陰キャと亀
この世は「陽キャラ」と「陰キャラ」の二つの人間に分けられる。この物語の主人公・花咲桃太郎(高校二年生)は「陰キャラ」の部類に入る男である。こいつは、自分から進んで他人とコミュニケーションを取ろうとせず、学校ではただじっと教室の片隅で本を読むなり、外を見るなりして休憩時間を潰している。「人と話すのが苦手なのでは?」と思う人間も少なからずいるがどっちかっていうとこいつの場合、『恥ずかしい』という感情より『面倒くさい』、『だるい』の感情の方が強い。なので、学校行事とかの学校を挙げて盛大にやるイベントにおいて物凄く協調性に欠け、「適当にパッとやってチャッと終わればそれでいいじゃん」等と周りのモチベーションを下げる発言を延々と繰り返し、イベント好きなクラスメイトに忌み嫌われている。しかし、休憩時間に読む本の中に人気小説とかアニメ化したラノベがある為、オタク気質なクラスメイトからは「良い話し相手」として思われている。髪は黒髪短髪で、体格は痩せているというわけでもないがデブと言われる程太ってはいない。
9月10日 月曜日 今日は10月の上旬に行われる『体育祭』の練習で放課後、各種目一番を取ろうと教室に残って作戦を立てる。例の如く、イベント好きなクラスメイト(男女両方)が熱くなっている中、やはりこの男は水を差した。
「景品も無いのによく熱くなれるよな。たかが運動出来る事を自慢したいだけの自己満足の祭りに。」
その言葉にいつものメンツが反論した。
「おいおいおいおい、陰キャ君が一丁前に物申してるぞ~」
「運動神経悪いからって空気を壊すこと言うなよな。」
「キッモ」
「オタクって批判しかできねえのな。」
バンバン桃太郎に向けて反論が投げられたが、本人はもう慣れたのか何処吹く風である。そんな態度が癪に障ったのかイベント好きな女子から
「じゃあ、もう帰れば?」
と、ある意味テンプレのセリフを桃太郎に投げかけた。普通の人間なら何だかんだでそのまま教室に居るんだろうが、桃太郎の場合
「お、いいのか?じゃあ、帰らせて頂きます。」
という『やったー!!』といわんばかりの反応だった。クラスメイトがぽかんと立ち尽くす中、桃太郎は鞄を背負ってそのまま教室を出た。桃太郎が出た後の教室は、始めはしんとしていたが次第に会話が増え、いつもの騒々しい教室へと戻っていった。
クラスメイトが体育祭の為に各種目の作戦を決めている時、桃太郎はゲームショップに寄り道をしていた。
「おっ昔のゲームがいっぱい売ってあるな・・・久しぶりに幼稚園の頃やっていたゲーム機を出して気分転換にやってみるか・・・」
手に取ったソフトは、最近発売されたゲーム機の四世代前の専用ソフトで価格も300円と高校生でも簡単に手が出せるものだった。
「箱や説明書が無いのが残念だが・・・まあ、300円だし買って帰ろう。」
桃太郎は、パッケージや説明書を見るのが好きなのでカセット本体だけというものに対し、少し残念そうに呟いたがそのままレジまで行って購入した。店から出ると早くゲームをしたいのか駆け足になっていた。
「今日は課題も出されてねえし、テストが近いわけでもねえからその分ゲームに使えるっ!!」
ワクワクしながら走っている桃太郎。あと少しで自宅が見えてくるかという所で騒がしい声が聞こえてきた。
「なんだ、このカメ?」
「きれいな色をしたカメだ。多分、こいつ毒を持ってるぞ。きれいな色をした動物は毒を持っているって兄ちゃんが言ってた。」
「え、逃げないと死んじゃうじゃん。」
「かまれなきゃ毒なんか入らないよ。」
「あっそっかあ・・・じゃあぼくたちで殺しちゃおうよ。」
「そだね。みんなでいっしょにふみ殺してこのカメからぼくたちの街をまもろう!!」
声がした方を向くと公園で亀を見つけたらしい三人の小学生がいた。所々物騒な単語が入っているのが気になるが綺麗な色の亀がどんなものかという興味に駆られ近づいてみることにした。そこには、シルバーというかメタリックな色をした亀がいた。甲羅の中心には宝石のサファイアのような物が付いていた。
