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エピローグ・銀色の鎖

 幻影のミラージュ。

 仮面で隠された素顔を魔王にすら明かさず、それでいて四天王に登りつめた天才。


「ミラージュ様、私は謝って欲しい訳ではありません。説明を求めているのです」


 天才は上半身裸の状態で正座をさせられていた。

 腕を組み、正座をするミラージュを見下ろしながら発言する副官のアスタルト。

 アスタルトの寝室、それもベッドの上という場所の為、一見すると何か特殊なプレイの様にも思えるが、決してそんな事は無い。


「正直、決裁印を預けている事でタルトちゃんに甘えてました。反省してます」


「本当に驚きですよ。確かに、確かにミラージュ様から決裁印をお預かりしました。しかしミラージュ様はあくまでも預けるだけだから、仕事はこれまで通りこなすつもりだと仰っていたはずです」


「はい、その通りです」


「ですが実際に顔を出す頻度は日に日に減って良き、ここ一週間は殆ど仕事もしていません。しかも……何故お体の具合まで悪化しているのですか?」


 アスタルトがお冠なのも無理はない。

 王都内の警備、魔道具の作成、ルウや魔族に関する報告書を纏め、時には重要な会議に参加しつつ、ダンピエール公やクテシフォン侯爵の身辺調査。

 ファルサとして行う仕事が時間に追われる内容が多く、四天王としての仕事がおろそかになっていたのだ。

 クテシフォン侯爵との会食、セシリアとの打ち合わせ、ゼノビアとの決闘など、夜に時間を取られる出来事もあり、連絡のみで済ませる日が何度もあった。

 最早両立しているとは言えず、それが決裁印を預けてからに重なっているのだから、言い訳のしようがない。

 更にはゼノビアとの決闘で無茶をしたせいで、また体調が悪化してしまう。

 ベッドの上で正座しているのはアスタルトの温情で、上半身が裸なのは診察後に今の状況に至った結果であった。

 ミラージュとしては体調については何としてでも隠すつもりでいたのだが、会って早々動きがおかしいと指摘され、寝室に連れ込まれたのだ。

 アスタルトの観察眼恐るべし。

 

「ちょっと、向こうで無茶をし過ぎました」


「はぁ、ミラージュ様にはもう少し四天王としての自覚と、自身のお体を労わる心を持っていただかないと困ります。このまま無茶を重ねられてしまうと、治るものも治らず、また同じことの繰り返しですよ。ミラージュ様の蛆虫以下の脳味噌だとそれすらも理解できない様ですね」


 あ、何だか懐かしくて落ち着くな、とミラージュは呑気にも思ってしまう。

 連絡玉でやり取りはしていたものの、アスタルトの方から問題が報告されなかった為、非常に短い事務的な会話しかしていなかったのだ。

 長年慣れ親しんだアスタルトの態度に、ミラージュは実家の様な安心感を覚えていた。

 もっとも、実家と呼べる建物はまだ残っているのだが。


「毎度の事ながら痛いところをつかれてぐうの音も出ないよ」


「全くもう、ミラージュ様は私がいないと駄目みたいですね。とりあえずさっさと横になって下さい。気休め程度に改めて鍼治療をしますから」

 

 心底呆れたと言った様子を見せながらもアスタルトは治療を提案し、ミラージュも素直に従いベッドに寝転がる。

 以前と同じく全身に針を刺される痛みと、アスタルトの柔らかなお尻の感触を感じながら、ミラージュは天井を見上げて物思いに耽る。

 ゼノビアは自分が半分魔族であり四天王ミラージュである事を受け入れてくれた。

 じゃあ、他の皆はどうだろう。

 真剣な表情で胸元に針を刺す副官は、自分が半分人間であると告げたら受け入れてくれるのか、それとも軽蔑するのか。

 これまでの態度を見る限り、受け入れてくれる様な気もする、しかし、確証はない。


「……ミラージュ様、悩み事ですか?」


「うん、ちょっとね。それにしてもタルトちゃんは良く気が付くよね」


「まぁ、日頃から観察してますから。例えば、以前から漂わせていた複数の女性の匂い、そのうちの一人の匂いがこれまでよりも強くなっている事くらいはわかりますよ。随分と親密な間柄になられたようですね」


 アスタルトの爆弾発言に、ミラージュの背筋が凍る。

 確かに今朝はゼノビアと同じベッドで朝を迎えていた。

 しかし、クテシフォン侯爵の屋敷へ出向く前にお風呂で身を清め、下着も取り替えている。

 狼魔族の族長であるルヴトーならそれでも残り香に気が付くかもしれないが、アスタルトは銀角の悪魔族。

 特に種族として嗅覚が優れているという訳ではない。

 ミラージュはちらりとアスタルトの方を見ると、胸元、それも心臓の辺りに針を刺しながら返事を待っていた。

 余談だが強化魔法を持ってすれば、たかが針でも心臓まで突き刺す事は簡単である。


「いや……それは……」


「嘘ですよ。ちょっとカマをかけてみただけです。ミラージュ様の反応を見る限り、私にあのような事をしておきながら、他の女性に手を出してしまったようですね。全く関係ない話ですが、父は母一筋で、決して他の女性に目移りする事は無かったそうですよ。父曰く、目移りしたら命がいくつあっても足りないそうです。それから、こちらも関係ない話ですが、私の性格は母に良く似ているらしいですよ。ええ、全く関係ない話なんですが」


