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優れた嗅覚を持つ刺客

 大家さんのアパート『コワレ荘』は、二階建てである。一階、二階両方共五部屋まであり、昔は全ての部屋に人が住んでいたという。しかし、時代の変化に伴い、皆新しい高層マンションや家賃が安い上に色々な特典がつくアパートに引っ越していき、たちまち『コワレ荘』はさびれていった。楓がこのアパートに入った時には既に床がほこりで一杯だった。それでも楓は、通う高校との距離や家賃、近くにあるマリーの喫茶店が気に入りここにしたらしい。余談だが大家さんは一応、手入れはしている。部屋まで気が回らなかっただけで。



 「あ~・・・疲れた・・・。」

 さっきまでほこりで一杯だった廊下がピカピカに光っている。桃太郎は、汗を流しながら横になった。

 「ここまで汚れていたら、さらっと一拭きじゃあ駄目だ。ほこりが床にくっついている・・・こすったら汚れが簡単に落ちるスポンジも貰っておくべきだった・・・!!」

 桃太郎の手には真っ黒にぐしゃぐしゃになったウェットティッシュのような物があった。きっと、楓が貸してくれた『ワンダフルワイパー』のヤツだろう。桃太郎はしつこい汚れにこのウェットティッシュのような物一つで人知れず戦っていたのだ。普段、体をあまり動かさない人間なので、筋肉痛にならないか心配である。そしてこの時、親のありがたみを桃太郎はひしひしと感じていた。

 「あ~・・・色々うーだぱーだ面倒臭い親だったけど・・・何か今、物凄く・・・そう、物すご~く感謝したい気分だ。いつも掃除してくれて()(がと)う母さん、父さん。多分、もう会えないと思うけど。」

 今はもう懐かしい存在となった両親を思いながら、桃太郎はそっと目を閉じた。



 一方、元の世界では大事になっていた。マスコミも毎日桃太郎失踪のニュースを流し、花咲桃太郎という名を知らない者はほとんどいないという状況になった。また、それと同時にこの事件は列島中を震撼(しんかん)させていた。何故なら、『犯人は天井をど派手にぶち破って桃太郎を攫って行った』という事になっているからだ。これにより、全く関係無い筈の宇宙人研究の第一人者が出しゃばるようになり、テレビやネットでは桃太郎は宇宙人にキャトられたという結論になっている。警察も『これは・・・キャトられ確定ですね』等と半分匙を投げた感じになって、真面目に捜査をする者などいなかった。こうして、桃太郎誘拐の犯人は、宇宙人で確定してしまい、外国のマスコミも大きく取り上げた。・・・宇宙人さん、ごめんなさい。犯人は、あのメタリックな亀です。頼むから、『これは、冤罪だ!!おのれ、地球人共許さんッ!!』とか言って、怒り狂って地球に攻めて来ないで下さい。土下座しますから。・・・ちなみに桃太郎が通っていた高校では桃太郎は宇宙人にキャトられたのではなく、既に故人になっていた。桃太郎の机には花瓶と遺影が置かれ、花瓶にはパンジーが()けられていた。・・・もっと、良い花あっただろ。そもそも、勝手に殺すな。桃太郎は生きているぞ。異世界で。



