ハイテクな時代になっても公衆電話には生き残っててほしい
カナリア・シュテルンキラーは、追手の騎士達をかわしながら人気のない通路を走っていた。
「さて、これでもう城には簡単に近づけなくなってしまった上に自力で探し出すしか方法が無いわけだけど・・・手がかりがこれといって無いのがねぇ・・・」
人間一人監禁しても誰にも覚られる事が無いような場所を考えながら、カナリアは王国騎士だった時の事を必死に思い出していた。もしかしたら、何か手掛かりになるようなものがあるかもしれないと思ったのだ。
「城の牢屋はまず無い。女王様にバレる可能性があるし、不審な行動を取っていたらメイドや執事が勘付いてしまう。戦争時に使われていたとされる施設はほとんど建て替えられたり、更地になっている・・・他にどこか人を監禁するのにうってつけな場所が残っているのは確かだけど・・・全然思いつかない!!」
頭を抱えるカナリア。すると、近くから話し声が聞こえて来た。
「そっちにいた!?」
「いや、いない。向こうを探しましょ!!」
「ええ!!」
城の騎士達である。カナリアは最初、自分を捜しているのかと思って息を殺して潜んでいたが、騎士達の会話を聞いていく内、捜しているのが自分ではない事が分かった。
「絶対に見つけてとっ捕まえるわよ!!あの陰キャを野放しにしていたら、何をするか分かったもんじゃないッ!!」
「そう言えばあの男・・・亀みたいな物を持っていたような気がします!!」
追っている人間が『男』だと聞いて、カナリアは桃太郎の事ではないかと考えた。一応、会話に出てきた男が桃太郎であるとはっきり分かった訳では無いので、耳を澄ましてもう少し会話を聞いてみる事にした。
「亀ぇ?それって亀じゃなくて、手榴弾じゃあないの?」
「手榴弾ですってぇ!?あの陰キャ、やっぱりテロリストだったのね!!どうりで名前と住所を言わないわけだ。・・・リーダーに報告しないと・・・」
無線機を出して報告をしようとした時、向こうから騎士が一人、急いだ様子で走って来た。
「た・・・大変です!!」
「今度は何!?」
息を切らせながら走って来た騎士は、呼吸を整えながらゆっくり話した。
「し・・・Ⅽ班が陰キャと遭遇して・・・やられました!!」
「何ですって!?」
騎士達は衝撃を受けた。そりゃそうだ。ランクが低いとはいえ、一般人より体を鍛えている人間が、ましてや陰キャ相手に負けたと聞いたのだから。
「嘘でしょ!?確かに私らは国を代表する『王国騎士』みたいに大層な強さは無いけど、その辺の一般人よりは強いはず・・・!!あの陰キャ、一体何者なの!?」
「もしかしたら、あの男『ファッション陰キャ』だったのかもしれません。」
「『ファッション陰キャ』ぁ?」
聞き慣れない言葉に一人の騎士が聞き返した。
「はい。普段は陰キャなんですけど、ある特定の条件を満たす事でとてつもないパワーを持つようになるんです。そうなってしまったら最後、本人が満足するまで暴れまくって誰にも止める事が出来ない。しかも、暴れきったら気を失って倒れるんですけど、目を覚ました時にはさっきまで自分が暴れていたという事を綺麗さっぱり忘れてしまうらしいんです。」
今の話を聞く限りだと、それは『ファッション陰キャ』ではなく、ただの『イキリオタク』である。ある特定の条件というのは、多分一定量のストレスが溜まる事ではないかと思う。
「何かよく分からないけど、とにかくやばそうね!!急いで緊急配備をしなくちゃ!!」
「ええ!!」
会話した騎士達が散り散りになっていく様子を見たカナリアは、周りを確認しながらゆっくりと歩いてその場を後にした。結局、騎士達の会話に出て来た『陰キャの男』が桃太郎の事なのかどうか分からずじまいだった。カナリアは歩きながら独り言を呟いた。
