カレーは食べ物
若者二人を痛めつけたアブラギッシュは、異世界人の陰キャを捜しにカネホシスの死体から回収した『異世界人ワカール』を持って、街を歩いていた。
しかし、カネホシスが高いとこから落ちた事によって壊れてしまったのか、ザザザッと時々画面内に砂嵐が発生している。精密機械は壊れやすいのだ。
「チッ、雑魚の死体から回収してきたこいつを使って、異世界人を楽に見つけようと思ったが・・・壊れてやがる。」
アブラギッシュは、ブラウン管テレビを叩く様にトントンと、『異世界人ワカール』を叩いたが効果は無い。
「・・・つーことは、この写真だけを頼りに捜さねえといけないって事か。」
彼は、『異世界人ワカール』をズボンのポケットにしまうと、代わりに一枚の写真を出した。それは、カネホシスが持っていた桃太郎の写真だった。
「奴が持っていたこの写真・・・見た感じ、アイドルや人気俳優のパパラッチ写真ではなさそうだし、アイドルや俳優と呼ぶには被写体に華が無い。そもそもそういう写真を撮ったら、あいつはすぐ金に換える男だ。週刊誌とかに売りつけてな。仮にこの被写体がアイドルだとしても、内緒で付き合っている恋人とチューしているわけじゃあねえから、そこまでこの写真に価値があるとは到底思えない。・・・だとしたら、考えられることはただ一つ。こいつが異世界人だ。」
アブラギッシュはニヤリと笑うと、写真を片手でぴらぴらさせて言った。
「フン、見た感じ脂肪はあっても骨は無さそうな奴だが・・・雑魚とはいえ、神星を二人も返り討ちにした奴だ。この俺様相手にどこまでやれるか・・・見ものだな。」
陰キャとはいえ、二人の神星を倒した異世界人との戦いが楽しみになってきたみたいだ。そんな中、急にアブラギッシュのお腹がぐぅ~っと鳴った。
「おっと、そういや昨晩から何も食べていなかったな・・・異世界人と戦う前に何か食っておくか・・・。」
自分のお腹をポンポンと叩きながらそう言うと、アブラギッシュはこの時間に開いているお食事処を探し始めた。現在の時刻は、十時半前。大体の店屋が開店する時間帯なので、『自分の食べたい物が無い』という事にならない限り、困る事は無いだろう。
アブラギッシュは周りを見渡すと、食べたい物があったのか、すぐにその店に向かって行った。
その店は一種の洋食屋さんで、カレーライスやハンバーグは勿論、カツ丼や牛丼などのどんぶり系もラインナップされている。入り口のガラスケースには、いくつか食品サンプルが並んでおり、道行く人の食欲をかき立てていた。開店時間は朝の十時なので、すでに開いている。
アブラギッシュはその洋食屋の入り口のドアを開けると、そのままでは横腹がつっかえて入れないので、横向きになって蟹歩きで入った。その様子を店内で見ていた客と店員は、アブラギッシュに目が釘付けになった。まあ、そうなるのも無理は無い。アブラギッシュは体重253キロあり、その辺の太っている人間とは比べ物にならない位でかいのだ。
「い・・・いらっしゃいませ・・・おタバコは吸われますか?」
目の前のドデカい図体に圧倒されながらも接客をする店員。アブラギッシュは、
「いや、吸わない。」
と、言うと店員に案内されるまま、カウンター席に着いた。ボックス席だと脂肪が邪魔して座れない事が多いので、アブラギッシュはほっとした。カウンター席は、約三人分のスペースを使った。後ろからは客のヒソヒソ話が聞こえて来たが、『勝手に言わせとけばいい』という感じに気にもとめなかった。
「お客様、ご注文がお決まりになられましたら、こちらのボタンを押して下さい。ヒヒヒ・・・」
席に案内した店員とは別の人間が妙ににやついた顔でお冷を持って来た。そんなにやけ顔に何一つ反応する事無く、アブラギッシュはメニュー表の『カツカレー』を指さして言った。
「ああ、もう決まっている。この『カツカレー』を一つ。辛口でな。」
別に『異世界人の陰キャに勝ちたいから』という意味で頼んでいるわけではない。アブラギッシュは、カレーが食べたいと思ってこの店に入り、それだけだと少し足りないので、トッピングにヒレカツが乗っかっているやつを頼んだのだ。
「かしこまりました~・・・ククク・・・」
一体、何がそんなにおかしいのか、にやけ顔の店員は終始笑いを堪えながら厨房に向かった。
それから数分後、その店員はアブラギッシュの前に大きめの皿を出した。その皿には、白飯の上にヒレカツが乗っているのだが、肝心のカレーがかかっていない。一体これはどういう事なのだろうか。これではカツ丼の劣化版ではないか。アブラギッシュは、カツの乗ったその白飯を指さして、にやけ顔の店員に言った。
「おい、カレーがかかってないぞ?」
「カレーはこちらでございます。」
店員がそう言いながら出してきたのは、ビールジョッキだった。その中には冷えたカレーが並々と注がれてあった。意味が分からない。
「・・・何の真似だ?」
アブラギッシュが店員を睨み付ける。にやけた店員は、『まあまあ』という感じに両手を前に出した。
「落ちついて下さいよぉ~。お客様のような体型の方にとって、『カレーは飲み物』なんでしょう?だから、飲みやすいようにビールジョッキの中にカレーを入れたのです。ヒヒヒ・・・」