 「ハッ!!」

 桃太郎は何に驚いたのか、勢い良く起き上がった。額には大粒の汗がだらだらと流れている。

 「何だ、夢か・・・驚かせやがって・・・そうだよな俺は生きているんだから、そんな訳無いよな・・・全く、夢とはいえ勝手に俺を死んだ事にしてんじゃあねえよ・・・。」

 元の世界の通っていた高校では既に故人扱いされているので、正夢のようなものである。しかし、高校で自分がそんな扱いを受けているのを桃太郎は知る由も無かった。

 「今、何時だ?・・・暗いから夜の七時か八時か・・・?」

 勿論、時計を持っていない桃太郎は今の時間を知る術が無い。なので、マリーの店に行って時計を見せてもらう事にした。

 「アルバイトで金貰ったら時計も買わねえとな・・・出来れば百均の・・・つーかこの世界に百均なんてあるのかなあ?」

 そんな事をぶつぶつ言いながら部屋の外に出ると、たまたま帰宅していた楓と出会った。

 「あっ部屋の掃除終わった?」

 「いいや、終わる訳ないだろ、あのほこりの量からして・・・」

 「そうなんだ。じゃあ、私も明日手伝う。休みだし。」

 「・・・何で?いいよ、一人でやるし。俺の部屋だし。」

 桃太郎は複雑な顔をした。楓は、残念そうに『そう、分かった』と一言言って、自分の部屋に入っていった。毎度毎度思う事なのだが、どうしてこの人はこうもお節介なのか。楓も桃太郎にとって初めて会うタイプの人間だった。桃太郎自身、女性と仲良くなった事が無い為、どう接すれば良いのか余計戸惑っているのである。

 「(やれやれ・・・別に見下したり、罵声を浴びせてこないから良いけどさ・・・)」

 桃太郎は過去の苦い思い出を振り返りながら、アパートを出た。



 その頃、ウマシカ城ではカミーテルがウマシカ王子の補佐役である阿呆鳥と話し合っていた。

 「ほう、あの陰キャの後を匂いで追えると?は~ん・・・にわかには信じがたい話だなあ、オイ。あんたは、警察犬か何かか?」

 「まさか・・・個人的にはそれらより上だと思っていますよ。」

 「嘘をつくな嘘をッ!!大体、犬でもねえてめえが嗅覚で警察犬に勝てる訳が無いだろ!!」

 「まあまあ、落ち着いて下さいよ王子補佐殿。・・・そうだなあ・・・では、王子補佐殿のここ三日間のおやつを匂いだけで当ててみましょう。」

 カミーテルは、おもむろに阿呆鳥の匂いを嗅ぎ始めた。

 「くんくんくん・・・・すんすん・・・くんかくんか・・・」

 いきなり、自分の匂いを嗅ぎ始めたカミーテルに阿呆鳥は、恐怖した。

 「お・・・おい・・・おいぃぃッ!!」

 しかし、カミーテルは気にせず、阿呆鳥の匂いを嗅ぎ続ける。カミーテルの生温かい鼻息が当たり続けたのもあって、阿呆鳥は悲鳴に近い声を上げた。

 「やめろッ!!もう、いい!!オレ様が悪かったッ!!許してくれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!」

 「ふんふん・・・んん~これは、ハーブティーの匂い・・・紅茶の匂いもあるな。焼肉の匂いもうっすらと香っている・・・・・・よし、整いました。」

 カミーテルは阿呆鳥から離れ、元の椅子に座った。

 「今日のおやつは、えびのチップスですね。それと、濃いお茶を一緒に飲んでいる。昨日は、ハーブティーとカップケーキ、一昨日は紅茶とスコーン。因みにスコーンはチョコレートとナッツが入っているやつ。あと、匂いの薄さから三日前の夕飯は焼肉でしたね?」

 淡々と答えを述べるカミーテルに『信じらんねぇ~!!』とでも言いたげな顔をする阿呆鳥。自分の答えが正しいのかどうかが知りたいカミーテルは、阿呆鳥に再び鼻息がかかる位の距離まで近づいて聞いた。

