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囚われの陰キャ

 ウマシカ王国は、歴史ある国の一つである。この世界の歴史の教科書によると今から約1000年前、グレート・フル・ウマシカという人物によって建国された。名前の通り、グレートはロバート・ドウジ・ウマシカの先祖なのだが、性格は違う。グレートは、お金や物、自然を大切にする人間で、思いやりがあった。『コーマンチキ王国』という国に生まれ、少年時代は一般家庭のような生活を送ることも難しく、欲しい物も買えなかったが、グレートは幸せに暮らしていた。グレート少年の人生を変えるきっかけになったのは、近所に住む年老いた外国人の男との出会いだった。男はグレートに自身の国の文化やそこに住む動物たちの話をした。話が面白かったので、グレートは毎日その男が住む家にたちまち通うようになっていった。そして、歳こそ離れているが二人は友人の関係になった。グレートは男が死ぬまでずっとこんな日常が続くんだと思った。だがその二年後、男はコーマンチキ王に殺されてしまう。理由は男が敵国のスパイではないかという疑惑が浮上からだ。コーマンチキ王は、非常に心配性な上に非情な性格だったので、疑惑が本当だろうが嘘偽りだろうが『疑惑が出た時点で有無を言わさず死刑』という考えだった。グレートは少年ながらも自国の王に怒りと疑問を抱いた。『この王はろくに調べもせず、相手の言い分も聞かずに殺すのか』と!!友人を失った少年は、一人で王に文句を言いに行った。当時の王、レイシス・コーマンチキは、そんなグレートの姿を鼻で笑い、こう言った。

 「ふん。汚い小僧がこのレイシスに意見をするのか?友人?大切な人?馬鹿馬鹿しい。また新しく友人を作れば良いだけじゃないか。あんな老いぼれに一体何の価値があるんだ?それに何もしていないのなら何で疑惑が浮上する?『火の無い所に煙は立たない』という言葉を知らんのか?だとしたら、勉強不足だな。」

 グレートは友人の事を馬鹿にされて腹が立ち、ポケットにあらかじめ入れておいた小石を投げつけた。そして、王に対し、指を指して言った。

 「お前みたいなゴミクズ野郎は地獄に叩き落してやるッ!!」

 と。こうしてグレートは国を追い出される事になるのだが、両親は王に反逆する子供を育てたとして二人とも吊るされ、燃やされてしまった。独りになってしまったグレートは、自身の魂に強く誓った。『皆が幸せになれる国を創ろう』と。こうして出来たのがウマシカ王国という国である。


 

 時は進み、現代のウマシカ王国。月光が照らされている城の地下牢では、不法入国者及び国家侮辱罪の罪人として捕まった桃太郎が横になって寝ていた。夏にも関わらず、地下牢は涼しくて快適だった。牢の中は、今となっては懐かしいボットン便所と洗面台があり、壁や床は石で出来ている。ベッドやふとんは勿論無く、(わら)で出来たランチョンマットのような物が端っこに敷かれているだけ。今は夏だからまだしも、冬になった時の事を考えると寒気がしそうだ。勿論牢の前には見張りの兵士が一人いて、立つのに疲れたのか地べたに座り込んでいる。

