転生
青年はレンガ造りの道の上で目を覚ました。直後、男性の声が響く。
「お待ちしておりました。真島様」
声の主は初老の男だ。スーツに身を包んでおり、髪には白いものが混じっている。声をかけられた青年は面食らった様子で、初老の男に尋ねる。
「ここはどこですか。それに、『おまちしておりました』とはどういうことですか」
「真島様の疑問はもっともでございます。これからご説明いたしますので、どうぞおかけ下さい」
男の言葉が終わるが早いか、二人は白い部屋の中にいた。中央にはガラス製のテーブルがあり、それを挟んで木製の椅子が二脚、向かい合うように置かれている。青年が一方の椅子に座るのを確認した後、もう一方に男が座る。
「それでは、真島様の現状についてご説明いたします。真島様は先ほど、現世にて亡くなられました。その記憶はお持ちかと思います。そして、転移の前段階としてこちらへお越し頂いたという次第です」
「転移というと、世界の別の場所に移動する、ということでしょうか」
「いえ、真島様には、別の世界へと行っていただきます。姿や形、記憶は現在のままですので、ご安心ください。異世界への引越し、とお考えください。」
「いきなり異世界へ行けと言われても困ります。第一、このまま行っても言葉も通じませんし、家も仕事もありませんよ」
「ええ、ご心配はもっともでございます。そういった不安を取り除くため、前段階としてこちらへお越しいただいたのです。真島様にはこれから、ある儀式を行なって頂きます。その儀式により、真島様は転生先の世界のあらゆる言語を使えるようになり、どのような仕事にも就ける程度まで身体能力が上昇いたします。それに加え、何らかの特典が付与されます」
「特典、ですか」
「ええ。例えば、特定の分野で卓越した技術を身に着ける、ですとか、超能力を得る、などです。珍しいものでは、人や動物に好かれやすくなる、といったものもございました。ただ、それは非常に珍しい例です。基本的には、いくつかの分野において非常に高い能力を得る、程度に考えてください」
「考えてください、というと?」
「我々もできることに限りがございますので。欲しい特典の要望を出していただきます。その中からかなえられるものを取り出し、それらをランダムに取捨選択して叶える希望を決定することになります。ですので、無茶な要求ばかりされますと、最悪、特典自体がなくなります」
「なるほど。叶えてもらえそうな範囲で希望を出すのが賢そうですね。」
「左様にございます」
「では、今までに叶えた例を紙に書いてまとめて箱に入れていただけますか。一つの例につき紙一枚を使用してください。紙はハガキほどのサイズで、四つ折りにしてください」
「かしこまりました」
言うが早いか、目の前のテーブルに真っ黒な箱が現れる。箱の中にはおびただしい数の四つ折りの紙が入っている。
「ここから一掴み取り出し、そこに書かれているものを私の希望とします」
「ご自分では希望を出さないのですか?」
「そうですね、では、さっき言っていたやつ、動物に好かれやすく、というのも追加してください」
「かしこまりました。では抽選を行います」
いつのまにかテーブルの箱はなくなっており、代わりに銀色の空のトレイが鎮座している。
「こちらのトレイにその紙を入れてください」
トレイに紙を入れると、即座に紙が燃えだした。燃え尽きた時、トレイに灰は残っておらず、代わりにガラスの破片のようなものが残った。
「これで特典は決まったんですか?」
「決まりましたとも。それでは、これから儀式の方へ移らせて頂きます。この中へ、その破片を入れて頂けますか」
そう言って、男は水の入ったコップを差し出す。真島が言葉に従うと、男は満足そうに頷いた。そして、男は新たに白い球を取り出し、コップの中に落とす。すると破片と球は溶けだした。数秒後、コップの中は無色透明な水のみが残る。
「真島様には、これを飲み干して頂きます。それにて儀式は終了です」
真島は男からコップを受け取り、一息に飲み干す。それを見届け、男は再び口を開く。
「これで真島様は転移が可能となりましたので、これから転移をして頂きます。転移の前に質問などがございましたら、お答えしますよ」
「では三つ教えてください。一つ、なぜ私が生かされるのか。二つ、これから転生する世界について。三つ、私に付与された特典の詳細について」
「三つ目の質問にはお答えできません。というのも、我々は特典の希望をもとに特典を付与します。しかし、付与する段階では詳細な内容はわかりません。そのため、詳細については転移後にご自分で確かめていただくことになります。一応、付与した特典は「魔物との交流」「魔法への適正」「カリスマ性の獲得」となっております。二つ目の質問ですが、これから転移していただくのはファンタジーの世界ということになります。そこには魔法が存在し、神や魔物、ドラゴンといった存在も生きています。最後に、一つ目の質問についてですが、これは私の主の趣味に起因します。私の主は若者が大成する様を眺めることを趣味としています。ですが、そのようなことは滅多に起きることではございません。そこで主は若者が成り上がれる環境を作ることにしたのです」
「その、『環境を作る』というのが、死んだ若者を高性能にして、異世界に送り込むことですか」
「左様にございます。ですから、ご迷惑とは思いますが、真島様にはこれから行く世界でできる限り高位を目指して頂きたいのです。どのような職に就くにせよ、国内で五本の指に入るくらいにはなって頂きたいのです」
「わかりました。では、そろそろ転移しましょう」
「でしたら、そちらのドアへどうぞ。一歩踏み出せば、そこは異世界です。どうかお気を付けて」
そう言って男は真島の後ろにあるドアを指した。真島は男に礼を告げ、ドアをくぐった。