 「・・・どうですか?王子補佐殿。」

 「ひいぃッ!!」

 再び近づいて来たカミーテルに怯える阿呆鳥。その顔には冷や汗がだらだらと流れていた。

 「いちいち近づくな!!正解だ、正解!!だからとっとと向こうに行け、この匂いフェチがッ!!」

 「正解ですか~!!んん~、俺って神ってるぅ~。」

 上機嫌なカミーテルに比べ、激しい運動をした訳でもないのにぜーぜー言っている阿呆鳥。やがて、後ろから拍手の音が聞こえてきた。

 「中々・・・良い特技を持っているではないか。朕の為にその力・・・使ってくれるな?」

 ウマシカ王子である。悪趣味な事に後ろからこっそりと今までのやりとりを聞いていたようだ。王子なんだから、最初から堂々と話し合いの場にいればいいのに・・・。

 「これは王子様。お褒め頂き有り難うございます。」

 「うむ、詳しい話はお前の知り合いである兵士から聞いた。あの陰キャを捕まえられたら、公表してある通り賞金を贈呈してやるぞ。」

 「お任せ下さい。賞金が絡んだ俺は超絶的に神っていますので。」

 胸に手を当て、王子に跪くカミーテル。それを見た王子は、より一層機嫌が良くなり、

 「朕は国家なりッ!!よって、朕の英雄は国家の英雄!!陰キャ捕獲に成功したら、多額の賞金だけではなく、来年の歴史の教科書に顔写真付きで載っけてやろう!!未来永劫(みらいえいごう)、お前の名前は語り継がれるのだ!!」

 その程度で教科書に載っても、落書きされるのがオチである。というより、『しょーもな(笑)』と子供達から馬鹿にされる未来しか無いと思う。しかし、カミーテルは目を輝かせて言った。

 「本当ですか!?神ってる俺がついに教科書デビュー・・・ゆくゆくは、モデルにアイドルに・・・ふふふ、それではさっそく陰キャ捜索を始めましょうか。」

 カミーテルは、にやにやしながら部屋を出た。椅子に座って二人の会話を聞いていた阿呆鳥は、

 「(なんてこった・・・馬鹿が二人に増えてしまった・・・。)」

 と危機感を感じていた。



 マリーの店に顔を出した桃太郎は、自分の運の悪さを呪った。何故なら、お客さんが予想以上に多かったからだ。陰キャラにとって、人が無駄に多いとこはストレスでしかない。勿論、性格によっては人が多いとこが平気な陰キャラもいるが大抵の陰キャラは苦手である。桃太郎は心の中で思った。

 「(チッ・・・大家さんの家に行けば良かった。今なら暗いから変装しなくてもそう気付かれないはずだし・・・・・・帰ろ。)」

 しかし、時既に遅し。マリーに見つかってしまい、帰れなくなってしまった。

 「は~い、注目。今度、うちのお店で働く桃太郎君でぇ~す!!」

 店中に聞こえる位大きな声で言うマリーに桃太郎は怒りをこらえていた。

 「(おい、どういうことだ。俺はテレビで取り上げられているから外をうろつくな的な事言ってた奴が何で堂々と俺を紹介してんだよ。・・・くそ、こっちを見るなこっちをッ!!)」

 じ~っと桃太郎を見つめる客達は数秒の沈黙の後、何故か歓声を上げた。

 「イエエエエエーーーーーーーーーーーーーーーエエエエイッ!!」

 「これからこの店は騒がしくなるな!!」

 「(いや、既に騒がしいんだが・・・)」

 客達の反応に心の中でツッコミを入れる桃太郎。その顔は、既に魂が抜けたような感じになったいた。マリーは桃太郎の背後に回り、まるで人形劇のように力の抜けた桃太郎の右腕を持って、愛想良くぶらぶらと振らした。

 「これから、桃太郎君もよろしくねぇん。」

 「(こいつ、あの亀と一緒にサメの餌にしてやる。)」

 桃太郎はマリーを睨み付けながら心の中に誓った。桃太郎以外の人間が店で盛り上がっている頃、すぐそこまでウマシカ王子の兵士達が近づいていた。

 「くんくん・・・こっちだ。」

 カミーテルは、匂いを嗅ぎながら兵士達を誘導している。兵士達はカミーテルの特技に若干引いていたがカミーテルを信じて何も言わずついて行っている。こうして、カミーテル達は喫茶店『青い春』に着いた。