 「おい、交代だ。」

 「ん?ああ、分かった。」

 どうやら交代の時間になったようだ。今来た兵士は、牢の中の桃太郎を見て溜息をついた。

 「ふう・・・やれやれ、こいつも馬鹿だよな。王子に対してあんな口の()き方さえしなけりゃ、こんな事にならずに済んだのによ。」

 「まあ、今時一人称が『(ちん)』っていうのも確かに変かもな~・・・」

 「おいおい、あんまそんな事言うなよ。お前もこん中入る事になるぞ。」

 「それは勘弁。」

 仲良く話している二人の声が大きかったのか、桃太郎は目を覚ました。 

 「あん?・・・飯の時間か?いや、その様子を見る限り違うな・・・早く持って来いよ飯。」

 桃太郎は、お腹が空いたようだ。だがここは牢屋なので、ご飯は決まった時間にしか配られない。今来た兵士は、桃太郎に言った。

 「はん!図々しい罪人だな!朝の8時まで待てんのか・・・この食べる事しか出来ないクソ陰キャが。」

 「またそれか~・・・陰キャ陰キャって馬鹿の一つ覚えみたいに言ってくる奴も大体陰キャなんだよなあ~。要するに、同族嫌悪ってやつだ。んん?」

 今来た兵士は、桃太郎の発言に怒ったのか、警棒のような物で牢を思いっきりぶっ叩いた。叩かれた時に鳴った音は、エコーがかかりながら地下全体に響いていった。

 「貴様のようなクサレ陰キャと俺を一緒にするんじゃないッ!!」

 「あまりムキになるなよ・・・『おっさん』」

 『ああ言えばこう言う』とはよく言われたものだ。しかも、桃太郎は牢の中に入っているので、奥の方まで寄っていれば兵士の攻撃はそう当たらない。つまり、どんなに馬鹿にしたり、煽ったりして怒っても兵士は桃太郎に危害を加える事は出来ないのだ。これらの事から、桃太郎は最高の環境を手に入れたと言っても過言ではないのだ。

 「この・・・今、俺を『おっさん』とッ!!お・・・俺は老け顔なだけでまだ24歳なんだよ・・・『お兄さん』なんだよ・・・おい!!何とか言ったらどうなんだ!?ああ?お前、ホンマ牢から出たら許さんからな!?おい!!聞いてんのかよ!!おい!!おい!!キィエエエエエエエエエエエエイッ!!」

 さっきまでの余裕な態度はどこへ行ったのか。今来た兵士は、まるで怒り狂ったオランウータンのように牢を叩いたり、奇声を上げたりしている。この状況を見てやばいと感じたのか、さっきまで座って見張りをしていた兵士は、今来た兵士を取り押さえた。

 「ちょっ!!相手の挑発にのるなよ・・・おい、落ち着けって!!」

 「いいやッ!!落ち着いていられないね!!」

 今来た兵士の顔を見る限り、一発殴らないと気が済まないという感じだった。桃太郎は再び寝転び、二人の兵士をまるで動物園の珍獣を見るような目で眺めていた。

 「とりあえず、外に出よう!!頭を冷やすんだ!!」

 座って見張りをしていた兵士は、暴れている兵士を抱えて外へ出た。外へ出た後も奇声だけは桃太郎のいる牢まで聞こえていた。こうして、地下牢内は再び静けさを取り戻した。

 「全く・・・これでようやく寝れる・・・。」

 地下牢内が静かになったのでもう一度寝ようとする桃太郎。だが、またしても邪魔が入った。

 「あれぇ?こんな所で何をしているんですか?」

 諸悪の根源の亀・・・メタリーである。メタリーは小さいので、牢の中まで空中浮遊しながらスイスイ入って来ると桃太郎の顔の近くに着地した。

 「・・・」

 「覚えてないですか?貴方を異世界に連れてきた亀、メタリーですよ。ヨーヨーヨー!!」

 「・・・」

 「もう、せっかく連れてきてあげたのに薄情な人だなぁ~・・・」

 その言葉に反応したのか、シュバッと桃太郎の手がメタリーを掴んだ。

 「おい・・・『連れてきてあげた』?『連れてきてあげた』って言ったのか?それじゃあまるで俺がお前に『お願いします!異世界へ連れて行って下さい!!』って泣きながら頼んだみてえじゃあねえか・・・おかしいよなあ?・・・つーかてめえ今までどこ行ってたんだよ!!」

 物凄い力で捕まれたメタリーは、桃太郎の威圧で震えた。

 「ええ!?何でキレてるんですかあ!?」

 桃太郎が何でこんなにキレているのか理解出来ないメタリーは焦りながら聞いた。

 「何でって・・・まあ、異世界に半ば強引に連れてこられた件はもう文句は言ったよな?その後の事だよ!!番人に向かって吐いたセリフ!!お前が言ったのに俺が言ったみたいになって、殺されそうになったんだぞ?しかも、いなくなるし・・・どこへ隠れていた?」

 「隠れてませんよ。ただ、近くに美味しいアイスキャンディーを売っているおじいさんがいたから買いに行ったってだけで・・・」

 メタリーは『これが証拠だ』と言わんばかりにアイスの棒とレシートを甲羅の中から取り出し、アイドルオタクがペンライトを振るように棒を振り回した。

 「(こいつ、俺が命の危機って時に呑気(のんき)にアイスキャンディーなんか買ってやがったのか・・・)」

 「ちなみにソーダ味で美味しかったです。砂漠のように渇いた喉が一瞬で潤いました。やっぱいいですね~アイスキャンディーは。んん~ん。」

 アイスキャンディーの味を思い出し、じゅるりとよだれを垂らすメタリーを見て桃太郎は

 「(こいつサメの餌にしよう。)」

 とか思っていた。 


 一方、桃太郎を牢屋にぶち込んで気分がすうっとしたウマシカ王子は、右手にダージリンティーを持ちながら読書をしていた。テーブルの上にはスコーンが皿の上に一個あり、端っこの方が砕けていた。ちなみに本のタイトルは『コガネムシ殺人事件』。かなり有名なミステリー小説である。王子は、独り言を呟きながらページをめくった。

