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エピローグ・金色の楔

 夢を見ていた。

 亡くなったはずの父と、顔も知らぬ母の夢。

 金色に輝く草原で自分を呼ぶ二人の声。

 幸せな家族団欒のひと時、しかし、瞬きをすると周囲の景色が一変する。

 炎に包まれながら何かと戦う父の後姿、自分の傍らで横たわる母。

 戦いを終えた父は、悲痛に満ちた表情で動かぬ母と自分の元へ戻ってくる。

 涙を流しながら、自分たちを抱きしめて慟哭する父と、何も知らず無邪気に笑う自分。

 闇が訪れ、光が差す。


「……夢、か」


 窓の外から聞こえる心地よい小鳥の囀り。

 ファルサはいつもとは違う、しかしよく似た夢を見ていた様な気がしながらも、その内容を思い出す事が出来なかった。

 微睡の中、自らの眼を擦ろうと左腕を動かそうとするが微動だにしない。

 何かに拘束されている、そう思いながら視線を左へ動かすと、一人の美女が安らかな吐息を立てている。

 長い金色の髪をベッドの上に散らし、魅惑的な肉体をこれでもかと強調するスリップ姿。

 ファルサの二の腕は豊かな双丘に挟まれ、手首から先は太ももの間に収まっていた。

 冷静に且つ迅速に状況を把握しようと周囲を見渡し、ここが自分の屋敷にある寝室だと気が付くファルサ。


「ん……ぁん」


 身じろぎしたせいか、隣からは艶やかな声が漏れ出しファルサの脳を揺さぶる。

 はぁ、と大きな溜め息を吐いたファルサは、隣の美女――ゼノビアに向かって声をかける。


「おはようゼノビア。狸寝入りなんて止めて、状況を説明してくれるかな?」


「……何だ、もう気が付いたのか。私としてはもう少しこのままでいたいのだが」


「男女七つにして寝床を共にせずとな何とか言ってなかったっけ?」


「う、うるしゃい! ユリアと違って私は奥さんだからいいのだ!」


 ファルサの左腕が更に強く締め付けられた。

 ゼノビアは自分の言葉に恥ずかしがっているのか、頬を紅潮させながらぐりぐりと頭をファルサに擦りつける。

 まぁもう少しこのままでいいか、とファルサは諦め、ゼノビアの後頭部に右手を伸ばし、指先で髪を梳くように撫でる。

 ふきゅう、と小さな呻り声をあげながら、ゼノビアは更にファルサの方へと身を寄せて、二人の間に存在する隙間を限りなくゼロにする。


「それでは奥さんのゼノビアさんにお聞きします。どうして僕らはここにいるのでしょうか?」


 冗談めかしてファルサが問いかけると、ゼノビアはファルサの胸元に顔を埋めながら説明を開始した。


「う、うむ。昨夜の決闘が終わった直後の事だ。ファルサ殿が急に私を地面に押し倒してきたのだ。あ、あの時はいきなり外で始まるのかと思い、心臓が止まりそうになったぞ。い、いや、ファルサ殿にそういう事をされるのが嫌という訳ではなくて、やはり初めては、その、ベッドの上が良くて。べ、別にファルサ殿が外の方が好きというなら吝かではないのだが、そういうプレイはもう少し慣れてからというか、ほ、ほら私の体にファルサ殿を馴染ませてからというか。って何を言わせるのだ! いくら夫婦とは言え、私が何でもかんでもホイホイ言う事を聞くと思ったら大間違いだぞ!」


 あぁポンコツ状態だ、と思いながらファルサはまともな説明を求めるのを諦めた。

 その後も妄想と願望を入り混じりながら話を聞いていると、結局ファルサはゼノビアとキスをした直後に気絶し、そのまま王都まで抱えられながら運ばれたらしい。

 当然ながら深夜に侯爵の屋敷に連れて行くわけにもいかず、いくつかあるファルサの家の中から貴族街の屋敷が選ばれたのは、貴族の屋敷なら使用人がいて鍵を持っていなくても入れるという至極真っ当な理由であった。

