私にミハエルくんという天使が舞い降りた
聖女に転生したら心置きなく引きこもれると思っていた時期が私にもありました…
「聖女様!!なんて格好で寝てるんですか!!」
この神父服の見目麗しい金髪の美少年はミハエルくん。甲斐甲斐しく私の身辺のお世話をしてくれている。
「うるさいなぁ…もうちょっと寝かせてよ…昨日は夢小説書くのに徹夜したから眠いんだよぅ」
「もうちょっとってもうお昼ですよ!それにまた破廉恥な妄想小説書いてる暇があったらお祈りでもして下さいよ!」
「は、破廉恥とは失礼な!ちょっとだけアダルティなシーンが挿入されているだけで清純で清楚で愛らしくて私らしい純愛学園ものなのに?!」
「清純で清楚だって言うなら半裸で寝る癖本当にやめてくださいよ??!!わっ!?その状態でこっち来ないでください!!??」
ずずいとミハエルくんに迫るとミハエルくんは慌てて両手で顔を隠してしまった。そんなにあたしの裸が見たくないと言うのか。ちょっと心外。
ミハエルくんは少し口うるさいのがたまにキズだが家事全般やってくれるから楽だしイケメンマイナスイオン出てるしで本当にとても助かっている。まじ一家に一台ミハエルくん。
そうそう。私の自己紹介がまだでしたね。
私、前世はオタクで引きこもりの三十代女子でした。
なんでこんな事になったかって?
そりゃまぁお察しの通りトラックとか交通事故とか幼女にしか見えない神様が間違いで殺しちゃったてへぺろ!スキルあげるから許してね!とか異世界とか昨今のラノベテンプレ盛り沢山の展開が怒涛のようにあるんだけど流石にテンプレが過ぎるので…
読者様のリテラシーを尊重しあえてここでは語らないぜ!
「もうお昼ご飯出来てますから!温め直したり絶対しないですからね!とっとともう起きてください!」
「えー…」
こんなに天気が良くて日差しが気持ちいいのにもう起きろだなんてミハエルくんも酷な事を言う。私は渋々とベッドから起き上がり寝間着から白い法衣に着替える。
「ちょっと聖女様!!??着替えるなら僕が出ていった後にしてください!!」
ミハエルくんは慌てて扉をバタンと閉めた。そんなあからさまに嫌がらなくたって。傷つくわぁ。
「あーあ、ミハエルくんもここに来たばかりの時は本当に少年のように初心で可愛かったのになぁ…」
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「あーーーーやだ…」
その日は初めて新しい従者の人が来る予定の日だった。
前の従者さんは本当にガミガミと口うるさかった。
そんな生活態度じゃ聖女失格だとか色々言ってきて三度のご飯も薄い聖餅しか食べさせてもらえないわ姿勢崩すと直ぐ様怒声が飛び交うわ、兎に角大変だった、
数日で無理だと判断した私は手紙で法王様に嘆願書を出して従者をチェンジしてもらうことにはなったのだ。
とは言えものすごく不安だ。
元々前世からオタクの引きこもりの私にとって家族以外と仲良く暮らすなんてそもそも無理ゲーなのだ。
「あーやだやだやだやだやだやだやだやだやだ…」
そうして言葉がゲシュタルト崩壊しかけたその時に扉のノックの音が聞こえた。
「き、来たっ!」
忍び足で扉の近くまで行き恐る恐る開けるとそこに居たのは私の腰くらいの小さな少年だった。
「あれ…??」
「は、初めまして!教会から派遣されてきたミハエルと言います!どうぞよろしくお願いしま…」
「か…」
ミハエルくんは私の異様な様子に挨拶の言葉を途中で飲み込んだみたいだった。
「あの…聖女様…?」
「か、かわ…かわ…かわいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃげぶぅ!」
私はミハエルくんの余りの可愛さに血を吐く勢いだった。というか吐いた。
「せ、聖女様…!?」
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「あの…聖女様…?」
客間に通されたミハエルくんはちょこんと椅子に座っている。まるでお人形さんの様だ。
「そ、それで…ミミミミミミハエルくんはどどどどどこから来たの??」
「教会からですが…」
「しゅしゅしゅ出身地は?すすすすす好きな食べ物とか?」
「…東のロナルド地方です。好きな食べ物は母の作るアップルパイです」
「ごはっ!?(可愛い!)」
「せ、聖女様!?さっきから大丈夫ですか?」
「ぜ、全然大丈夫…!むしろテンションMAXだよ!!」
「…は、はぁ…」
ミハエルくんの顔にはさっきから明らかな愛想笑いが浮かんだままだ。
私はオタク特有の自意識の高さからその事に気が付いた。
(や、やばい…!テンション上がり過ぎたせいかものすごい引かれてる…!?)