何という事だ。カレーは食べ物である。にやけ顔の店員のこの『侮辱』ともいえる行為にアブラギッシュは、ブチギレた。すぐに店員の髪の毛を右手でぐわしっと掴むと、睨みながら顔を近づけた。
「ほう、お前はこれが飲み物に見えるのか?確かにどこかの地域には、カレー味のソーダがあると聞いた事があるが・・・これは誰がどう見ても食い物だろう?見た目以上に頭悪いんだな、お前。」
あまりの剣幕ににやけ顔の店員は、謝るどころか逆ギレして言った。
「そういうネタなんだよ!!何、マジになってんの?頭わいてんのかクソデブゥ!!」
店員がそう言い終わると同時にアブラギッシュは、店員の顔面をカウンター席に思いっきり叩き付けた。
「ぐげぇッ!!」
「ったく、どいつもこいつも俺の体型を見て、『カレーは飲み物なんだろ?』とか言いやがって・・・誰だ最初にそんな事言い出したデブは!?カレーはなぁ・・・食べ物なんだよ!!ウケを取ろうと思ってそんな事言ったのかもしれねえが、迷惑なんだよ!!そして、全てのデブがそうであろうと思っているお前の様な奴も腹が立つ!!例えネタだとしてもな・・・さて、どうしてくれよぅかぁ~・・・」
手と首をゴキゴキ鳴らすアブラギッシュ。ここで彼の脳内に謎の王のあの言葉が蘇ってきた。
「無駄に目立って、私の仕事を増やすような真似はやめてくれよ?」
その言葉にアブラギッシュは、鳴らしていた手を引っ込めた。もう手遅れな気がするが、めり込んだ店員は死んでいないのでセーフと思ったのだろう。
「チッ、まあいい・・・」
アブラギッシュは舌打ちをすると、ポケットからカネホシスが持っていた桃太郎の写真を取り出した。
「お前・・・ここら辺でこいつを見なかったか?」
めり込んでいる店員の後頭部を鷲掴みにして、引っ張り上げて写真を見せる。その顔にはさっきまでのにやけた表情は無く、恐怖で歪んでいるようだった。
「ヒィッ!!こ・・・この人は・・・みみみ・・・見た事ありません!!本当です!!許して下さ~い!!」
「そうか・・・」
アブラギッシュは再びその店員をカウンター席にめり込ませた。
「不愉快な思いをした上に情報無しか・・・クソッ!!」
怒りのあまり、写真をくしゃくしゃになるまで握り締めたアブラギッシュ。そんな彼に近づいて来た人間がいた。ここの洋食屋の店長である。
「お客様、うちのバイトが申し訳ございませんでした。本日のお代は結構ですので、それ以上彼をいたぶらないで下さい。」
「当たり前だ!!こんな接客されて、金を払おうと思う奴はいない!!お前、その言い方から察するに店長だな?悪い事は言わん。こんなバイト、クビにしてしまえ!!」
アブラギッシュは店長に向かってそう言うと、乱暴にドアを開けてその洋食屋から出て行った。賑やかだった店内はすっかり静まり返ってしまい、息をするだけでも苦しいくらい重かった。
近所の洋食屋でそんな事が起こっているとは夢にも思っていない桃太郎は、マリーに頼まれた包丁を買いにスーパーに来ていた。
「え~・・・と、これだな。」
包丁が並んでいる棚から包丁を取って、レジに向かう桃太郎。選んだ包丁は安すぎず、高すぎない丁度良いくらいの値段の物で、刃の部分は店にある包丁と同じ形をしている。何故、彼がこの値段の包丁にしたのかというと、『安すぎる物はどんな物でもすぐにダメになるイメージがあり、高い物を買うならこんなスーパーに売ってある物より、専門店やテレビショッピングで紹介されている包丁の方が優れているから。』らしい。実際、マリーからも『そこまで高いヤツは買わなくていいから。』と、言われているので、彼の選択は間違っちゃあいない。
会計を済ませた桃太郎は、そのままスーパーから出て行った。その後の桃太郎の行動は、どこか挙動不審な感じがして否めなかったが、それも仕方が無いだろう。彼は一回、スーパーの帰り道で誘拐されているのだから。他人より過剰に安全確認するのは、おかしい事ではない。
「(こっちに来てから、お遣いやって良い思い出が無いんだよなあ・・・)」
『だったら断れよ。』と、思う人もいるかもしれないが、日頃からマリー達にはお世話になっているので、桃太郎は断れないのだ。
「(まあ、タダでまかないとか余りものをくれるから、我が儘は言えねえよな・・・。それにあんな事毎回起こるわけじゃあないし、念入りに安全確認しておけば避けられるだろう。)」
スーパーの目の前の横断歩道を渡り、後は店まで一直線に行けばいい所で桃太郎は走り出した。走れば早く店に着けるし、トラブルに巻き込まれないと考えたのだろう。
しかし、運命というものは陰キャに優しくはなかった。
桃太郎の進行方向には、洋食屋から出てきてイライラしているアブラギッシュがいた。
「(な・・・何だあいつ!?)」
アブラギッシュの図体のでかさに桃太郎は驚きを隠せず、思わず止まってしまった。
一方、アブラギッシュも桃太郎に気が付いていた。
「(ん?あの顔・・・まさか・・・ッ!!)」
とっさにポケットから写真を取り出して、確認するアブラギッシュ。その瞬間、彼の脳内で写真の顔と目の前の桃太郎の顔が一致した。これはまずい!!
