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  第二話 ~異世界にて、勇者との邂逅~  2

       2

 ――――時は少し遡る。

 私――――マリアンはイグニス樹海へと部下とともに遠征してきた。

イグニアス王国領土、霊峰イグニス。標高はそこまでなく、何事も無ければ四時間も歩けば登頂できる。実際は、山全域に女神の加護が施されており、神託の巫女の他には一部の神官と、勇者しか入山することは出来ず、山道には絶えず濃厚な霧が立ち込めている為、急いで登ろうとすると崖に真っ逆さまだ。

世界が危機に瀕すると、女神が勇者を使者として送り出す。その窓口がイグニスの頂上にある神殿だ。ちなみに『イグニス』というのはその神殿の名で、他の地名の由来となっている。イグニス神殿を中心に、この樹海が生い茂る範囲は魔力濃度が高く、比例して魔獣の危険度も高位に設定されているため、通常は立ち入り禁止区域に指定されている。

通称『神域』。

ここを突破し、イグニス神殿まで向かうには、通常集会場に依頼を出し、手練れの冒険者を募り、ふるいにかけて、神官や巫女を含めて十数名のパーティで突破を試みる。騎士団総出で向かいたいのだが、ここはあくまで神聖な土地であるため、少数精鋭での突破が基本。大抵は往路と復路、どちからには勇者が付き添っている為、居ない時の護衛だ。

神域は本来、有事の際以外には訪れない場所だ。今回、私たちが訪れたのは、その『有事』だからだ。

神託の巫女によると、『邪悪な存在が暴威を振るう」らしいということだ。私たちは、その偵察の為の先遣隊。神域のどこに『それ』が現れるのかを調査し、勇者を有する本隊へと報告するのが役割。

「……ふぅ」

 普段身に着けている甲冑は脱ぎ、布の服を身に纏い、それに似つかわしくないロングソードを腰に提げた私は、木陰に身を潜めながら、周囲の二人の部下に見えないように、そっと息を吐いた。あまりひらひらしていると目に付く銀の長髪も、灰で曇らせて後頭部で纏めている。

 樹海に潜伏して今日で三日目。今の所、それらしい魔獣は確認できていない。平和そのものだ。

 気晴らしに、と霊峰を望む。

……と、その上空に燦然と何かが煌めく。すぐさま視線を霊峰の上空へと移動するが、それはほんの一瞬で消え失せた。今のを見たか、と部下に確認を取ろうと視線を部下へと向けて問おうと口を開いた直後だった。


莫大な量の大気中の魔力が、突如渦を巻き始めた。


これは……魔獣の形成だ。魔獣の大きさや強さはこの時に吸収した魔力量で大概決定する。のだが……、

「全員退避!!!!」

 言葉と同時に、渦の中心を見つめながら跳び退る。同時に、渦の中心から一気に木々が枯れ始めた。一人の部下は即座に対応し、同じく離れている。だが、もう一人は反応が遅れた。ほんの二、三秒程だったが、その時には浸食が彼を巻き込んでいた。急激に生気が無くなっていき、体が痩せ細る。

 私が確認出来たのはそこまでだった。ある程度、後ろ向きで距離を取った後反転し、真っ直ぐ駆けていた。同じように隣をもう一人の部下が駆ける。顔は沈痛で顔が歪んでいる。

 だが、私は歯を食いしばり、表情を固める。

悲しくない訳がない。だが、今は目の前の脅威から逃れなければならない。

 どこまでが安全圏かが分からない。三百メートル程離れた辺りで、さっと振り返る。

 浸食は停止しており、魔力が勢いを増して中心に向かって円を描いている。

 こんな事があるのだろうか。

 足を止め、再度向き直る。

 魔獣は大気中の魔力を搔き集めて形成される。簡単に言えば、フリーの魔力だけで形成されるのだ。だが、今回は違った。大気中の魔力では飽き足らず、生物の魔力までをも取り込んだ。

 異常事態だ。何かがおかしい……――――、

「――――長!隊長!どうしますか!隊長!」

 その声で、ふと我に返る。

隣を見ると、今にも泣きだしそうな面持ちで指示を待っている。

「……お前は本隊に伝令に行け!おそらく、この周辺一帯では魔法を使えないはずだ。繋がる場所まで行って、そこで連絡の後、その場で待機だ!本隊との合流を待って、こちらに戻ってこい」

「えっ……ですが……隊長は……?」

 私は、その問いに剣を抜くことで答える。切っ先は出現した魔獣だ。


「さっさと行って、本隊に伝えろ!『ドラゴン』が現れた、と!!」


 脱兎の如く駆けていく部下を一瞥し、ドラゴンに向く。

剣を中段に構え、相手の姿を観察する。

完全に姿を成したドラゴン。体躯は巨大で、尻尾から頭までは二十メートル強。黒々とした鱗に全身を覆われており、一切の光を反射していない。今は翼を畳んでいるが、広げるとかなりの巨躯となるだろう。その巨躯に似合わず、脚は思いの外細い。見た目よりは軽いのかもしれないし、四つの脚で支えているから分散されているのもあるだろう。

これが、巫女の神託の『邪悪な存在』だろう。

存在感が――――圧倒的だ。何かを探すように長い首を回している。今なら隙だらけだ。しかし、体は言うことを聞かない。分かっているのだ。

この怪物には……不意打ちであろうと、致命傷を与えることは出来ない。

それを自覚した途端に、全身が痙攣するかのように小刻みに震える。

違う……恐怖に震えているんだ。

ゆっくりと首を回していた『それ』と、視線が交わる。一度、首を傾げるような仕草を挟んだ『それ』は、しかし獰猛に嗤う。

ただ、咆哮しただけだった。

だが、同時に無造作に放出された魔力が体を叩き、束の間の浮遊感をもたらす。

気付いた時には、背中を樹木に押し付け、地面に座り込んでいた。

『それ』の口元には、何かが揺らめいていた。

それが、炎である、と認識するのには酷く時間が掛かった。

魔力の凝縮を肌で感じる。

逃げないと、頭でそう判断していても、動けない。

果てしなく長い一秒間。終わりを迎えるその刹那。

私の視界の真ん中を、何かが遮る。ちょうど、ドラゴンとの直線上、攻撃の射線上だ。

誰かが割り込んできた。なぜか咄嗟にそう、判断できた――――。



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