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鱗をください

 桃太郎が『コワレ荘』に戻ると、マリーが血相を変えて駆け寄って来た。その血相を変えた顔が不気味というか、微妙に怖かったので、桃太郎は反射で後ろに飛んだ。

 「ちょっと!!こんな時に何ふざけてんのよ!!」

 『ふざけているのは、あんたの顔だろ。』と、桃太郎は言い返そうとしたが、マリーの表情からしてそれどころではないと感じたので、何も言わなかった。マリーは桃太郎の両肩に手を置いて言った。

 「楓ちゃんが高熱で倒れたの!!」

 「はあ・・・」

 桃太郎の反応は薄かった。

 「・・・あら、それだけぇ?案外冷たいのね・・・。」

 「だってあの人、最後に見た時『ゴホゴホ』言ってましたよ。大方(おおかた)、無理をして風邪をこじらせてしまったんでしょう。ゆっくり寝ていれば治りますよ。」

 「いや、風邪じゃないのよ。」

 マリーは再び真剣な顔になった。さっきからマリーの顔の変化が激しいせいで、どことなくシュールな笑いが生まれようとしている。笑うところではないのは重々承知しているが、このまま放っておくと笑ってしまうかもしれないと思った桃太郎は、早く詳しい話を聞こうと、

 「インフルとかそういうやつですか?」

 と、言った。時季的にそろそろインフルの魔の手が忍び寄ってても不思議ではない。

 「インフルも違う。一応、お医者さんに()てもらったけど、よく分からないんですって。」

 「ヤブじゃないんですか、そいつ。」

 「ヤブとは失礼だな。」

 「!?」

 突然出て来た人間に桃太郎はびっくりした。その人は白衣を身に纏い、誰がどう見ても医者だと分かる格好をしていた。病院で診てもらったのではなく、直接来て診てもらったようだ。

 「私はドクター・カインドル。電話を受けて、ここに住む少女を診に来た医者だ。君は彼女の部屋の隣の人か何かか?」

 「まあ、そうです。」

 「だったら、彼女が完全に元気になるまで近づかない事だ。感染症かもしれないからな。」

 カインドルはそう言うと、駐車場に止めてある自分の車に乗って帰って行った。桃太郎は、走り去っていくカインドルの車を見て、

 「・・・結局、何の病気なのか分からなかったみたいだな。」

 と、呟いた。せめて何の病気か分かればそれなりの対処はするが、何の病気か分からず、ただ漠然と言われても正直ピンと来ない。しかし、これだけは分かった。楓の病気は、風邪のように安静にしていればすぐに治るようなものではないと。

 「どうします?セカンドオピニオンという事で、他の医者にも診てもらいますか?脳外科とか。」

 桃太郎はマリーに言った。マリーは腕を組んで考える仕草をすると、何かを思いついたのか、

 「あ、そうだわ。」

 と、言って店の中に入って行った。そして数分後、大きな紙袋を持って店から出て来た。

 「あの子に頼んでみるわ。」

 「あの子?」

 桃太郎の頭の上に大きな『?』マークが浮かんだ。



 こうして桃太郎は、『?』マークが浮かんだまま、マリーに連れられて森の中を歩いていた。この森まで電車で三十分以上かかったので、既に桃太郎はくたくたになっていた。よく見ると、先頭を歩いているマリーとの距離が徐々に開きつつある。森ではぐれると色々厄介なので、桃太郎は疲労で重くなった足を一生懸命動かしながら、マリーとの距離を一定に保っていた。桃太郎は、紙袋を持ってスタスタと歩いているマリーを見て、

 「(歩くの早過ぎだろ・・・もうちょっとスピードを落としてくれよ・・・。)」

 とか思っていたが、そんなの口に出さないと伝わらない。しかし、口を動かすとただでさえ少ないスタミナを多く消費してしまうので、ここは何も言わずに一定の距離を保つ事に徹底した。桃太郎は、前ばかり見ていると疲れが酷くなりそうな気がしたので、左右の森の景色を楽しんで疲れをごまかそうとした。