「でも、あの子・・・ただの一般人だったけど、どこか・・・何か一般人って感じがしなかったのよね~・・・不思議な感じだった。」
桃太郎を思い浮かべて、今更ながら感じ取った。確かに桃太郎は異世界から来ているので、この世界の人間から見ると不思議な青年に映るのかもしれない。カナリアが桃太郎に対してそんな感情を抱いていると、ポケットに入れているスマフォのような物が着信で音を出した。
「ん!?」
カナリアは、すぐに取り出して誰からの連絡なのか確認した。
「公衆電話からだ・・・もしかして、店長さんかしら・・・」
着信画面に映し出された『公衆電話』という文字にカナリアは、マリーかハニー・メイプルがかけてきたのかと思った。
「はい。もしもし・・・」
周りを確認しながら、カナリアは電話に出た。
「あの・・・カナリアさんのお電話でしょうか・・・?」
電話をかけてきたのは、声的に若い男のようだった。
「ええ。そうですが・・・」
「え~・・・私、花咲桃太郎といって・・・あのですね、貴方が電話番号を渡した『青い春』っていう店のバイトなんですけれども・・・」
話は少し前に遡る。自動販売機の横に置いてあったゴミ箱で、どうにか二人の騎士を足止めする事が出来たが、不利な状況である事に変わりは無かった。
「他に公衆電話がありそうなとこ・・・公園とかか!?」
都合よく地図があるわけではないので、自身の勘だけを頼りに街中を走り回る桃太郎。日頃から運動をするようなタイプではなかった為、すぐに体力が底ついてしまい、本人は走っているつもりでも傍から見れば歩いているようにしか見えなかった。
「だめだ・・・もう、走れない・・・」
立ち止まって一旦休憩をする桃太郎。このままでは埒が明かないので、桃太郎はその辺にいる人に公衆電話がどこにあるのか、思い切って聞いてみる事にした。とはいえ、見ず知らずの人に道を聞くのは陰キャにとって、とても難易度が高い。それに聞く相手を間違えたら今のこのご時世、声をかけただけで通報されかねない。聞く相手を選ぶのは、慎重になった方が身の為だろう。
「(あっ!!いかにも優しそうなお爺さんだ。あの人に聞いてみよう。)」
桃太郎の目の前に杖を突いたお爺さんがゆっくりと歩いていた。桃太郎は、そのお爺さんに近づいて話しかけた。
「あの、すいません。ここら辺に公衆電話ってありますか?」
話しかけられたお爺さんは、桃太郎の方を向いて優しい声で言った。
「公衆電話?そうじゃのぉ・・・三、四年くらい前にはここの通りにも一台や二台あったんじゃけど、もう撤去されたからのぉ~。残ってる所といえば・・・う~ん・・・」
お爺さんは考え込んだ。いきなり公衆電話のある場所を聞かれても、おいそれと思いつくものではないので無理も無い。公衆電話自体、数が少なくなってきているのもあるし、ああいう物は必要じゃない時には行く先々にある物だが必要な時には探しても中々見つからない物なのだ。
「・・・あ、すいません。他の人に聞きますので無理に考え込まなくても良いですよ・・・」
桃太郎はこれ以上お爺さんを考え込ませるのも悪いと思ったので、他の人にもう一度聞こうと思った。その時、お爺さんは何かを思い出したのか、ポンと手を叩いた。
「おお、そうそう!!ここの通りを真っ直ぐ行った先の交差点を左に曲がって、そこからまた真っ直ぐ行ったとこにある公園の近くのスーパーに置いてあった気がするの。・・・しかし、儂も歳じゃからちと記憶が曖昧になっておるから確証はないがの・・・」
「分かりました。有り難うございます。」
桃太郎はお爺さんに一礼をして、言われた通りに真っ直ぐ歩き出した。桃太郎が行った後、お爺さんはぼそっと呟いた。
「しかし・・・あの青年、公衆電話を探しているということは最近流行りの・・・え~・・・『何たらフォン』とかいうヤツを持っておらんようじゃの。若者にしては珍しい・・・」