もし本部に帰られでもしたら…い、嫌だ!こんな千年に一度の美少年を決して手放してなるものか!!
「みみみミハエルくん!!何か食べる??ハチミツとかあるよ!!」
「ハチミツ…を何につけて食べるんですか?」
「え…何もないけど…」
「え」
そもそも生活能力皆無の私は従者さんが出してくれる食物を摂取するのみで自分から買い物にすら出ないのだ!全く威張れたことじゃないのは知ってる!
「…そのまま舐めたりとか…しない??」
「…ま、間に合ってます」
さ、更に引かれた…!?そんなにダメだった?!
そうこうしているとベルが鳴り出した。その音にすぐさまミハエルくんが反応する。
「聖女様!信者の方がいらっしゃいましたよ!」
「えぇ…」
私の生業は聖女。神父様のお仕事は人の心を導き、そして聖女のお仕事は人を癒すこと。
私たち聖女は人を癒す奇跡を神様から授かって生まれてきたのだ。
…で……ただ……
…別に人の事癒す事自体は全く持ってやぶさかではないのだけれど、この地方の信者の人ってフレンドリーに世間話とかしてくるから苦手なんだよなぁ…
そうこうして居留守を使おうか悩んでいるとミハエルくんが怪訝そうな顔でこちらを見上げている。
そこで私は気が付いてしまった。
ここでミハエルくんにばしっとカッコよく聖女らしいところを見せられたら好感度爆上がりなのでは…??ミハエルくんルート攻略しちゃう…?…初っ端からトゥルーエンド行っといちゃう!?
「よし!!行こう!!やってやるぜミハエルくん!!お姉さんのいいところしかと見てなさい!!」
「は、はぁ…」
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僕の名前はミハエル・ミケランジェロ。12歳です。
先輩であるシスターサーシャの言付けで今日から聖女様の従者を務めることになりました。
何で神父見習いの僕なんかが大陸に10人しかいない『癒しの使い手』である聖女様の従者に選ばれたのかはとんと検討もつかず、行けばわかると言ったきりシスターサーシャは目を合わせてくれませんでした。
会ってみた感想として聖女様は何というか、端的に言うと変な人です。いきなり奇声を上げたりギラギラした目でこちらを見てきたり鼻血を吹き出したり…やはり俗世とは切り離されている人というのはこういうものなのでしょうか?
法王様と血の繋がった実の娘でありながら大陸に十人しかいない『癒しの使い手』である聖女の一人。アステリア・アヴィリオス。齢は18。
法力の多寡は遺伝によるところが大きいので、これだけ聞くとどんなサラブレッドかと思いますが…実態は法王様の甘やかしの賜物でとんでもない箱入り娘だと言う話は風の便りで耳にしていました。
そう言えばそれだけのサラブレッドなのに大陸で一番紛争とは縁遠いこの地方に派遣されているというのもおかしな話です。
法王様の何かしらの作為か親心か…それとも単純に本人に何かしら…。
「ミハエルくん!ここだよここ!」
聖女様の声でもやもやとした考えが一旦中断されました。
いけないいけない。人の事を見かけで判断してはいけません。
聖女様が案内してくれた部屋を見渡しました。
それにしても何でこんなに薄暗い部屋なんでしょう。しかも信者の人が入ってくるような扉が一切なく、懺悔室を改造したと思わしき部屋から小窓があるだけです。
しばらくして小窓の向こう側に信者の人が座る音がしました。
「聖女様…お願いします」
暗い部屋の中、目を凝らすと信者の方はかなりご高齢の方のようでどうやら脚を患っているようでした。
癒しの術は外傷に限らず身体の不調を治してくれます。
すぅ、と聖女様は息を吸うと気持ちを集中させているようでした。
その真剣な横顔に少しだけ見惚れてしまいました。
何も言わなければものすごく美人なのに勿体ない、と僕は神父見習いなのにものすごい不謹慎な事を考えてしまいました。
『天にまします神の御言葉を聖女が代わりに告げます…ガイアの精霊よ…光の業を持て昏き苦しみから彼を解放させてください』
すると聖女様が手を触れた信者の方の足に光が後光のように差しました。
(すごい…!流石奇跡の癒しの使い手です)
「ありがとうございます聖女様…!有り難や…有り難や…」
信者の方は十字を切り跪きました。
「…神のみこころのままに癒したまでです(ドヤァ…)」
聖女様の若干のドヤ顔が鼻につきますが、その横顔はとても綺麗だと思いました。僕は先程までの印象を改めました。やはり聖女様は聖女様です。
「今日もお祈りはお済みですか?」
信者の方は軽い世間話をしようと親しげに聖女様に話し掛けました。
「…え、は、は、はひ…!」
(…ん?)