 桃太郎が周りの景色を見ている内にマリーの足が止まった。どうやら、目的地に着いたようだ。

 「あ、ここですか。店長の言っていた『あの子』がいる家は・・・家・・・」

 しかし、そこに家はなかった。家どころか、会話に出てた『あの子』が住んでいる気配すら無い。そこにあるのは大きくて綺麗な泉だけだった。

 「・・・人が住んでいるような建物がありませんが・・・」

 桃太郎はマリーにそう言ったが、当のマリーはそんな桃太郎を気にせず、その場に腰を下ろして紙袋から糸とジップロックのような物を取り出した。桃太郎はそれを見て、マリーが何をしたいのか余計に分からなくなった。

 「あの、さっきから何をやっているんですか・・・。」

 ここでようやく、マリーが桃太郎の方に顔を向けて答えた。

 「何って・・・見れば分かるでしょ?釣りの準備よ。」

 「釣りぃ!?」

 てっきり『あの子』の所に行くのかと思っていた桃太郎は、予想外の答えに力が抜けてその場にへなへなと腰を下ろした。

 「何でこんな時にわざわざここまで来て釣りをするんですか、紛らわしい!!」

 「こんな時だからこそ釣りをするのよ。」

 「(こんな時だからこそ?・・・・・・あ、成程。)」

 マリーの言葉に桃太郎は察した。

 「(ゲームとかファンタジー系の小説によくあるやつだな。ここの泉の魚にはどんな病気でも治せる効果があるとか、その薬の材料になる的な・・・そういう事か。)」

 桃太郎が心の中で『うん、うん』と、頷いていると、マリーが次に紙袋から出した物に自身の目を疑った。

 「・・・え?」

 なんとマリーが紙袋から取り出した物は、表紙からしてBL小説やBL漫画のような物だった。それを糸を付けたジップロックのような物に入れて、泉に投げ込んだ。

 「・・・あの・・・魚はBL小説読まないと思うんですけど・・・。」

 泉の中心でプカプカ浮かんでいる本を見ながら、桃太郎は言った。

 「あら、アタシは魚を釣る気は無いわよ。」

 「え?・・・じゃあ、何でBL小説投げ込んだんですか?」

 「言ってなかったっけ?アタシが釣るのは・・・お、来た来た。」

 言葉の途中で釣ろうとしている何かがかかったらしい。マリーは糸を思いっきり引っ張り上げた。

 「それぇッ!!」

 「キャアァァァーーーーーーーーーーーーーーッ!!」

 泉の中から出て来たのは、なんと・・・・・・

 人魚だった。イッツマーメイド。桃太郎は何かの見間違いかと思い、目をこすってもう一回釣り上げられたそれを見た。やはり、何度見ても人魚だった。上半身は人間。下半身は魚。貝殻を胸に付けており、長い髪は日の光に照らされて、赤く光っていた。魚の部分は、蒼くて鱗が光を反射してキラキラしている。ちなみに魚特有の匂いはしない。桃太郎は予想外の生命体に声を出さずにはいられなかった。

 「え?・・・ええ・・・えええええええ!?『あの子』ってまさかこの人魚の事!?」

 「そう、人魚のセラフィ。この泉に数年前から住んでいるの。」

 二人が会話している間、釣り上げられて地面に叩き付けられたセラフィは、痛みにもがいていた。ある程度痛みが消えると、キッとマリーを睨んで言った。

 「マリー・・・あんた、いい加減にしなさいよ・・・いつもこんな・・・こんな本で私を乱暴に釣り上げて・・・」

 しかし、『こんな本』と言いながらも餌であるBL小説は、がっちりと掴んだままだった。

 「ごめんなさいね。色々考えたんだけど、このやり方しか思いつかなかったの。」

 両手を合わせて『ごめん』ポーズをするマリー。やり取りからして、知り合いというより友人と言った方が近い。

「本当にこれしか思いつかなかったのぉ?私が言ったからそれっぽい言葉を適当に言ってるんじゃないの?」

 ジトーっと疑いの眼差しでマリーを睨むセラフィ。マリーの額からは汗がだらだらと流れてきている。どうやら、図星のようだ。このままではまずいと思ったのか、マリーはすぐに話を変えた。