こうして、桃太郎はお爺さんに言われた通りの道を進み、騎士達に見つからずにスーパーに入る事が出来た。こういう施設に公衆電話があるとしたら、大抵出入り口周辺やトイレ付近に設置してある事が多いのでそこから調べた方が手っ取り早い。桃太郎は、まず出入り口付近を念入りに探した。
「実家の近くのスーパーは、出入り口に自販機が置いてあってその隣に公衆電話があった。ここのスーパーも外観や内装は元の世界と変わらないし、あるとしたら入り口だ。」
しかし、何度探しても公衆電話は見つからない。反対方向にも出入り口はあるので、桃太郎は一旦切り上げて反対側の方に行ってみた。
「(まあ、あのお爺さんも確証は無いって言ってたし、そんな注意深く電話があるかどうかなんて見ないよな、普通・・・。)」
桃太郎は、そんな事を思いながら移動した。そんな半ば諦めかけていた桃太郎の前に見覚えのあるフォルムをした機械が見えてきた。
「(ん?・・・あれはもしかして・・・)」
そのもしかしてだった。元の世界とそんなに変わっていないフォルムをした公衆電話が自動ドアの左側に設置してあったのだ。
「(やった!!ついに見つけたぞ!!)」
桃太郎は大喜びで公衆電話に向かって走って行った。しかし、出入り口付近で急にブレーキをかけて止まり、さっと商品棚の陰に隠れた。何故、桃太郎がこんな行動を取ったのかというと、進行方向の出入り口に女性騎士がいたからである。女性騎士は全部で三人いた。どうやら、桃太郎がここに来ているからではなく、飲み物を買いに来たようだ。三人は、手をうちわのように仰ぎながら来店して言った。
「あ~・・・あっちぃ。」
「そろそろ寒くなろうかっていう時季なのにクッソ熱いっすねぇ~。」
「ホントホント。こんな日は炭酸飲料が恋しくなりますね~。私、『ドカ飲みソーダ』にしますわ~。」
「良いっすねぇ!!じゃあ自分、『ファントムオレンジ』にしますわ~。」
「うちは・・・うん、『ゼロカロリーコルァァァ』にするわ。」
「ゼロカロリーってまずくねえっすかぁ?」
「そうか?何カロリーだろうが同じ味だと思うんやけど・・・」
桃太郎は、三人が飲み物を選んでいる内に何とか公衆電話に辿り着く事が出来た。
「危ねえ・・・もう少しで騎士ん中に突っ込んで行くところだった・・・。」
桃太郎は、冷や汗を拭って受話器を取った。そして、ここで肝心な事に気付く。
「あ・・・お金・・・」
公衆電話には少額だがお金がかかる。一応、拉致られる前に買った爪楊枝のお釣りが入った財布を持っているのだが、国が違うので使えるわけがない。桃太郎は、最後の頼みと言わんばかりにメタリーを起こした。
「おい・・・おい、メタリー。」
「んにゃ・・・ふあぁ~・・・何ですか・・・」
「金貸してくれ。」
「何でですか。」
真顔で返されてしまった。桃太郎は、メタリーが眠った後の事をかいつまんで話した。そして、『一応、ウマシカのお金はある。』と伝えた。メタリーは言った。
「この手の公衆電話は、ウマシカ、タカビー、ヘーコラ、ナンバショットの四カ国すべての通貨が使えるようになっているんですよ。お金の名称こそ違えど、通貨の価値はどこも同じですしね。」
「本当か?」
『そんな都合の良い話があるのか?』と言いたげな顔で桃太郎はメタリーを見た。
「本当ですよ。信じないのであれば、銀行に行って換金してきて下さい。多分、もっと厄介な事になりますよ。」
「それもそうだな。」
桃太郎はあっさり納得した。ポケットから財布を取ってお金を出して、公衆電話の通貨投入口に入れようとした時、桃太郎の手が止まった。
「(連絡するにしても、何て言えば良いんだ?え~と・・・まずは、カナリアさんかどうか確認して・・・あの時のバイトだって事を伝える・・・と。よし、これで準備オッケーだな。)」