「(あれ、生き物か?見るからにラジコン臭いんだが・・・)」
最近のラジコンは精巧に作られているからリアルな動きも出来るのであろう。コードも見当たらないので遠隔操作をしているのではないか?そんな考えも出たがまずは小学生を止めるのが先だと桃太郎は判断した。何故なら、もしラジコンだとしたら持ち主がいるわけで人の物を壊したことになる。しかも故意だからややこしい事態になるのは容易に想像がつく。
「お前ら、亀を寄って集っていじめるもんじゃねえよ。」
桃太郎の声に小学生達は振り向き、三人の中で一番背の高いやつが顔色変えずにこう言った。
「あ?これ、おまえの?」
そのセリフに桃太郎は
「(チッ、口の利き方もろくに知らねえガキか・・・)」
と、思いながらもこう続けた。
「俺のじゃねえけど、それ見た感じ精巧なラジコンだし、遠隔操作も出来るみたいだから買うにはうん万円いるだろう。で、お前らがそれ壊したらそのうん万の金を三人で弁償する羽目になるぞ?」
その言葉に他の二人がざわついた。
「ええっ!!?そんなことになったらお母さんに怒られちゃうよ!」
「ぼく、ほしいゲームあるのに買ってもらえなくなっちゃう・・・」
「何びびってんだよ、こんな危ないもの公園に置くやつがいけないんだろう!!」
「(まあ、確かにミサイル打ったり、口から火ぃ吹いたりしそうな見た目はしてるけどな・・・だからってわざと壊していいっていう免罪符にはならねえぞ)」
桃太郎は、心の中でそう思った。
「ん?・・・な、なんだぁ!?」
三人の内の一人が何かの異変を察知したのか、指を指して驚いている。指された方向には、宙に浮かんだ亀の姿があった。頭と両手足、尻尾を殻に収め、ふよふよと浮かんでいるその様はドローンを彷彿させる。
「ああ・・・やっぱり、ラジコンか。」
桃太郎はやれやれと言わんばかりの表情をした。しかし次の瞬間、ドローンみたいな亀は思いもよらぬ行動をとった。
「ひ・・・ひぃぃ~っこっちに向かって飛んでくるよぉぉぉぉぉっ!」
亀は、回転しながら小学生三人の方向へ物凄いスピードで迫っていく。いくらラジコンとはいえ当たれば痛いので、三人は頭を手で押さえながら公園から出て行った。
「はえ~今までの会話聞こえていたんだなあ・・・ということは、持ち主はその辺の茂みに身を潜めて操縦してるってことだな。おーい、ほどほどにしとけよ~・・・にしてもラジコンやるのに何で身を隠す必要があるんだか・・・俺には一生理解出来ないねぇ・・・」
誰もいなくなった公園に一人ぽつんと残った桃太郎はそのまま自宅まで帰っていった。
自宅に着いた桃太郎はすぐに自分の部屋に行き、記憶を頼りに襖の中を探り始めた。15分後、目当てのゲーム機を探り当てると即座に周辺機器を繋げ、あっという間に電源を入れたらプレイ出来る状態にした。
「さて、久々にこのゲーム機のコントローラーに触れるわけだが・・・ああ、このフィット感ッ!!懐かしすぎて走馬燈が見えるね。いや、走馬燈は死ぬ間際に見るものか。」
ハハッと笑いながら電源のスイッチを押す桃太郎。
「さてと、2ステージ位はクリアしてえなあ・・・体育祭終わったらすぐ中間テストだから今月の下旬位からこのゲームに時間使えなくなっちゃうし・・・ったく、体育祭が終わって一日休み挟んでテストとかだりぃ日程にしやがって・・・誰がこんな日程を決めてんだ?校長か、教頭のハゲ眼鏡か・・・いや、生徒指導のゴリラの可能性もあるなぁ~」