 「そんな事より、まずはアタシの話を聞いて。」

 「嫌よ。どうせ、『アンタの鱗を一枚くれ』とか言うんでしょ。前にも言ったけど、私達人魚の鱗は下半身の魚の部分を護る為にあるもの。おいそれと他種の生命体には渡せないの。まあ、人間の爪の垢みたいに時間経過でまた生えてくるから、一枚くらいあげても個人的には何の問題も無いんだけど・・・それでも嫌。」

 「ええ~、どうしてぇ?」

 腕を組んで、つーんとそっぽを向くセラフィにマリーが肩に手を置いて揺らす。ぐわんぐわんされながらもセラフィはつーんとしたままだった。マリーが肩から手を放すと、セラフィは再びマリーの顔を見て言った。

 「『ええ~、どうしてぇ?』じゃない!!あんたにも事情があるようにこっちにも事情というものがあるのよ!!」

 「そこを何とか~・・・」

 「い・や・だッ!!」

 セラフィは纏わりつく様にお願いするマリーを押しのけるように断ると、ようやくマリーの近くにいる桃太郎に気がついた。

 「・・・あら、見知らぬ顔がいるけど・・・どちらさん?」

 「ああ、うちのバイト。」

 「ふ~ん・・・」

 桃太郎は『どうも』という感じに頭を軽く下げて会釈をした。そんな彼をセラフィは、じろじろと分析するように見て言った。

 「・・・陰キャね。」

 「それ口に出す必要あります?」

 セラフィの言葉に桃太郎は素早い反応を見せた。

 「もしかして、鱗が必要なのはこの陰キャ?」

 セラフィが桃太郎に向けて指をさしながら言ったが、マリーは首を振って拒否した。

 「いいえ。必要なのはこの子の部屋の隣の子。今日、急に倒れてしまったから医者に診てもらったんだけど、何の病気か分からないみたい。それで、アンタの鱗でなんとか治せないかな~・・・と、思ったの。」

 「そんな『薬局で薬を貰うノリ』でここに来られても困るんだけど。」

 「だって、何の病気か分からないのよ?それって、新しい病気・・・つまり、特効薬が無い病気かもしれないのよ?助けるには、貴女の鱗しか無いのよ。」

 「だったら、もっと良い病院へ行って検査しなさいよ。そうすれば何の病気か分かるから。それにあんたのお得意さんがどうなろうが私の知った事ではないわ。それじゃあね。」

 そう言うと、セラフィは餌のBL小説を持って、勢いよく泉の中に潜った。要するに逃げたのだ。こうなると、さすがのマリーも諦めると思ったのだろう。しかし、まだ奥の手があるのか、当のマリーはセラフィが泉の底に消えても何一つ焦った表情は見せなかった。それどころか、持って来た紙袋の中を漁ってBL小説を取り出すと、糸を付けたジップロックみたいな物に入れて再び泉に投げ入れた。それを見た桃太郎は、

 「(いや~・・・さすがにさっきの今だから、よっぽどの馬鹿じゃない限りかからないだろ。)」

 と、思ったが、あの人魚はその『よっぽどの馬鹿』だったらしく、再び釣り上げられた。がっちりと両手で餌であるBL小説を掴んでおり、自分の間抜けさを恨んでいるのか、はたまたマリーに対して怒っているのかは分からないが、ハムスターが食べ物を詰め込んでいるような頬でムスッとこちらを睨んできた。

 「いや、その小説投げ捨てて潜れば良い話だろ。」

 睨んでくるセラフィに桃太郎はズバッと言った。

 「いい加減にしなさいよ、あんた達・・・私はねえ、こんな本の一冊や二冊で自分の鱗を売るような人魚じゃあないの。次、投げ入れたらマジであんたらぶっ殺すから。」

 桃太郎は何もしていないのについでにと言わんばかりに殺害予告をされた。一方、マリーはまだ何か企んでいるのか、

 「ふ~ん・・・まあ、良いけど。」

 と、言うと、再び紙袋から本を取り出した。言うまでもなく、その本もBL小説だ。タイトル的に異世界モノである。桃太郎は、『まだ餌を持っとるんかい』と言いたそうな顔でマリーを見た。