 出迎えたメイドに部屋まで案内させ、ついでに婚約者である事を伝えたところ、一緒の部屋で休むように気を利かされて、ファルサと同衾したとの事。

 寝巻に着せ替えたのもゼノビアが行なったらしく、体の作りが人間と同じかわからなかったと言い訳をしているが、明らかに嘘であった。

 水着着用とは言え共に風呂に入った上、先日の魔族騒ぎではパルミナやユリアに治療を受けているのだ。

 明らかに体の作りがおかしければ、とっくの昔に気が付かれている。

 もっとも、ゼノビアがそこまで冷静ではなかった可能性も高く、そもそも気絶して迷惑をかけている以上、ファルサに文句を言う権利はない。

 しかし、ファルサには一点だけ気がかりな部分があった。


「僕、お姫様抱っこで運ばれたんだ……一応聞くけど、その姿って家のメイド以外に見られてないよね?」


「い、いや、実は門を守る衛兵たちに見られてしまった。本当ならばこっそりと王都内に入るはずだったんだが、流石に私でも人を抱えて忍び込むのは難しい上、王都から出る時には門を通ったからな。一応、極秘事項と言って詳細は話さなかったし、他言無用だと釘も刺しておいた。ファルサ殿が気絶していた理由については魔力を使い過ぎたと言っておいたぞ」


「あー、うん、そうだよね」


 夜に王都から出るのは基本的に認められていない上、最近は魔族騒ぎで警備も厳重になっている。

 ファルサやゼノビアは周辺の調査や警備の名目で出入り可能であり、詳細も極秘事項と言えばそれ以上は突っ込まれる事は無い。

 しかし、既に噂となっている二人が深夜に王都の外で密会し、何故か男のファルサがゼノビアの腕に抱きかかえられていたなど、口止めしても間違いなく広まるだろう。

 憂鬱な気持ちになりそうなファルサだったが、さらなる災厄が襲ってくる事に気が付き、慌てて左目にレンズを付けて黒目の偽装を行う。

 少し遅れてゼノビアも気が付いたようだが、最早手遅れである為、二人は顔を見合わせて苦笑いを浮かべるのだった。


「ファル兄! ゼノビアと婚約破棄ってどういう事だい! というかボクは結婚を認めた覚えはないよ!」


「ユリアちゃん、ノックも無しに寝室に入っちゃ駄目よ」


 大声で叫びながら寝室のドアを開け、勢いよく飛び込んできたユリア。

 そしてその後ろにはいつもと変わらぬ笑顔を浮かべたパルミナと、勝手に上り込んできて困ってますと言わんばかりの表情をしたメイドの姿があった。


「やあユリア、久しぶりだね。教会のお仕事はもういいのかい?」


「にゃああああ! ファル兄とゼノビアが大人の関係になってるうううううう!」


「ち、ちがっ! まだ、これから」


「ぴゃああああ! これからするつもりだったあああああ!」


「あらあら、うふふ」


 パルミナもユリアも神の敵とされている魔族を見逃し、更には治療をした事で教会の上層部から問題視されていた。

 しかし、聖女と勇者を大っぴらに処罰など出来ない為、奉仕活動に従事させて反省を促すという形を取られていたのだ。

 もっとも、孤児院への訪問や信者の相談相手、炊き出しや宣伝活動などを無償で行っていただけなので、普段とあまり変わらない生活ではあり、所詮は罰を与えたという建前である。

 また、共に旅をしたとは言え彼女たちはアウレリア派とは別、あくまでもフォルトゥナ教の信者である為、ファルサたちの詳しい情報など知りえない。

 大方セシリア辺りが早朝の訓練時に事情を説明し、興奮したユリアが飛び出してきたのだろう、とファルサは判断した。

 ゼノビアが騎士団を引退するならば、自動的に勇者の指南役からも外れ、その後は別な者が引き継ぐのが筋である。


「はぁ、朝から疲れさせないで欲しいよ」


 自分がどこにいるのか知らずに屋敷まで押しかけてきているユリアの勘の良さにファルサは驚愕しながら、深い溜め息を吐く。

 誤解を解いて説明をしてユリアを納得させるまで、どれだけの時間がかかるかわからないのだ。


「抜け駆けするなんてずるいよ! ゼノビアのバカ! アホ! スケベ!」


「す、すすす、スケベだと! 私は正当な権利を主張しただけだぁ!」


「ファルサ君、これから大変ね」


「本当に……うん、本当にそうだね。ただ、君がいつもより楽しそうな表情に見えるのは僕の気のせいかな」


 大騒ぎをユリアとゼノビアを尻目に、パルミナはこっそりとファルサに近づき耳打ちをする。

 パルミナは、おそらく野次馬でユリアに着いてきただろう。

 教会の聖女様も女の子、愛だ恋だの話には敏感なのだ。

 しかし、ファルサを気遣う素振りを見せるパルミナの表情は、いつもより明るい。

 

「ファルサ君が少しだけ、ほんの少しだけ良い子になったみたいだから嬉しくて」


「それってどういう意味なのかな」

 