校長はともかく、教頭と生徒指導の教員は酷い言われようである。だが、実際生徒の間で流行っている呼び名なので、桃太郎だけではなく、かなりの生徒から嫌われているようである。しかしこれは、あくまで陰口で使う呼び名であって本人に面と向かって呼ぶ名前ではない。一回クラスの野球部の奴が教頭に向かって『うるせぇよ、ハゲ眼鏡ッ!!』と言ってしまい、そいつは校長室行きとなったことがあった。そして、次の日、急遽全校集会が開かれ『年上を敬え』だの『わしが君らの頃は~』等と延々と語り、そのせいで立ちくらみを起こす生徒も少なくなかった。それからというもの、この事は【ハゲ眼鏡事件】として多くの生徒の心に刻みこまれた。だが、正直言って我々には全く関係の無い話である。そうこうしている内にゲーム画面は、キャラ操作のチュートリアルを映し出していた。
「えーと、このボタンがジャンプでこれが技を出して、これとこれがスペシャル技か。」
ボタンを確認しながら操作方法を覚える桃太郎は、まるでカッチョイイプラモデルを買ってもらって一人でせっせと組み立てている子供のようだ。
あれから2時間経過した。本来の目的であった2ステージクリアはすぐに達成され、3ステージのボス戦の前まで進んでいた。
「よし、このまま3ステージのボスをぶっ潰してやるぜぇぇぇぇぇぇっ!!」
「ちょっと!!ご飯もう出来てるんだから早く降りて来なさい!!」
バタンと勢いよくドアが開かれた。そこには彼の母・亮子の姿があった。普通なら、セーブをして電源を落として向かうのだろうがこの男・桃太郎は違った。
「チッ・・・ここから良いとこなのによぉ~別に冷めてる飯でもいいから、先に母さんだけ食べてればいいじゃん。今の世の中、レンジっつー便利な機械もあるし・・・」
「何言ってるの!!家に居るなら一緒に食卓を囲むのは当然でしょ!!」
「父さん、はぶられてんじゃん!!休日ならまだしも父さんの居ない平日はバラバラで飯食っててもいいだろ。」
「とにかく、食器とかの片づけもあるから来なさい!!」
「自分の使った食器は自分で片づけるから問題ないよ。今は火山地帯のボスをぶっ潰す方が先決だ。」
「ああ言えばこう言う・・・もう好きになさいッ!!」
亮子はバタンと大きな音を出しながら、ドアを閉めて行った。あまりにも大きな音だったので、桃太郎の耳の中でエコーのようなものが響き渡った。流石に悪いと思ったのか、ボスを撃破したらすぐに降りて夕ご飯を食べた。今日の献立は茄子とピーマンの入った野菜炒めだったので、クソまずかったようだ。食べ終わると食器を台所の流しに持っていき、皿の裏までしっかりと洗うとそのまま風呂場へ直行した。
「ふぅ~ぅ・・・」
風呂から上がった桃太郎は部屋に入るや否やベッドに倒れた。
「あ~・・・明日もまたクソどうでもいい体育祭についてやんややんや言われるのか・・・小学生じゃあねえのになんだってあそこまで熱くなれるんだか理解出来ねぇよ・・・優勝したクラスは、賞金何万円とかだったら分かるけど。」
そんな愚痴をこぼしている時、急に睡魔に襲われたのか桃太郎はいつの間にかぐっすり眠っていた。
時は3時間経過した。未だに起きる気配の無い桃太郎は、ベッドの上でよだれを垂らしながらあっちへ寝返り、こっちへ寝返りと寝ているにも関わらず体は結構動いていた。そんな時、桃太郎の部屋の窓に奇妙な影が中の様子を伺っていた。
「んん~・・・暗くて見えないなぁ・・・」
小さい影は、どうにかして中に入りたいようだったが鍵がかかっててびくともしなかった。しびれを切らした影は、強硬手段に出た。
「まあ、窓ガラス位どうにかなるでしょ。それに僕のじゃないし。」
影は後ろへ飛ぶと一旦宙に浮かび、パワーを溜めて思いっきり窓ガラスに突っ込んだ。窓ガラスは、大きい音を立てて破損した。そして、その音が桃太郎の目覚まし時計になった。
「何だ!?敵襲かッ!?」
起きた桃太郎は辺りを確認した。そして、下に散らばっている破片を見て、窓ガラスが何者かに割られているということを知った。
「おいおいおい誰だよ・・・俺ん家に野球ボールみてぇなの投げた奴は・・・ふざけんなよコラァ~」
外を見て犯人を捜す桃太郎に窓ガラスを割った張本人である影が話かけた。
「やあやあやあ、僕はメタリー。今日、君に助けられた者だよ。ようようよう。」
しかし、桃太郎は気付かない。
