい買えないんですか…聖女様はお子様なんですか…?」
「だ、だって窓口で人と話さないといけないんだよ!!??地名だってよくわかんないしスターバックス並みに怖いんだよ!!」
「スター…?何ですかそれ?」
「と、兎に角ミハエルくんだけが頼みなんだ…!」
「…わかりました…じゃあ手を離してそこのベンチに座っててください」
「や、やだ!!一人にしないで!!不安で死んじゃう!!」
「………」
「あからさまに面倒くさそうな顔しないでええええ!!」
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滞りなく切符を入手しました。
「さてと…聖女様は…?!」
聖女様を見つけた時ほとんど驚きで吹き出しそうになりました。
聖女様…ナンパされてる!?
「ぃゃ…その…フヒッ(引き笑い)…せせせ拙者…そこにおわすみひゃえるくんの…おつ、お連れでして…ふ、フヒィッ(緊張の余り引き笑い)」
「な、なんだこいつ…」
「見た目可愛いと思ったから声かけたのに…ただのやべー奴じゃねーか…」
しかも声掛けられた方に全力でドン引きされてるんですが!?
「あの…スミマセンがその人僕の連れなんです」
「あ?そうなの?………じゃ、任したわ」
「こんな危なっかしい奴から目ぇ離すんじゃねえよ…ったく」
なぜ僕が怒られなければならないのか聖女様に小一時間くらい問い詰めたい気持ちは残りましたがナンパの方達はさっさと去って行ってくださいました。
「ほら…切符買ってきましたよ」
「あ、ありがばばばばばばば」
聖女様は絶賛バグリ中でした。輪郭がボヤけて見えるくらい小刻みに震えています。
「聖女様…」
「な、なにあばばばば」
「そんなんで一体どうやって前回は会合に参加したんですか!?」
「参加…してない…」
「は…?」
参加…してない…?
「法王様のお誘いを断ったんですか!!!!???」
「いや…こ、断ってないよ…!た、ただ返事出す事も怖くて出来なくて部屋にいただけだよ…!」
「それって完全無視じゃないですか…!余計悪いですよ…!」
法王様は聖女様の実父とはいえ教会の最高権力者。肉親だからといって無礼を許せば権威に傷が付くのは必至です。
…というか娘溺愛の法王様は許しても法王様の周りの優秀な従者様達が許さないでしょう。
「法王様のお誘いに対してそんな事したら普通にただじゃ済まないと思うんですけど…」
「…だから………めっちゃ怒られた…めっちゃ怖い知らない眼鏡の男の人が来て半日説教された…私は泣いた…だが泣いても止めてはくれなかった…」
聖女様にとっては辛い想い出なのかメソメソと泣き出しました。
「…まぁ…そうなりますよね…」
と、そこではたと気がつきました。
法王直属の従者には教会の中でも特に選りすぐりの精鋭達が選ばれますが、その中でも男性は数が限られています。
…眼鏡の男性…?まさか…?
「思い出したらおなか痛くなってきた…」
「…ちなみになんて方でした…その人…?」
「よく覚えてないけど…なんか名前にクリクリとか言う音が入ってた気がする」
「…クリクリ…?」
自分の感じた嫌な予感がどんどんと鮮明な確定要素を帯びてきて額から冷や汗が出てきました。
「ひょっとして…クリスチャン・クリステンセン神父…?」
「あ、そうそう。そんな感じの名前の人」
………………………………………
「…本気ですか??…」
クリスチャン・クリステンセン神父と言えば表向きは法王様付きの一従者に過ぎないのですが、その本質は『癒しの使い手』と対極を為す『悪魔殲滅機関』のトップエクソシストの一人。
悪魔退治に限らず教会組織の荒事を一手に引き受ける機関だけあって尾鰭付きの物騒な噂には事欠かない方です。
そんな超超超絶怖い人に目を付けられてる…
「どうしたの?ミハエルくん…鳩が豆鉄砲食らって斬り揉み式に墜落した時みたいな顔をしてるけど?」
「聖女様って…逆にすごいですね…」
「えー!ミハエルくんったらどうしたの急に!ようやく私の凄さに気が付いたとか!?やだなーもー!」
聖女様は満更でないドヤ顔をしていた。
いや、そうゆうことじゃねえよ。