「ふふ、な・い・しょ」


 片目を瞑り、ファルサの唇に人差し指を当てるパルミナは、聖女様とは思えないほど悪戯めいた表情をする。


「あー! パル姉がファル兄を誘惑してる!」


「な、何! ファルサ殿、いきなり浮気をするとは何事だ!」


 本当にこれで良かったのかな、と少しだけ後悔しそうになりながらも、ファルサは騒がしいこの瞬間を楽しむのだった。



◆◆◆



 大騒ぎになったユリアとパルミナの訪問から数時間後、ファルサとゼノビアはクテシフォン侯爵の屋敷を訪れていた。


「ふむ、ダンピエール公との縁談を断り、再びファルサ君と婚約したい、と。我が娘は随分と馬鹿げた事を抜かすのだな」


「身勝手な話だと我ながら思っております。しかし、私はファルサ殿と共に生きたい、心の底からそう思っております。父上がお怒りになるのも致し方なく、万が一の場合には親子の縁を切られるのも覚悟の上です」


 応接室の中央に置かれたテーブルを挟み、にらみ合う様に視線を合わせる父と娘。

 ファルサはそんな二人を見ながら、忙しない一日だ、と改めて思う。

 興奮するユリアを宥め、魔族である事を伏せて事情をある程度説明し終わった矢先、今度はクテシフォン侯爵の使者として執事のセバスがやってきたのだ。

 準備ができ次第お二人で屋敷までお越しください、旦那様がお待ちです、そう告げたセバスの表情は随分と嬉しそうだったのは気のせいではないだろう。

 ファルサとしてはこういう展開もあるかもしれないと想定したいたのだが、それでも随分と手回しが早すぎている。

 しかし、上位者に呼びつけられては拒否する事も出来ない為、大人しくゼノビアと共に足を運んだのだ。


「それで、君の方はどうなんだね? まさか娘にだけ説明させてだんまりを決め込むつもりではなかろうな?」


 クテシフォン侯爵は射殺す様な鋭い目つきをファルサに向けて問いかける。

 愛娘が夜中に屋敷を抜け出し、実は婚約破棄した男の家に居たのだから、内心穏やかであるはずがない。

 

「僕の方からゼノビアへ改めて結婚を申し込み、本人から了解を貰いました。どうか、お許しを頂きたく存じます。勿論、ご迷惑をおかけした責任も取らせて頂きます」


 左隣に座るゼノビアの震える手を握り、ファルサは深々と頭を下げる。

 口では覚悟の上と言ってはいるが、ゼノビアも好き好んで縁を切られたいわけではないのだ。

 