「見つけたぞ、異世界人!!」
「何ィ!?」
桃太郎を指さして声を出すアブラギッシュ。その言葉を聞いた瞬間、桃太郎は目の前にいるデブが『自分を始末しに来た神星』だと気が付いた。
「(次来るの早すぎるだろ!!せめて一週間くらい待てや!!)」
桃太郎は進行方向とは逆の方向に走り出した。桃太郎も痩せている体格ではないが、アブラギッシュと比べると痩せているので、走るスピードは自分の方が上と思ったのだろう。
しかし、ここで早くも桃太郎の計算が狂った。このデブ、見た目の割りに速い。
「な・・・何ィ!?」
「ハハーッ!!この俺様から逃げられると思うなよ陰キャァ!!」
必死にスピードを上げて逃げ切ろうとするが、元の世界で運動してこなかったツケが回って来たのか、あっさりと追い付かれてしまった。
「追いついたぞ陰キャァァァーーーーーーーーッ!!」
アブラギッシュは、桃太郎が自分の拳の射程距離に入った事を確認すると、右手で上から思いっきりぶん殴った。しかし、殴る時の動作で起こったわずかな隙を突いて、桃太郎は近くの狭い路地裏にまるで魚屋から魚を盗んだ野良猫のように逃げ込んだ。成程、この路地裏の狭さならアブラギッシュは入って来れない。ちなみに不発だったパンチは、歩道に大きな穴をあけていた。
「チッ、危機回避能力ってヤツか・・・。」
アブラギッシュは、桃太郎が逃げ込んだ路地裏を見て、悔しそうに舌打ちをした。
一方、狭い路地裏に何とか逃げ込めた桃太郎は、息を整えながらゆっくりと移動していた。
「(あ~ビビったぁ~・・・先回りされる前にここを抜けよう。さすがにこの幅じゃあ追いかけて来ないだろ・・・。)」
その路地裏は、人一人通るには十分な幅ではあったが、ガタイの良い成人男性二人が横に並んで歩ける程広くは無い。つまり、横綱よりも図体がでかいアブラギッシュは、ここを通る事は不可能である。
「逃がさねえぞ陰キャァァァーーーーーーッ!!」
入り口で叫ぶアブラギッシュ。『追って来る事は出来ない』と、高を括った桃太郎はその場に立ち止まり、彼の叫び声を聞ききながら『先回りしろよ。』とか思っていた。しかし、ここで予想もしなかった事が起きてしまう。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」
何かがおかしい。両端の建物からメキメキだのバキバキだの音が聞こえてくる。その瞬間、桃太郎はすご~く嫌な予感がした。
「おい・・・お前、まさか・・・」
そのセリフを言い終える前に両端の建物の壁が凄い音を立てて破壊された。
「フンッ!!」
アブラギッシュは、この狭い路地裏を無理矢理通る気だ。破壊された両端の壁からは、中の様子が丸見えになってしまった。
「回り道して来いよお前ぇぇぇーーーーーーーッ!!」
「うるせえ!!俺様のやり方に陰キャが口を出すんじゃあねえ!!」
両端の壁を破壊しながら桃太郎を追いかけるアブラギッシュ。建物の中にいる人の『うわあッ!?』だの、『何だ!?』といった声が破壊される音に混じってかすかに聞こえる。まったく、傍迷惑もいいとこである。