いきなり『助けて下さい』と言う訳にもいかないので、桃太郎は頭の中で文章を構成した。そして、頭の中で手早くリハーサルを終えると、お金を入れて貰った電話番号に電話をかけた。ウマシカの通貨だがトゥルルルルと鳴っているので、きちんと電話が機能している。メタリーの言った事に偽りは無かった。こうして、桃太郎はカナリアに連絡を取る事が出来た。
「はい。もしもし・・・」
そして、先程のシーンへと戻る。
「本当にあのバイトの子なのね?・・・良かった、無事で・・・。」
カナリアは安堵の表情を浮かべた。
「いや、まだ無事と決まったわけでは無いです。今騎士に追っかけられてるんですよ。捕まったらただでは済まないと思います。その上、せっかく地下牢から抜け出したのにまた牢屋にぶち込まれてしまいます。」
桃太郎は、助けを求めているように(実際そうなのだが)必死に訴えている。そんな桃太郎に申し訳なさそうにカナリアは言った。
「・・・実は私も騎士に追われているの。」
「!?」
電話越しから桃太郎が衝撃を受ける音が今にも聞こえてきそうだった。
「いや~タカビーに侵入したのは良いんだけど、しくじっちゃって・・・」
「元王国騎士なんだから、堂々と国に入れば良かったじゃないですか・・・」
「元だからこそ、堂々と入っても色々面倒な事になるものなのよ。・・・ほとんど知ってるメンツだし。」
カナリアにも色々事情があるのだろう。桃太郎はそれ以上、何も言わなかった。
「ところで、今どこにいるの?とりあえず、合流しましょう。」
「え~と・・・今、スーパーの公衆からかけているんですけど・・・あ、『ミニマムバリュー』ってとこです!!」
「『ミニマムバリュー』?私が知っているのだけでも三つはあるわね・・・どこの『ミニマムバリュー』なの?」
「え~と・・・どこかに『何たら店』って書いてないかな・・・」
よく自動ドアとかに何たら店と書かれてあるので、桃太郎はドアを中心に探し始めた。この時、桃太郎は店の中に騎士がいるという事をすっかり忘れてしまっていた。先程の三人が飲み物の会計を済ませて出入り口に近づいている。飲み物一本だけなので、会計が終わって袋に入れる作業は無い。三人の飲み物には会計済みの印としてシールが貼られていた。
「やっぱ、自販機で買うよりスーパーで買った方が良いっすねえ。安く済む。」
お目当ての物を安く買えて満足しているご様子。今ならまだバレずにここから立ち去る事が出来るが桃太郎は気付いていない。そして、予期していた最悪の事態になった。
「あ・・・」
桃太郎と騎士の一人の目が合った。
「しまった・・・こいつらがいたんだった!!すいません、逃げるんで切ります!!えと、何店かは分からなかったんですけど、近くに公園があるとこです!!」
桃太郎は早口でカナリアに告げると、受話器を置いて一目散に駆け出した。
「あっ!ちょっと・・・・・・切れちゃった・・・。」
カナリアは、呆然と立ち尽くした。
「とにかく、公園の近くの『ミニマムバリュー』ね・・・私が知っている三つの内、条件と合致する店は一つだけあるわ。とりあえず、行ってみよう。」
再びカナリアは走り出した。果たして、彼女は桃太郎と合流する事が出来るのか!?
一方その頃、ウマシカ王国とタカビー王国の間にあるアホンダラ平原を一台の車が猛スピードで走っていた。その車に乗っていたのは、燕尾服を身に纏った仮面の女性ハニー・メイプルと『青い春』店長マリー、そして後部座席には・・・
「アンタの力が必要だあ何だあ言われて、今日の代金タダにして貰った上にあっこら辺の店全てに使える千円引きのクーポン券貰ったからホイホイついて来たんだが・・・国を出るのか!?聞いてないぞ!!」
いつぞやの匂いフェチ・・・いや、カミーテル・スメルスキーが乗っていた。