 「う~ん・・・この男が怪しいな。三年前の事件の真相を何か知っている感じがするし、アリバイが出来過ぎている・・・!!」

 ずずっとティーを(すす)り、次の文章に目をやるといきなりドアが開いた。

 「王子様!!」

 阿呆鳥(あほうどり)である。かなり慌てた様子で落ち着きが無いのか、ドタドタと音を鳴らしている。

 「何だ!?朕は今、読書中だぞ!!」

 王子は、不機嫌そうな声で阿呆鳥に言った。そして、ついでに持っていたティーカップを阿呆鳥にぶん投げた。阿呆鳥に命中したカップは鋭い音を立てて、砕けた。

 「いってぇ~!!な・・・何しやがるこのウスラボケェッ!!」

 あまりの苦痛につい本音を出してしまった阿呆鳥。言った後、すぐに気付いて口を(ふさ)いだ。

 「ん?お前今、朕の事をウスラボケと・・・」

 「言ってないですよ。多分、私の悲鳴がそう聞こえたってだけです。」

 「いいや!!確かに聞いたぞ・・・朕の耳はかなり良いのだ。それとも、お前は朕のこの耳が腐っている・・・とでも言いたいのか?」

「そんな事はございません!!あっほらそれよりもですね、あの陰キャ・・・罪人が何の魔法を使ったのか見張りの兵を一人狂わせたようです!!」

 阿呆鳥は話を逸らした。

 「何だと?国家の朕ですら未だに魔法が使えないというのにあんなチンケな陰キャに魔法が使えるわけないだろう!!魔法とは朕のような高貴な者が努力してやっと、使えるようになるのだ。今はまだ朕の努力が足りないのか全然使える気がしないがな・・・」

 「(てめーも一生使えねえよ!何、夢溢れる幼稚園児みてぇな事言ってんだあ?この馬鹿(ばか)王子はよ・・・俺様が言った『魔法』ってえのは比喩だよ比喩!!)」

 心の中で王子に対するイライラを発散する阿呆鳥。さっきみたいに誤って口に出さないように(くちばし)を手で押さえている。

 「・・・にしてもあの陰キャ・・・一体どこの国の者だ?身なりはただの一般家庭のガキって感じしかしなかったが・・・」

 桃太郎の分からない素性に首を傾げる王子。阿呆鳥がそれに答える。

 「まあ、この国の人間ではないのは確かです。明日、取り調べをして吐かせますよ。それよりも狂った兵士をどうしましょうか?我を忘れてかなり暴れているんですが・・・」

 「適当に休暇でも与えとけ。勿論、有給の方じゃない休暇をな。」

 「かしこまりました。」

 王子はそれからパンパンと手を叩き、城の召し使いを呼んで割れたカップを片づけさせた。




 「それにしても、とんでもねえ国に来ちまったな・・・」

 やれやれといわんばかりに桃太郎は大きな溜息をついた。

 「何であんなナルシーが権力持ってんだよ。どう見ても王子って器じゃあねえよ、ありゃあ。」

 「仕方ないですよ。王族に生まれた時点で王子なんですから。」

 桃太郎は怒るのに疲れたのか、メタリーと普通に会話をしていた。

 「ってかあいつ、王子だよな?王や王妃はどこだよ?」

 王子ということは、まだ親の跡を継いでいないということである。桃太郎は兵士から王の存在を聞いてないので、気になり質問した。メタリーはそれに答えた。

 「33回目のハネムーンに行っています。」

 「・・・は?」

 「33回目のハネムーンに行っています。」

 「いや、聞こえた。聞こえた上での『は?』だ。」

 33回目のハネムーン?おかしい。ハネムーンとは新婚旅行のことである。33回も行っているのであればそれはハネムーンではなく、ただの家族旅行というもんだ。桃太郎は、『とんでもねえ王族のとこに来ちまった』と言いたげな顔になった。

