第3話 ~魔装国家イグニアス~ 6
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その提案を聞かされた時は、かなり無理があるだろうとは思った。だが同時に、証明しようも殆ど無いので『限りなく黒いグレー』というラインを攻めているのも確かだった。
提案とは、私を勇者の一人とする、という物だった。正確には勇者が魔人との戦争に赴く際に、その一行への志願をしに来た賢者、という事だそうだ。これまで俗世から切り離された地で修業をしていた為、世間には疎いという設定だ。
見るからに怪しい設定で、私が自分で説明すれば怪しさ満点だが、信用のある者が話すとなると別だろう。あとは実力を示してみろなどと言われればこっちのものだ。
仮に失敗してもそのまま帰されるだけだろうし、最悪の事態として国中に追われるという事もない。
最終的には、マリアンの交渉術に掛かっている訳ではあるが。
やたらと広い駅舎を、人混みを縫って歩き、十五分ほど掛かってようやく外に出られた。
ちょうど駅舎の玄関は周囲より小高く作られており、少し長めの階段が設けられていた。下る前に見渡してみると、凡そ活気に満ちている。
駅舎の階段を降りて直ぐは広場になって開けている。そこを囲むように全体的にゴシック調の石造りの建物が軒を連ね、道路も石畳が敷かれており、交通面のインフラはしっかりしているようだ。
駅舎を中心に放射状に四つほどの大通りが真っすぐに伸び、そのどの道にも露店や出店が出て盛況を見せている。勿論、広場にも多数の出店が出ている。
「いつも、こうも賑やかなのか?」
階段を降りながら、前を行くマリアンに尋ねた。
「大体はね。ここ最近は人が集まっているから、賑わいも増しているけどね。その分――――」
――――ウォォォッっっっ!!!!
続きの言葉を掻き消す歓声。若干の怒号と、ヤジも入り混じっている様だ。
「……その分、問題事も多いのよ」
頭を押さえてため息を一つ。
騒ぎの中心はどこかと見てみると、早々に発見。人混みの中ドーナツ状に分かれている場所がある。中心には向かい合う男性が二人。
「――――何してるの?行くわよ」
「てっきり止めに入るものだと思ったんだが?」
さらりと流して先に行こうとするマリアン。彼女はああいうのが見過ごせない質だと思っていたのだが。
「殴り合いで済むようなら問題ないわ。周囲に被害も出ないでしょうし、揉め事も含めて楽しみに来ている人もいるみたいだしね」
火事と喧嘩は江戸の華、とでも言うからそういう事なのだろう。それに空気を読んでの事だ。祭りの時くらい羽目を外しても怒らないタイプの人間らしい。
「でも、周囲に被害が及ぶようになったら止めに入るけどね。それか、和解が成立しなさそうな時にもね。管轄としては自警団だから無暗に干渉するのが良くない、って世知辛い事情もあるの」
そういうものですか、と眺めていると、既に取っ組み合いになっている。だが、それは長くは続かず、両者がまた離れた。
片方が何やら言葉を発しているがそこまでは聞こえない。ただ、それを言われた相手が、片手をおもむろにポケットに入れた。そして、ポケットの中身を出すと、それをもう片方の手の指に填めた。一瞬、メリケンサックを思い浮かべたが、即座に否定する。
私は咄嗟に杖を出すと、横薙ぎに一閃。直後に人混みの中心で爆発が発生した。
「何事!?」
「さあね!おそらく、あれが魔装ってやつなんだろうけどな」
杖を持ったまま答える。
「喧嘩している片方が片手に何かを填めた。そして、魔法を行使しようとしたのが見えたんで、全員に結界を張った」
手に填めた後、それが微かに光ったのが見えた。見慣れた光、魔法陣の発光だった。
「それが魔装よ!!ったく、どこの馬鹿よ!!喧嘩に魔装を持ち出すなんて!!」
マリアンは既に駆け出していた。喧嘩を見物していた人々は、三々五々に逃げまどっている。動いていないのは魔装を使用した奴と、その喧嘩相手だ。喧嘩相手の方は腰を抜かして動けないだけの様だが。
急いで向かったマリアンだが、相手がその気になれば、辿り着く前に喧嘩相手を消し炭にするだろう。それだけは避けようか。
案の定、魔装を使用。だが当然ながら結界は作動中だ。発生した火球は目前で弾け飛ぶだけで届かない。
激昂しているようで。そのまま何発も立て続けに放つが、あえなく失敗。
そうこうしている内に、マリアンが到着した。後は、どうにでもなるだろう。
辿り着いたマリアンはしきりに何かを叫んでいる様だ。恐らく説得しているのだろう。その姿を楽し気に眺めていると、
「彼女は君の連れかい?」
不意に背後から声を掛けられた。警戒していなかったのもあるが。全く気配を感じさせずに接近されたようだ。振り向くと、そこには青を基調とした……どこかの制服だろうか。軍服の様にも見えるが、詳しくは分からない。だが、少しばかり心当たりがある。
さらさらとした茶髪を綺麗に分けて、身なりを気にしているのが見て取れる。多少を乱れていようとも、その整った顔立ちであれば許容されそうだ。飄々とした雰囲気を纏っているので、いまいち掴めない。
ま、俗に言うイケメンというやつだ。
「そんなところだ」
「で、君は行かなくても良いのかな?彼女さんは立ち向かっているのに」
「そういうあんたが行けばいい。自警団さん。強いだろう?あんた」
「同性に褒められても嬉しくないよ」
笑いながら返答してきた。やはりマリアンが言っていた自警団とは、こいつの事らしい。
「でも、そうだね。あんな綺麗なお嬢さんに怪我でもされたら大変だ。ちょっとばかりお仕事をしてこようか」
同時に、纏う空気が変質した。表情も真剣そのもので、なるほどこっちが仕事の顔らしい。
階段を一息で飛び降りると、着地の衝撃を無かったかの如く、真っ直ぐ駆け出す。見た感じ武器を所持していないようだが、どうなのだろう。
そう思っていたが、やはり杞憂だった。
即座に説得していたマリアンを抜き去ると、面食らった犯人の懐に潜り込み、拳が鳩尾を的確に打ち抜いた。あの一撃はとんでもないな。マリアンには見えていなかっただろう。
久しぶりに。『達人』出会った様だ。