 「ここだ・・・って俺が朝行った喫茶店じゃないか。ここで陰キャを見たんだよ。また、ここで飯でも食っているのか?」

 ガチャッとドアを開けるとそこには・・・上半身裸のおっさん三人が一列になって腹踊りをしていた。その光景は、誰が見ても常軌を逸しているとしか思えない光景だった。・・・というか、バーの時間でも無いのにたかだか新人が来ただけで浮かれ過ぎである。こういう大人にはなりたくないものだ。

 「な・・・なんじゃこりゃああああああああああああ!!」

 カミーテルは、驚愕した。カミーテルに気付いたおっさん三人は、瞬間移動でも使ったかのように一瞬でカミーテルを取り囲み、

 「なあ、兄ちゃん・・・儂と一緒に踊らんか?」

 と三人揃って言い出した。三人共ビール腹なので、カミーテルは目の前のおっさん共に見苦しさを感じていた。そして、

 「誰がそんな変な踊り踊るか!!兵士、兵士ィィーッ!!」

 と、後ろの兵士達を呼び、とりあえずおっさん三人を取り押さえる事にした。

 「ちょっ!!まっ・・・」

 こうしておっさん三人は、情けない事にあっけなく制圧された。カミーテルは気を取り直して、発言した。

 「ここにあの国家を侮辱した陰キャがいるだろう?そいつを出せ!!」

 その言葉に桃太郎とマリーが反応した。

 「(こいつら・・・もう俺の居場所を嗅ぎつけたのか!?)」

 桃太郎は即座に物陰に身を潜めた。マリーは何とかカミーテルの気を自分に向けさそうと、挑発するように発言した。

 「お客じゃないなら帰ってちょうだい。アタシのお店はまだ営業中なんだ。・・・それとも、何か一人一つずつ頼んでくれるのかしら?」

 「王子様に酷い事した陰キャだぞ?おいそれと帰れるか。下手に匿うとあんたもこの店もそして、あそこのおっさん共もどうなるか分からないぞ。」

 「それ、脅しているの?」

 「脅しっていうか忠告だ。俺はここのフレンチトーストとカフェオレが好きなんだよ。今朝も俺、ここでそれらを食べたんだ。覚えているだろ?だから、この店が無くなるような事はしたくない。」

 「ああ、あのサラリーマン風の・・・服が違うから気付かなかったわ。」

 「で、どこにいるんだよ。その陰キャは。」

 くんくんと匂いをかぐカミーテル。しかし、マリーは動じない。両者の間にはバチバチと火花が散っていた。

 「くんくん・・・すんすん・・・ふふ、そこに隠れているのか・・・出て来い!!」

 匂いで桃太郎が隠れている場所が分かったのか、怒鳴りだすカミーテル。一方、桃太郎はカミーテルがカマをかけていると思い、そのままじっと潜む事にした。

 「(どこに隠れていると具体的に言っていない・・・これは罠だ。間違いなく奴は俺にカマをかけているッ!!)」

 中々出て来ない事に少々イラッと来たカミーテルは近くの兵士に耳打ちし、マリーを捕らえるよう指示を出した。

 「ちょっと、離しなさいよ!!」

 「ええい、大人しくしろ!!」

 兵士は剣をマリーに向けて、強引に黙らせた。その様子を物陰から見ていた桃太郎は、さすがにやばいと感じ、隠れるのをやめて出て来た。

 「・・・やはり、そこに隠れていたのか。俺の嗅覚をごまかせる人間など、やはりいない!!んん~俺って神ってるぅ~。」

 勝ち誇っているカミーテルを見た桃太郎は、

 「(また、似たような馬鹿が出て来た・・・)」

 とか思っていた。やがて、桃太郎は兵士達に取り押さえられ、馬車の檻に押し込まれて連行された。マリー達は、ただただ連れていかれる光景を見ているしかなかった。こうして桃太郎は、また地下牢での生活を送る事になってしまった。

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