「ちょいちょいちょい。こっちこっち。うん、外じゃなくてこっち。」
必死に桃太郎のズボンの裾を引っ張ったり、飛び跳ねたりしてアピールするも未だに気付かない。このままでは埒が明かないので、顔面に突撃した。
「いっつ!!」
桃太郎は顔を手で押さえながら、今顔面にぶつかってきた物体を見た。そこには、公園で小学生にちょっかいを出されていたあのラジコンの亀がいた。
「・・・よし、寝よう。」
桃太郎はこの亀が話しかけてきたように思ったが、亀が人間の言葉を話すわけがないのでベッドに戻っていった。しかし、亀に邪魔された。
「いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや、待って待って待って!!これ現実、今現在お宅の脳みそは正常でぇぇぇぇぇすっ!!!」
「嘘つけ、ファンタジーじゃないのになんで亀が人間の言葉話せるんだよ。」
「それは僕が別の世界の住人だからです。」
「ほう、別世界の住人が俺に何の用なんだ?」
「恩返しです。」
「何だ、亀が鶴の真似事かよ。」
「へっへっへ~鶴は自分の羽で反物を作ったけど、僕はそんなチンケなものは作りません。」
「すげーよ、こいつ。『鶴の恩返し』の鶴ディスりやがったよ。」
淡々と会話が進んでいくうち何か知らないが桃太郎は会話を楽しくなっていった。
「じゃあ、お前の鶴よりすごい恩返しって何だよ?」
「それは・・・ドゥルルルルルルルルルルルルルル・・・バン!!僕たちの世界にご案内することでぇ~す!!」
「ほう、異世界・・・」
寝起きじゃなかったら多分、桃太郎はこんなリアクションをとらない。異世界に転生したりする作品を何作か読んだことはあるが、行きたいと思ったことは一度も無い上にいつもの『面倒くさい』の一言で終わるからだ。彼とよく話すオタク気質な友人Aは異世界ものの作品について話していた時、『もし自分が異世界転生したら?』と聞くと『現実世界も面倒くさいことには変わりないが異世界はもっと面倒くさい。』という返事が返ってきたそうだ。
「おやおやおや、異世界に興味をお持ちで?」
「ん?・・・いやそんなには・・・」
ごまをするかのように手をコネコネさせて亀が訊くと、桃太郎は首を横に振った。しかし、首を横に振ったにも関わらず、亀が目をキラキラさせて言った。
「丁度良かった!!じゃあ、貴方様を異世界にご案内しま~す!!」
「・・・は?」
『いや、首・・・横に振ったじゃん。』と言いたげな顔をしながら困惑する桃太郎に亀は話を続ける。
「よし、今から貴方を乗っける為に大きくなるよ~!!グングングーン!!」
『グングングーン』に合わせて亀が大きくなる。それにより、普通の亀の大きさから人が三人位乗れる程大きくなった。
「さあ、行きましょう!!レッツゴーゴーゴーゴーゴー!!」
手を差し伸べる亀。硬直する桃太郎。メキメキと悲鳴を上げる桃太郎の部屋の床。息子の部屋でこんな事が起こっているにも関わらず呑気に寝ている両親。もう滅茶苦茶である。
「いや、いいです。」
引きつった顔で桃太郎は、断った。
「遠慮しないで。ほらほら。」
しかし、亀はまるで悪徳企業に勤める営業マンのように食い下がる。次第に面倒臭くなったのかややキレ気味で桃太郎は言った。
「分かったよ、行くよ!!行きゃあいいんだろう!?とっとと行って帰るぞ!!」
「そうこなくっちゃ!!」
溜息をつきながら亀の甲羅に乗る。一人しか乗らないので余裕でスペースがあるがただ、甲羅の真ん中のサファイアのようなものが邪魔くさかった。桃太郎が乗ったのを確認すると亀がドローンのように浮き上がった。そして、無理矢理天井を突き抜け、外に出た。上から見た花咲家は、まるで隕石が落ちてきたかのようにでかい穴が開いていた。しかし、桃太郎は家の屋根の事よりこれからの事について考えていた為、それどころじゃなかった。桃太郎を乗せた亀は雲の上まで行った後、光の点滅を行い、消えていった・・・