第3話 ~魔装国家イグニアス~ 8
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「今、私達が向かっているのは騎士団の宿舎区画よ。ちょうど、街の真ん中に位置する王城の周辺が騎士団の区画なの。この大通りを真っ直ぐに行けばすぐ着くわ」
前を向きながら、隣を歩むフールに告げる。当のフールは聞いているのかいないのか、気まずくて顔を見られないため確認し辛い。何だかしきりに右手を上下に振っている様で、「痛かった」などと聞こえてくるのが主な原因だ。更に言うと、一〇対〇で私が悪い。
……ほんの数分前、私が勢い余ってフールの右手を粉砕してしまった。割と比喩表現でもなく、骨が砕けた音が響いたので間違いじゃない。その音で我に返り、咄嗟に手を離したけど、驚くほどフールは冷静だった。『痛ぇ』なんてぼやきながら左手に杖を持ち、右手を治療した。その後は、感触を確かめるように上下に振ったり、開閉させたりしている。
フードを被っていて良かった、と心の底から安堵していた。どんな顔をしていたのか見えた訳では無いけれど、多分他人に見られたい表情では無かったと思う。
「駅から四本の大通りが見えたでしょ?この道もその一つだけど、各通りは専門が異なっているの。例えばこの通りだと食材を多く取り扱っていたり、左右の通りでは武器や防具なんかを取り揃えていたりね」
――――気まずさを何とかしようと、取り敢えず通りの紹介をする。へぇーや、ほー、なんて返事が返っているので、聞いてはいるらしい。
グルルルーーーー……。
「……腹減ったなー」
盛大に合図をしたのは断じて私ではない。隣に視線を向けると、笑いながら言うフール。
確かに列車に乗っている間に昼は過ぎている。今更気づくが、通りには香ばしい匂いが溢れており、かなり食欲をそそる。そういえば、私も空腹であることに気付いた。
「何か食べましょうか」
「残念ながら、金を持ち合わせていない。どこかのお嬢さんが慰謝料としてご飯を奢ってくれないと餓死してしまうかもな」
「分かっているわよ!というか、ご飯くらいそんなの無くても奢るわよ!」
「じゃあ慰謝料は別の機会に取っておくかな。ゴチになります」
こいつ……本当に何事も無かったんじゃないかってくらいにピンピンしている。実際、怪我は治っているようなので、ピンピンしているのが当然なのだが。
「何か食べたいものはある?」
「よく知らんから任せる」
そういう事なら、近くに行きつけの食堂がある。小さい頃にその店を知って、最近通うようになっている店だ。特別な料理を出している訳では無いが、味は良いし、女将の人当りも良いし、そこにしよう。
私が先導して、大通りより少し路地にある食堂へと向かう。
「店の名前は?」
「『風見の風車亭』よ。行きつけなの」
道端に置かれた看板を指差して、答える。
「……あれで風見の風車って読むのか」
などと呟いている。言葉が通じるのによもや読めない訳ではないだろうに。首をかしげるが、問い質すのは後からでも出来るだろう。一度自覚してしまうと、とにかく腹が空いて仕方がない。
木製の質素な扉を押し開けると、ベルが鳴りながら来店を店主へと報せる。少しお昼は過ぎてしまっているおかげか、カウンターで数人が酒を飲んでいるくらいだ。この時間帯で、既に酔い潰れているのか、突っ伏して寝入っている客もいる。
私の来店にカウンター越しに気付いた女将が、拭いていた皿から目を外し、こちらに向けてきた。
「いらっしゃい、マリアン。見ての通り空いてるから、どこに座ってもいいよ。注文はいつもので良いかな……あっ!」
何かに驚いた店主は、危うく皿を落としそうになる……、いや取り損ねて、本当に落としてしまった。皿が割れる音と、店主の挙げた声で、少ない客の注目が一度店主に向き、その視線を辿って私たちの方へと向けられた。よくよく見れば、全員顔馴染みの常連ばかりだ。
「えー……っと……何かあった?」
だが、その問いに答えてくれる者は誰一人としてなく、全員が顔を突き合わせて何やら話し始めた。
「――――マリアンが――――を連れてきたぞ――――」
「しかも――――じゃない」
「マリアンもようやく――――」
内容は定かではないが、あまり良い話では無いように感じる。時折向けられる視線は、私よりフールに向けられている。完全に好奇の視線だ。
「あのー……女将さん……?」
何にあそこまで興奮しているのか分からないが、私はともかく新規の客であるフールに見せて良いものでもないだろう。案の定、
「いつもああなのか?」
フールの疑問は尤もだ。しかしながら、普段は気さくではあるが、こんな対応を受けたことはない。
これは興奮が収まるまでは注文が受け付けられないか、なんて諦めていると、井戸端会議を尻目に女将の主人が料理を運んできてくれた。主人は料理をテーブルに置くと申し訳なさそうに口を開いた。
「ごめんね、マリアンちゃんと連れのお兄さん。変な所をお見せしちゃったけど、今度ともご贔屓に」
「いや、いいさ。気にしてない」
「でも、何があったんですか?フールを皆して遠巻きに眺めるなんて」
視線を井戸端会議に向けると、今度は私とフールを交互に見比べている様子だ。
その様子に目を向けた主人は苦笑しながら言い淀む。
「いや、ね……ようやく春が来るのかな、って」
「ようやく……って、もう初夏に入りかけてる時季ですよ?そりゃあ、今年の春はちょっと涼し過ぎたかもしれませんが」
そうだね、と主人は爽やかに微笑むだけだった。そして仕切り直すように両手を叩く。
「さて、あの調子じゃ働いてくれなさそうだから、僕が注文を取るかな」
「――――お、そうか。じゃあこれと同じものをもう一つ」
不意に口を挟んだのは、空の皿を目の前にしたフールだった。既に完食済みで、まだ足りないようだ。というか、自分も謎の注目を浴びている最中で、気にせず食べていたのに驚きだ。少しくらい気にならないのだろうか。
主人が了承の返事をしながら空いた皿を片付けて奥に戻る。
「あなた……鈍感なの?それとも、ただ豪胆なだけ?」
「君よりは状況を理解してるだけ、かな」
フールは初めてこの店を訪れたはずだ。もっと言えばイグニアスにすら初めて訪れたはず。なのに、彼は私以上には状況を理解しているという。
「……変な奴」
その独り言に、フールはあきれた表情をするだけだった。




