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  第二話 ~異世界にて、勇者との邂逅~  3

  3

――――次に俺は、目の前に広がっていた光景に唖然とした。

当然だ。

何者かから放たれた炎弾が、今まさに飛来しているのだ。

正直、この程度なら衣服に展開してある防御術式でどうにでもなる。

向かってくるちっぽけな脅威に、欠伸を噛み殺そうとする。が……、


唐突に私の背後から、何者かが割り込む。

薄鈍色の髪を持ち、右手に剣を持った誰か。


明らかに、私を庇う立ち位置だ。何者かは知らないが、出来るのならやってもらおうか――――、

――――いや、駄目だ。


剣を持つその手は震えていた。


体を支える下肢は震えていた。


私を庇う背中は震えていた。


……武者震い、では無いだろう。

私は小さく息を吐いた。

左手を、前から右の肩へと伸ばす。一瞬、大きく体が硬直したのが分かったが、それどころではない。

その右肩をそのまま掴むと、胸元へと引き寄せる。同時に、足を大きく出し、立ち位置を入れ換える。

「えっ………………?!」

小さく漏れた声は黙殺し、私は空いた右手に持つ杖を流れるように振り下ろす。


ゴバァッッッッッッッッッッ!!!!!


分断された炎弾が、左右に別れ、遅れて凄まじい熱量と爆風を撒き散らす。

周囲の木々は即座に炭化し、灰と化す。しかし、その熱も風も私達には届かない。

分断され、開いた視界には攻撃を仕掛けてきた存在の姿が見える。

それは紛れもない――――ドラゴンだった。

 へぇ……、と声が漏れると同時に口角が上がる。自然と込められた握力に、杖が悲鳴を上げる。無造作に、魔力が高まっていく。

「――――ご主人様」

 耳元で、低く諭す声に我に返る。そこには、私の顔を少し下から、不安げに見上げる……少女?の顔があった。

「ご主人様。どうなさいますか?」

「とりあえずは……走って逃げる!」

 言葉を交わしながら、右方に跳ぶ。直前まで居た場所にドラゴンが飛び込んできている。

 その勢いは、地面を大きく陥没させる程で、細々とした破片が無数に体に打ち付けるのを他所に、体を跳んだ方向に向けると、一気に駆け出す。

 そう、『駆け出し』た。間違いでも何でもない。一歩目、身体強化や重力操作、大気操作などを駆使して、砲弾の様に飛んだ。

 無数に生い茂る木々の合間で、ぶつかりそうになると大気を蹴って方向を変える。

 森の中を五秒かそこら疾駆し、そこで停止する。

 ふいに左手の力を抜くと、少女?は下肢に力が入らないのか、その場にへたり込んだ。

 呼吸がかなり不規則だ。恐怖で過呼吸にでもなったのかもしれない。見ると、全身が蠕動するかの様に震えている。

「君の名前を教えてくれ」

 だが、あえて尋ねる。この誰何自体に意味はない。今は、恐怖以外に思考を割く方が幾分かマシになる、そういった考えの問い掛けだった。

「…………………マ……リア………ン」

 沈黙の末、か細く絞り出された声に耳を傾ける。その透き通る声色で、女性であることが分かった。

「ここに来た目的は……あのドラゴンか?」

「…………は……い。ドラゴンの……出現……位置の……特定が……任務です」

討伐ではない……か。あんな化け物相手に一人はない。彼女の強さがどれ程かは知らないが、さて……あれに匹敵する戦力があるのか。はたまた、戦争クラスの兵力を用いて数の暴力を振るうのか。

