牢の中の陰キャ
花咲桃太郎、人生二度目の地下牢生活。罪状・・・国家侮辱罪及び不法入国。そして、脱獄。
桃太郎が連行された先は、この前の地下牢とは違う牢屋だった。それというのも、別棟にある地下牢にぶち込んだら、また隙をついて仲間が脱獄させる可能性があったからだ。今度の牢屋は城の中にあるので、この前よりは警備を厳重にしやすい。ウマシカ王子にも人並みの学習能力はあるのだ。
「この前は別棟だったこともあって、ちと汚い部分もあったが・・・ここは案外綺麗にしてんだな。」
ごろんと横になりながら桃太郎は言った。牢屋の中はトイレと洗面所があり、手触りの良い毛布がたたまれてあった。別棟の地下牢とはえらい違いである。
「また振り出しに戻ったわけだが・・・まあ、今日は色々疲れたから明日考えればいいか。」
桃太郎は、とにかく眠りたかった。なので、たたまれてあった毛布を腹にかけてそのまま眠りについた。
一方、阿呆鳥は城の中にある一室をぶつくさ言いながら掃除していた。
「ったく、どいつもこいつもオレ様をこき使いやがって・・・そもそもここの掃除もあのカミーテルとかいう匂いフェチにさせればいいんだ。クソッ!!あの馬鹿王子め・・・いつか寝首を掻いてやる・・・」
どうやら、王子に掃除しろと命令されたらしい。相当怒っている。
「つーか何でオレ様だけ掃除なんだよ!!おかしいだろ!!自分らは陰キャ捕獲記念か何かで?美味いもん食いに行って?オレ様は一人でこの部屋の掃除?ふざけんな、タコ!!」
王子補佐なのに一人(一匹)だけはぶられてしまった阿呆鳥は、空しく叫び続ける。誰もいない部屋に声が響き渡る様子が更に空しさを引き立てていた。
「あ~あ、もう適当でいいかな?いいよな?・・・そうだ、あの馬鹿の玉座に画びょう仕込んでおこう。とりあえず、兵士辺りに罪着せとけばオレ様に疑いはかからねえ・・・。」
画びょうの被害に遭うであろう王子は別として、罪を着せられた兵士はいい迷惑である。とばっちりもいいとこだ。王子が画びょうで痛がっている様子を想像してにやにやしている阿呆鳥は、それからパパパッと適当に掃除をすると、扉を乱暴に閉めて画びょうを探しに行った。
やがて朝日が昇り、小鳥のさえずりが聞こえる時間になった。桃太郎はゆっくりと瞼を開けて、それから体を起こすと欠伸をして立ち上がった。朝の体操でもやっているのか、その場でジャンプしたり屈伸したりして体を動かしていた。そして、ある程度時間が経つと洗面所の水栓を捻り、顔を洗った。しかし、
「ゲッ・・・この匂い、それに色・・・ブラックコーヒー・・・おええ・・・」
蛇口から出て来たのはあの忌々しいブラックコーヒーだった。
「くそが~・・・嫌がらせか?」
別棟の地下牢は普通の水だったのに、何故ここはよりにもよってブラックコーヒーなのだろうか。そもそも、手洗いや洗顔の使用が主なとこにブラックコーヒーとはいかがなものか。桃太郎は改めてこの世界の価値観が元の世界と違う事を思い知らされた。そして、彼はブラックコーヒーのことを少し嫌いになっていた。やがて、尋問を始めるのか兵士二人が牢屋の前まで来た。
「おら、尋問の時間だ。牢屋を開けるから両手を挙げて、早く出ろ。勿論、不審な動きをしたら俺達のこのカッチョイイ銃が火を噴くぜ。」
「・・・言うほどカッコよくは無いな。」
二人の兵士が持っている銃は桃太郎にとってそんなに格好良いと思える代物ではなかった。二人の兵士は、自身の愛用している銃を馬鹿にされた気がしてブチ切れた。
「ああん?陰キャの分際で俺達の銃を馬鹿にすんのかあ?」
「もしかして、嫉妬?この銃を持ってないからって嫉妬してるんでちゅかあ?」
桃太郎は、今のセリフを聞いて『そういえば、ちょっとでも批判したら馬鹿の一つ覚えみたいに嫉妬嫉妬連呼する奴がいたなあ』と元の世界のクラスメイトを思い出していた。中々言う通りにしない桃太郎に二人は次第にイラつき始めた。
「いいから、手ぇ挙げろ!!早くしねえと俺達が王子様に叱られるんだよぉ!!」
「叱られろや。俺には関係ねぇ。」
「な・・・なんて協調性の無い奴!!同じ人間とは思えないでちゅ!!」
「(俺からすればてめえらの方がよっぽど人間とは思えないんだよなあ・・・。)」
「おい、何だその目!!今、俺達の事を心の中で馬鹿にしたな!?二、三発ぶち込んでやる!!」
「ああもう、手ぇ挙げるから撃つんじゃねえよ。ったく、面倒臭ぇなあ・・・。」
こうして、牢屋から出た桃太郎は手錠をかけられて、昨日阿呆鳥が文句を言いながら掃除していた部屋まで連行された。部屋には阿呆鳥とカミーテルが待ち構えていた。二人からは、異常なまでに殺気を体外に放出させていた。