 クテシフォン侯爵も奥さん一筋だったな、とミラージュは思い出しながら、この場をどう切り抜けるべきか考える。

 王国法では一夫多妻が認められており、魔族も多くの種族では族長や力のある者が複数の妻を持つのは珍しくない。

 しかし、法や慣習として認められている事と、個人の感情が許すかは全く別の話なのだ。

 ゼノビアは婚約者であり将来的に結婚する予定だが、アスタルトとミラージュの関係を言葉にするのは難しい。

 四天王と副官の関係と誤魔化すには親密になり過ぎているが、言葉ではっきりと関係を確認したわけではない。

 責任を取れとは言われたが、具体的にそれ以上の話が進んでいる訳ではない。

 そうは言ってもいつまでも曖昧なままなのは不誠実といえる。

 もっとも、既にゼノビアと婚約している時点で不誠実の汚名は拭えないのだが。


「僕はタルトちゃんの事が好き……だと思う」


 ミラージュがそう答えると、アスタルトは体をビクッと震わせた。


「ず、随分といい加減な表現ですね。ミラージュ様は痛めつけられる行為に快感を覚える変態で、私を怒らせる為にわざとその様な言い回しをされているのですか?」


「そんなつもりはないよ。僕にとってのタルトちゃんは同じ副官として仕事のパートナーから始まり、お世話になった上司の娘で、今では大切な部下になって、可愛い妹の様な存在なんだ。でも……女性としての魅力も感じるのは確かだから、僕の勘違いとは言えキスをした。ただ、向こうで出会った人は僕が魔族だと知っても――」


「――ラ・パラリィジィ!」


「っが!」


 全身を走る痺れる様な痛みに、ミラージュは思わず呻き声をあげてしまう。

 そして、四肢の自由が利かない事に気が付いた。

 辛うじて動く眼球の動きでアスタルトの方を確認すると、右手の指先から糸の様なものが伸び、ミラージュの体に刺さっている針へと繋がっていた。


「油断しましたね。私の得意な魔法は洗脳魔法と幻覚魔法。脳に直接作用する魔法を扱えるのですから、神経系に作用させる魔法を編み出すのも難しくありません。本来は麻酔代わりに使う予定で開発してましたが……他の用途でも活用できそうですね」


 アスタルトは魔王軍の最先端の医学知識を常に吸収している。

 その上、悪魔族の固有魔法である洗脳魔法に幻覚魔法を複合させる魔法技術を持ち、狂騒の二つ名まで付いている存在なのだ。

 副官と言っても四天王と遜色のない実力を有していおり、ミラージュと言えども油断すれば負ける相手と言える。

 しかし、何故このタイミングで、とミラージュは混乱する頭を回転させながら、何とか体の自由を取り戻そうとするが、どうする事も出来ないでいた。


「既に試しているでしょうけど、魔法は発動出来ませんよ。ミラージュ様に刺さっている針は魔力路と繋がっています。こうして私の魔力を流し込んでいる以上、まともに魔力を練り上げる事も出来ないはずです」


「な、なんで……」


「なんで? 日頃からミラージュ様の寝首を掻くと宣言していましたよ。ただ、好機が訪れたのでこうして実行したまでです」


 アスタルトはミラージュの首筋を左手の指先で撫で回し、妖艶な笑みを浮かべる。

 小さな体に似つかわしくない色気を醸し出しているアスタルトは、いつもより大人びて見える。

 両手両足の感覚は無く、アスタルトの言う通り魔法を発動させる事も出来ず、ミラージュは完全に追い詰められていた。

 信頼している副官という油断、万全でない体調による抵抗の遅れ、言い訳をすればいくつも出てくるが、そんなものに意味はない。

 ただ、ミラージュの命はアスタルトに握られているという事実だけがそこにあるだけなのだ。

 そして、アスタルトの白く美しい指先がミラージュの仮面に掛けられ、躊躇なく剥がされた。


「やはりこれがミラージュ様の隠し事でしたか。成程、確かに仮面で顔を隠すのにも納得です。ルブトーさんの時は上手く誤魔化していましたが……この状況ではどうする事も出来ませんね」


 アスタルトの紅い双眸はミラージュの右眼と左眼を交互に確認し、瞳の中に不純物が無いと気が付いてしまう。

 特殊なレンズで誤魔化したものではなく、純粋な黒い右眼と紅い左目。

 それを知られてしまった以上、取り繕うのは不可能だとミラージュは察するのだった。


「僕を、どうするつもりだい?」


「さて、どうしましょう。このまま首を獲って魔王様に献上するも良し、希少なサンプルとして実験に使うも良しですからね。その前に、先程魔族であると知られたと口走っていましたが、知られたのは魔族であるという事だけですか?」