 「あら、その本なら私も持っているわ。この前、発売されたばっかの新刊。それがどうしたの?あ、私が食いつくと思って持ってきたの?残念でした。既に所持している本には食いつかないの、私。」

 勝ち誇ったような顔でマリーを見ているセラフィだが、次の瞬間、驚いた顔になった。

 「な・・・何ィ!?」

 マリーはその新刊の後ろから小冊子を出した。厚さ的に初回限定とかにありがちなおまけ本だろう。

 「そ・・・それは・・・ウマシカ王国とタカビー王国に一店舗ずつしかない書店限定で付いてくる・・・作者が書きおろした本編の後日談ッ!!あんた・・・まさかッ!!」

 「そう、あんたが欲しがると思って二つ買っておいたの。だって、あんたの足では買いに行けないでしょ?種族的にも人間が多いとこは危険だし。・・・でも、要らないならアタシが・・・」

 「おお、我が親友よー!!」

 マリーが言い終わる前にセラフィは手の平を返して、勢いよく泉から出てきた。その時の様子を例えるなら、シャチが浜辺にいるアザラシやアシカを狩る時に海から飛び出してくるような感じである。勿論、それ相応の水飛沫(みずしぶき)が出るのだが、一番多くかぶったのは他でもない桃太郎である。

 「そうなの。オンラインショップじゃあポイントは付いても特典は付かないし、店舗に買いにも行けないから泣く泣くその小冊子を諦めたの。一応、ネットで出品されてないか探したんだけど、転売ヤーが馬鹿みたいに値段を上げているし・・・やっぱ持つべきものは親友ね。」

 そう言いながら、マリーが持っている小説と小冊子を取ろうと手を伸ばした瞬間、マリーは取られないように両手を挙げた。セラフィはそのまま地面にビタンと倒れた。

 「・・・鱗と交換って事でどう?」

 地面に突っ伏したセラフィににっこりと微笑んで交渉するマリー。セラフィは歯をぎりっと噛み締めながらマリーの顔を見た。

 「あんたはいっつもそう!!トレードすれば良いってもんじゃないのよ!!」

 「ええ、まだご不満?・・・それじゃあ・・・」

 怒るセラフィにマリーは再び紙袋を漁って、もう一冊取り出した。

 「これならどう!?」

 マリーが取り出したのは、またしてもBL小説だった。今度は表紙がキラキラと光っている。これは・・・ラメ加工されているッ!!しかし、セラフィは本を見て『フン』と鼻で笑った。どうやら、この本も所持済みらしい。

 「それも持っているし、それに関しては書店限定のおまけなど無い。きちんとくまなく検索したからね。はい、残念。」

 『はい、論破』みたいにセラフィは言った。しかし、横から見ていた桃太郎は、この流れに見覚えがあった。・・・いや、見覚えあるも何もさっきと同じ流れだ。

 「(ここで店長が如何にも『最終兵器』っぽく出したのなら、この本・・・何かあるな・・・。)」

 そして、マリーの手がその本の表紙をめくった。そこには、作者のサインが書かれてあった。しかも、きちんと『セラフィ様へ』と名前が書かれてある。セラフィはそれを見て、目ん玉が飛び出るほど驚いた。

 「な・・・何ィ!?私宛てのサインだとぉ!?これは一体・・・確かあの先生はサイン会をやった事が無いはず・・・あんた・・・どうやってそれを・・・」

 セラフィの驚き様に満足したのか、マリーはにやりと笑った。

 「アタシの人脈舐めないでよね。こういう雑誌の編集長もちょくちょく来るんだから。・・・で、どうする?鱗と交換するのが嫌ならアタシの本棚に入れるけど~?」

 「是非、交換させて下さい。」

 さっきまでのやり取りは一体何だったのか、あっさりと交渉が成立した。

 上機嫌でトレードする二人を見て、桃太郎はほっとしたと同時に疲れが一気にビッグウェーブのように押し寄せて来た。

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