「・・・来たか・・・」
阿呆鳥が桃太郎を睨み付けた。ここに桃太郎が来るのが遅かったからなのか、それともこの仕事が面倒だから苛立っているのかは定かではないが、とりあえず不機嫌なのは目に見えて明らかだ。椅子に座る事無く隣に立っているカミーテルは、さっそく鼻をひくひくと動かせて桃太郎の匂いを嗅ぎ、違和感を感じ取った。
「くんくん・・・何かコーヒーの匂いがするなあ・・・お前、罪人の癖に朝っぱらからコーヒーを飲んだのか!?」
「飲んでねえよ!!」
「嘘つけ。この自重出来ない程香ってくるコーヒーの匂いが何よりの証拠だ!!」
「顔洗うのに洗面所の水出したらブラックコーヒーが出て来たんだよ!!」
「そ~らみろ!!やっぱりコーヒーじゃあないか!!俺の嗅覚をなめるなよ。んん~俺って神ってるぅ~。」
「(何だこいつ・・・昨日、店に来た奴なのは分かるが・・・こいつもあの王子と似たような性格のようだな・・・。)」
桃太郎は心の中で思った。一方、カミーテルはそんな事を思われているとも知らず、神ってる自分にひたすら酔いしれていた。ここで阿呆鳥が埒が明かないと思ったのか、カミーテルを摘み出した。こうして自称神ってる男は、尋問の場から消えた。その事について、桃太郎は『変なのがいなくなって良かった』と安堵の表情を浮かべながら、阿呆鳥を見た。しかし次の瞬間、その安堵の表情が固まった。なんと、阿呆鳥が無言でこちらにガンを飛ばしてきたのである。その威圧感は、校則が厳しい高校の生徒指導の教員が頭髪服装検査で生徒をチェックしている時のそれと一緒だった。桃太郎はごくりと唾を飲み込んだ。
「(こいつ・・・鳥の癖に生徒指導の融通の利かねえ教員と同じ威圧を放ってやがる・・・ッ!!)」
ここで桃太郎はもしもの時に備えて臨戦態勢を取る事にした。右手はいつでも阿呆鳥の首に手刀をお見舞い出来るように構えている。しかし、所詮はゲームや漫画で得た知識。あっけなく阿呆鳥に覚られてしまい、右手を無言でつかまれた。桃太郎は心の中で舌打ちをした。
「(チッ・・・野生の勘が働いたか・・・さすが動物。侮れない。)」
「ふん、オレ様に奇襲を仕掛けようとは・・・陰キャの癖に生意気な奴め。まあ、いい・・・とりあえず質問をするから包み隠さず答えろ。」
「『嫌だ』と言ったらどうするんだ?」
「それだけはやめろ。お前とオレ様がこの部屋にずっといる事になる。」
どうやら、『全て聞き出すまで尋問しろ。それまで部屋から出るな。お前もな。』と命令されているらしい。
「そっちの方が嫌だな。じゃあ、とっとと質問して答えて解散しましょう。」
「勘違いするな陰キャ。主導権はオレ様にある。」
桃太郎の右手を離した阿呆鳥は一呼吸おいて尋問を始めた。
「じゃあ、まず・・・お前はどこの国の人間だ?」
いきなり桃太郎にとって答えにくい質問が提示された。
「・・・さあ?」
『だって、お前異世界から来たっつっても信用しないだろ?』と心の中で思いながら、質問に答えた次の瞬間、ドンという大きい音がした。阿呆鳥が机を叩いた音である。
「ふざけんなボケェッ!!そんくらい答えられるだろ!!それとも、何かやましい事でもあんのかあ!?」
「分かったよ五月蠅いなあ・・・きちんと答えるよ。」
あまりにも五月蠅いので、耳を塞ぐ桃太郎。阿呆鳥が騒ぐのをやめると、一呼吸おいて答えた。
「俺は・・・異世界から来た・・・」
キリッと真面目な顔で答えた途端、急に室内の温度が冷えていくのを感じた。ついでに時間が止まったような感覚にもなった。これはあれだ。一発ギャグをやってすべった時のそれに似ている。
「・・・」
「・・・」
お互い言葉が見つからないのか、黙り込んでしまった。
「くそ~あの馬鹿王子めぇ~王子だからって調子に乗りやがって・・・今に見てろよ・・・。」
何やら物騒な事を言っているのは、昨日王子にリストラされた頭のてんこちが禿げた元・重役のおっさんだった。名前は、門田彰人48歳。若い女とのベッド写真を阿呆鳥に撮られ、奥さんと娘二人に見放されてバッドエンドになった情けない人間である。そして今、失う物が何も無い彼はとんでもない計画を立てていた。それはウマシカ王子の暗殺だ。このおっさん、事もあろうか逆恨みで人を殺そうとしているのである。まったくなんて奴だ。元はといえば自分が悪いのに。門田は、トイレットペーパーの芯のような物を手に取り、言った。
「ふふふ・・・銃でお前を狙撃した後、この爆弾で他の重役もろとも城を消し飛ばしてやる。ごめんなさいと謝ってももう遅い!!」