 「確か、遠方の国・・・ええと何て国だっけなあ・・・とりあえずそこへ国民の税金で行っています。」

 「マジにとんでもねえ屑王だな。その内国民の税金で漫画買ったり、美術品買ったりしそうだ。」

 桃太郎のいた世界だととんでもない大スクープである。新聞の一面にでかでかと載るくらいのネタだ。きっと、朝昼夜すべてのニュース番組はどこの局も必ず一週間は取り上げるだろう。

 「他にもっといい国を紹介してくれよ。あんな馬鹿に振り回されるのはもうゴメンだ。」

 「ん~・・・まあ、『ラピス』はここじゃなくても売ってますしね。では・・・」

 桃太郎の要望にメタリーは一旦甲羅の中に入り、地図を取り出してきた。

 「ではではでは!!次に行く国を決めちゃいましょう!!」

 バサーッと地図を広げ、床に敷く。メタリーは地図の上に乗り、ウマシカ王国を指した。

 「今、ここが僕たちのいる『ウマシカ王国』です。ここからウマシカ領を上に行った先に『ヘーコラ王国』があります。逆に下の方へ行くと『ナンバショット王国』に着きます。で、『ウマシカ王国』から右に数千キロ行って、王国跡を超えた先に『タカビー王国』があります。」

 メタリーは地図を手でなぞり、分かりやすいように桃太郎に説明した。桃太郎は、聞き慣れないような聞き慣れているような国のネーミングが気になった。

 「あのさ・・・ここの世界の国の名前って・・・みんなこんななのか?」

 「?そうですけど・・・」

 メタリーは何も感じないようだ。だが桃太郎は、国の名前を聞いただけでどんな国なのか大体予想がついてしまった。

 「タカビーってとこは王族が高飛車なのか?」

 「鋭いですねえ!!その通りですよ。しかも人口の大半が女性なので、陰キャなあなたには合わないと思いますよ?どうせ、女性と付き合った事もないんでしょ?」

 何かイラッときた桃太郎だが聞かなかったことにした。

 「んじゃ、ヘーコラはやたらにごまをする人間が多いってことか・・・。」

 「ピンポンピンポンピンポォ~ン!!ヘーコラは昔から相手のご機嫌を取るのが得意な国なんですよ。まあ、社畜大国って言われるだけのことはありますね。」

 「・・・このままでいいや・・・。」

 桃太郎は、感じた。この世界のどこへ行ってもここと同じ扱いを受けそうと。そもそも良さそうな国があってもこの牢からどうやって出るのか分からないので、聞くだけ無駄だったような気もする。

 「あ~あ・・・せめて、お前だけでもチート能力を持っていたらなあ~・・・」

 桃太郎はメタリーを見て言った。その言葉には若干棘が混じっていた。

 「僕、チート能力持っているじゃあないですか!!だからこそ、今ここにいるんでしょ?」

 「ああ、そうだな。その能力のせいで俺が今、こんな事になっているんだったな。」

 済んだことをぐちぐち言うのは男らしくないと思うかもしれないが、流石(さすが)に今回の件は言いたくもなる。桃太郎は、今や罪人となってしまったのだから。しかし、メタリーは今の言葉にカチンときたのかさっきまでのテンションを捨て、言い返した。

 「陰キャってすぐ人のせいにするんですね。そりゃ、モテないわけだ。」

 桃太郎は、ギロッと睨みつけた。しかし、ここで言い返すと堂々巡りになってしまい、非常に面倒なのでシカトした。やがて、桃太郎もメタリーも何も言わなくなったので、地下牢は風の音しか聞こえなくなった。横になった桃太郎は、頭の中でこんな事を考えていた。

 「(元の世界に戻れたら、異世界モノの小説を書いてみようかな。・・・ま、異世界モノなんて今やありきたりすぎて誰も読んでくれないと思うけど。)」

 他にもこれから先の事ややり残したあの中古のゲームの事も考えていたがいつの間にか眠りについていた。



 

 「あそこね・・・。」

 城の近くの高い塔から双眼鏡をかけて城の様子を探っている人間が呟いた。その人は、黒い燕尾服(えんびふく)にオペラや仮面舞踏会でよく見るマスクを付けていた。胸元には、あの金のカーネーションが月の光に照らされて輝いていた。燕尾服の人は、双眼鏡をポケットにしまうとそれから夜の色に混じるように消えていった。

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