「西の方で最近は争いが発生し始めているようです…恐ろしい世の中になりましたが…私達にとっては聖女様だけが頼りです」
「…い、ぃゃぃゃそnあ…フヒッ(引き攣った笑い)…」
……
…ちょっと待ってください。
「聖女様…どうか私達に神の御言葉をお授けくださいませんでしょうか…私達は皆んな不安を抱えています…神からの…聖女様からの御言葉があればきっと皆んな励まされますでしょう…」
「…えっ」
「えっ」
「えっ」
「…」
「…」
「…」
(せ、聖女様…?)
聖女様は助けて欲しそうな目でじっとこちらを見ています。
「あ、あの…聖女様…?」
ひょっとして…アドリブがものすごく苦手…?
「い、ぃゃ…せぃじょ…は…その…今日はちょ、ちょ、ちょぅしが…あんまふぬぁ……フォカヌポゥ…」
めっちゃ涙目で挙動不審になってるんですが!?
聖女様めっちゃ困ってるんですが!?
信者が明らかに不安そうにしているのが空気から伝わってきます。
信者の不安を宥め、癒し、導くのが教会の役目。
僕は決心しました…斯くなる上は…!
「…聖女様に立ち替わり神託を授けます…例え如何なる状況にあっても一人一人が神に授けられた命をくれぐれも大切にしなさい…貴方方は掛け替えのない神の御子なのですから…」
「おぉ…なんと有り難いお言葉…聖女様…今日もありがとうございます」
信者の方は得心されたようで、足取りも軽くお帰りになりました。僕は胸を撫で下ろしました。
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「っはー、終わった終わったーつーかれたー」
その後も信者の方は途切れ途切れでありつつも教会を訪れ初日からそれなりに忙しい日となりました。
もう外は日も陰り最後の信者の方も帰り、聖女様はソファに寝そべりダラダラとだらけ始めました。
「聖女様…」
「それよりもミハエルくんまじGJ!この調子で頼むよ!ところで腰揉んでくれたりしないかな!」
「気安く頭を撫でようとしないでください!」
「ガーン!!」
ぱしっと差し出した手を軽く叩くと聖女様は口で(オタク然)よく分からない事を言ってます。
「なんで普通に人と話せないんですか?!」
「…え?何言ってんのミハエルくん?引きこもり舐めてるの?…」
…何をそんな堂々と言ってんですか。
「そ、それは兎も角お願いなんて言われても僕神託なんて出来ませんよ!!」
「大丈夫だよー、言う事は私が今度から伝えるしミハエルくんがいれば通訳してくれるし」
ってゆうか神託は出来るんですか…さっきのは喋るのにキョドってただけなんですね…
「…分かりました」
「ありがとう!ミハエルくんはいい子だね!」
「聖女様がだめ過ぎるんですよ!」
「そんな!!」
僕は心底疲れた気持ちでため息を吐き出しました。
「こんな人が大陸に10人しかいない『奇跡の癒し手』の一人だなんて…」
「ところでミハエルくんごはんマダー?お腹空いたーなんか美味しいの作って作ってーあ、あとお肉がいいなー」
「………」
ソファでパタパタと足を動かす聖女様を見て僕はとんでもないものに懐かれてしまったと後悔しました。
こうして僕と聖女様の生活は始まりました!