「特定が任務なら、早く報告に行かないで良いのか?」

「既に……部下は本隊に報告に向かっています。あと……一時間もすれば、勇者が来ます」

予想は一つ目が的中らしい。『勇者』という戦力。

あれに対抗出来るとなると、余程の才を与えられているのか。

ふと、先ほど見た天井絵が過る。恐らく、そういうことだろう。

詳しいことは後程聞き出すとして、今は現状の打開だ。

「本隊はどっちにいるんだ?そこまで行けば、ひとまずは安心だろ?」

「…………駄目です」

駄目、か。任務は遂行できている筈だが、まだ何か言えない事情でもあるのか。

と……深読みを巡らせていると、答えはあっさり続いた。

「あれが……移動するだけで、樹海に甚大な……被害が出ます。それに、森から出てしまえば……国民にも被害が出ます。ですので――――」

「――――足止めをしないといけない……か」

落ち着いてきたマリアンは、こちらを仰ぎ見つめる。その瞳には、有無を言わせない力があった。

「……強いな」

その言葉はマリアンには届かなかったが、構わず続ける。

「俺は流しの魔法使いだ。名前は……」

ここで、言葉に詰まる。名前か。

前の名前をそのまま使用するのは気が引ける。

最高位の魔法使いとして君臨し、畏敬を一手に引き受けた。そこに、退化はあっても進化はなかった。ただただ、その座から滑り落ちないように現状維持をするだけの日々。

それを打破したくて、大掛かりな世界移動を行った。であれば心機一転、新しい名で行動するのが一番だ。

「……フールだ」

咄嗟に思い付いた単語を口にする。

私も中々自虐的だな。恐らく、コドラもこちらに視線を向けている筈だ。

「フールさん……」

確かめるようにマリアンが呟く。

「さん付けは止めてくれ」

 笑いながらそう告げると、彼女――――マリアンに手を差し伸べる。

その手をマリアンが握り、剣も支えにし立ち上がる。

 触れている手は、未だに小刻みに震えているのが伝わる。やはり、そう簡単に恐怖は払拭できないか。……仕方ない、少々、魔法を使わせてもらおう。

 マリアンの手を握ったまま、見つめる。中々手を離さない私に、何事かと見つめ返すマリアン。

 傍から見る者が居たのなら、場違いにロマンチックに見える筈だが、勿論そういう訳ではない。

 マリアンの手を握っていない方の手を軽く握り込む。そして、その中から人差し指を突き出すと、ゆっくりとマリアンの額へと持っていく。

 ちょうど触れるか触れないか、その位置で静止する。

「……汝に幸あれ」

 言い終えると、その指を額に当てる。

 私たちを中心に風がそよぐ。しかし、劇的に変化が起きる訳ではない。これは、一時的に対象者の感情の一部を抑制するものだ。

 

――――本来はこういう魔法に頼るのは良いことではない。負の感情とは正面から向き合わないと成長できないからだ。だが、今回は特例だ。

 彼女は恐怖しながらも、他者の為に立ち上がることを決めた。

 その勇気……もしくは蛮勇とも言うのかもしれないが、それは尊重されるべきだ。


私たちが向き合っていたのは、ほんの数秒だった。ちなみに、その数秒間はマリアンの百面相が拝めた。

唖然疑問無心羞恥……その後は握っていた手を振り払い、全力で後退。

その流れはテンパりながらも、かなり良い身のこなしだった。

これだけの動きが出来るのなら、私の魔法補助があれば足止めくらいは出来るだろう。

「元気になったところで、あの化け物と一戦交えますか」

「……策はありますか?」

 おおー、もう冷静になった。切り替えが早いのは助かる。

 だが、正直足止めの具体的な策はない。

「さっき言った通り、私は魔法使いだ。君の支援に回ろうかと思う」

「……それだけ?」

 悪いがそれだけだ。既にドラゴンもこちらに向かってきているし、長話している余裕はない。

「君は全力で斬り掛かっていい。物理的な攻撃は難しいが、先ほどの様な炎弾ならどうにかする。躊躇せずに突っ込め」

 なおも怪訝そうな表情を浮かべるマリアンだが、これ以上話し合っている暇は、向こうは与えたくないようだ。

 私は杖を大きく切り上げる。直後、その延長線上で爆風が吹き荒れる。先ほどの炎弾だ。

「怯まず行け!」

 鋭く叫ぶと、マリアンは弾かれた様に駆け出す。何が何だか分かってはいないだろうが、動かなければいけない、という意識はあるようだ。

「ご主人様、出力はどうなさいますか?」

「三割で行こう。リミットは一時間の経過、もしくはどちらかの生命の危機、ってところで」

「三割……でございますか?そうなりますと……」

意味を図りかねているコドラは言い淀む。

内容は文字通りだ。

『今回の戦闘では、消費魔力の上限を三割までとする。制約の期限は一時間の経過、もしくはどちらかの生命の危機』――――というものだ。

この制約は、私自身への戒めだ。

……断じて、面白半分だとか手抜きだとかではない。

コドラが困惑するのは当然だ。相手は保有魔力量で言えば私を凌駕している可能性がある。なのに、私は半分も力を使わない、と言っているのだから。

「三割ではまず、あれを討伐するのは不可能だろ。恐らく、傷一つ付けられないかもな」

「そもそも、勝つ気がないと?……違いますね。勝利条件が異なるのですね?」

ようやく解にたどり着いたコドラへ首肯する。

「承知しました。では、お気をつけて」

そう言って、コドラは肩から離れる。戦闘に巻き込まれないようにと、俯瞰して戦闘を眺められるようにだ。

二、三度杖を振り感触を確かめる。会話の中でも出力調整は既に終えているようで、完璧な調整だ。

直後、炎弾がこちらに飛来する。

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