 鋭い視線を向けるアスタルトに、偽証は不可能だとミラージュは判断する。

 つい先日、セシリアに対して行った事がそっくりそのまま返ってきたのだ。


「いや、僕が人間と魔族の間に生まれたと知られたよ。それから、四天王のミラージュである事もね」


「成程。そう言う事なら私もこのまま見過ごすわけには行きませんね」


 一体何をするつもりなのか、そう問いかけようとしたミラージュの口は、アスタルトの小さな唇によって塞がれてしまう。

 ミラージュの口内に侵入し、かき回す様に動き回るアスタルトの舌先。

 寝室内に響く卑猥な水音と漏れ出る吐息。

 アスタルトは貪る様に、何度もミラージュの口内を蹂躙する。

 気が付くとミラージュの体は自由を取り戻しており、アスタルトの小さな体をベッドに押し倒す様にして入れ替わる。


「ミラージュ……もっと」


 潤んだ瞳で上目使いをしながら、てらてらと濡れる唇から漏れ出るアスタルトの甘えた声。

 ミラージュは脳を揺さぶられた感覚に陥り、その声に答えるべく顔を近づけた。


「……ん、ぁ」


 体を震わせながら漏れ出るアスタルトの喘ぎ声。

 官能的な時間はまだまだ終わる気配がなく、続いていく。

 


 ◆◆◆

 


「幻覚、じゃなかった……」


「ミラージュ様は底なしの馬鹿ですか。失礼しました、つい本音が出てしまいました」

 

 ミラージュが漏らした言葉に、アスタルトは間髪入れずに辛辣な言葉を浴びせる。

 拘束され、魔法を封じられ、抵抗できないミラージュはでっきり幻覚を見せられながら洗脳をされていると思っていた。

 しかし、ミラージュの右腕を枕にして抱きついているアスタルトが全てを物語っていた。

 仮面は床に転がり、その周囲には二人の衣服が散乱している。


「えっと……今更だけど説明して貰ってもいいかな?」


「説明もなにもミラージュ様が悪いんです。私にあんな事をしておきながら、他の女性に手を出し、あまつさえ正体まで明かしているのですから。私は正々堂々勝負して仮面を剥がすか、然るべき時にミラージュ様から打ち明けて貰えるのを待っていたのに……。もう黙って待っているのは嫌なので、少し卑怯ですが不意を打たせて貰いました。でも、常在戦場の心がけを失念していたミラージュ様に文句を言われる筋合いはないですからね!」


 いつもの事だけどタルトちゃんの言い分に全く反論出来ないなぁ、とミラージュは思う。

 二人の師とも呼べるアスタルトの父ベルゼビュートは、常在戦場を心がけよと口が酸っぱくなるほど繰り返していた。

 不意打ちをされるなど日常茶飯事であり、警戒を疎かにしていたのはミラージュである。

 勿論、それは信頼の裏返しでもあるのだが、本当にアスタルトが裏切っていたらミラージュは容易に殺されていただろう。


「本当にタルトちゃんにはしてやられたよ。まさか密かに新しい魔法まで用意しているとはね」


「私が訓練している昼間に顔を出さないからですよ。大体、ミラージュ様は子供や女性に甘過ぎます。正体も気が付かれてしまったから仕方がなく明かしたんでしょう? 普段は完璧なのに、妙なところで付け入る隙があるのが駄目なんです」


「面目次第もございません。後、脇腹を抓らないで貰えるかな」


 ファルサとしてもミラージュとしても、女性と子供が原因で正体がバレているのだ。

 その上、最近似たような事を言われている為、ミラージュとしては反省するしかない。

 

「ミラージュ様は鎖で縛りつけておく必要があるかもしれませんね。放っておくと勝手にとんでもない事をしそうですから」


「あの、物騒な事を言わないでくれるかな。タルトちゃんなら本気でやりそうだから怖いんだよ」


「ふふ、冗談ですよ。あ、それから、こうして正体もばれた事ですし、今度人間の国へ連れて行ってくださいね。先程仰っていた女性とお話する必要もありますので」


「……それってお話だけで済むのかな?」


「相手の出方次第ですね。それに私――」


 ――男にとって都合の良い女になるつもりは無いですよ。

 そう言いながら満面の笑みを浮かべるアスタルトは、恐ろしく、そして美しかった。

 はたして自分に二人を止める事は出来るのだろうか、そう思いながら未来を想像したミラージュは、王都が崩壊する様を幻視して考えるのをやめた。

 ルウを親元に戻す為には、両者の接触は確実に起きるのだ。

 恐ろしい未来から目を背けたミラージュはある事に気が付いた。

  

「ところで、仕事はいいのかな?」

 

「……ミラージュ様がお戻りになる予定だったので、全て終わらせておきました」


 そう言いながらアスタルトは頬を赤く染めて顔を背けた。

 四天王ミラージュの副官はどこまでも優秀で、計算高く、可愛らしい女の子なのだ。

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