「ふむ、二人の意志は固いようだな。ところでファルサ君……いつから気づいていた?」


「疑惑を持ったのは閣下の口からダンピエール公との縁談について出た時からです。確信に至ったのは、直接ダンピエール公とお会いしてからになります」


 意味ありげな会話をするファルサとクテシフォン侯爵に対して、ゼノビアだけが怪訝そうな表情を浮かべていた。


「どうやらゼノビアだけが気づいていなかったのか。セバス、もう一人のお客人をここへ」


「かしこまりました」


 セバスが礼をして部屋を出て数分、ファルサが予想していた人物が応接室へと姿を現した


「全く、君たちは本当に人騒がせだな。私が相手でなければ、大問題になるところだぞ」


「なっ! シル殿がどうしてここに?」


 金色の長髪をかき上げながら優雅な姿で部屋に入ってきた貴公子、ダンピエール公である。

 ソファから立ち上がり大声をあげるゼノビアだが、すぐに不作法だと気付き慌てて座り直す。

 ダンピエール公はゼノビアの正面、クテシフォン侯爵の右隣に腰を下ろし、若干呆れた表情を見せていた。


「ゼノビア、僕たちは試されていたんだよ。全く、閣下もお人が悪い」


「ふん、どこの馬の骨かわからん男に愛娘をくれてやるほど、ワシも耄碌しておらんのでな」


「私も最初に話を聞いた時は耳を疑ったよ。ゼノビアが婚約者を連れてくるから恋敵役になってくれ、と頼まれたんだからね」


 三人の言葉にますます混乱するゼノビアに対して、答え合わせも兼ねながらの説明が始まった。

 ファルサがゼノビアとの結婚を持ち掛けた段階で、クテシフォン侯爵はダンピエール公との橋渡しが目的であると看破していたのだ。

 セバスに行わせていたファルサの調査、王都で起きた魔族騒ぎ、アウレリア王女の型破りな性格、クテシフォン侯爵家の利用価値。

 それらの情報を合わせる事で、ファルサたちが捕えた魔族を利用して何かを企んでいると推測を立てるのは難しくない。

 しかし、クテシフォン侯爵としては愛娘が良い様に利用されているのではないか、と不安になる気持ちが芽生えてしまうのは当たり前であった。

 その為、ダンピエール公からも縁談を持ち掛けられていると偽装し、ファルサの本心を探ったのだ。

 娘を利用するだけなのか、それとも本気で愛しているのか、どちらなのかを知る為に。


「つ、つまり父上はファルサ殿を信用していなかったと言う事か?」


「セバスの調査で人柄に問題が無い事はわかっていた。しかし……少々優等生過ぎたのだ。宮廷に居ながら金や権力に心を奪われず、平民にしては高い教養の持ち主。その上、経歴は謎のまま。国王陛下もファルサ君の扱いに憂慮されており、兼ねてより相談を受けていたのだ」


 クテシフォン侯爵の言葉に、ファルサは尤もな話だと納得する。

 ファルサがアウレリアと出会いヴァロワ王国に仕えてから五年、その間に様々な疑惑を掛けられていた。

 他国の間諜、暗殺者、王位簒奪、今でも疑いの目を向ける者が少なくない。

 実際にファルサが仕えてから、それまで王位継承の目が無かったアウレリアが王位継承権一位まで上り詰めているのだ。

 宮廷魔導士の改革、腐敗貴族の取り締まり、凶悪な魔物の討伐等々、ファルサ個人が五年という期間で打ち立てた功績も人並み外れている。

 これほどの人物が名前も知られずに野に下っていたなど、常識ではあり得ない。

 アウレリアと利用して国家転覆を図っていると思われても、ある意味仕方がないといえるだろう。


「僕も自分の事ながら、懸念を抱かれてもやむを得ないと思いますよ」


「全く、その若さで達観し過ぎているところが余計に他者の不安を煽るのだ。良く切れる剣は誰もが欲しがる、しかし切れすぎる剣が一度自分に向けられたら、と剣の持ち主なら誰しもが思う。優秀な人材は常に欲していても、優秀過ぎる者はそれだけ危険だからな」


「父上、それはいくらなんでもファルサ殿に失礼ではないか!」


「わかっている。ワシも穿ち過ぎだとは思う。だが、人の上に立つ以上、最悪は常に想定しておくべきだ。だから……楔を打つ事にしたのだ。成功すれば娘は想い人と一緒になれて、陛下の不安も減らすことが出来る。失敗しても娘を心から愛していない男を回避出来て親としては安心できる。もっとも、娘の方が暴走してしまい、少々焦ったがな」


「成程、楔……ですか」


 全てが終わってみれば、クテシフォン侯爵の策略は大成功である。

 ファルサの心にゼノビアという楔は確かに打ちこまれており、簡単にヴァロワ王国から逃げ出す事が出来ない状態になっていた。

 ゼノビア自身は全てを捨ててもファルサと共にいると言っていたが、それを実現させてしまう事はファルサの矜持が許さない。

 家族、故郷、友人、それらを捨てさせた後の人生が、果たして本当に幸せなのか。

 自らが父と死別しているからこそ、両親が存命のゼノビアに悲しい思いをさせたくないのだ。

 だからこそ、ファルサはゼノビアを、そしてゼノビアの家族や友人の住むヴァロワ王国を守る為に全力を尽くさなくてはならない。


「昨夜に何があったかは聞かん。いや、親として聞きたくもない。だが、先日とは違い覚悟を決めた男の目をしているとすぐにわかったぞ」


「私としては貴公の女性関係に少々難があるとは思うが……まぁ、ゼノビアが幸せなら我が親友のレオナールも許してくれるだろう。少なくとも、アイツの願いは叶えたからな」


「ファルサ殿の女性関係については……私も擁護出来ないな。しかしシル殿、兄上の願いとは何なのだ?」


 女性関係に誰一人、ゼノビアすら擁護してくれない状況で、ファルサは密かに気配を殺そうと努めるのだった。

 別に自ら女性に言い寄ったつもりはないのだ。

 必要に駆られて女性を口説いた事もあるが、あくまでも仕事の延長であったし、様々なお誘いも殆ど断っている。

 ただ、一部の女性たちに対しては、無下に扱えずなし崩し的に仲を深めてしまっているだけなのだ。

 そう叫びたくなるファルサの内心も知らず、他の三人は会話を続けていく。


「あぁ、それについてだが私たち騎士は遠征や戦に赴く際、必ず遺言状を書くだろう? レオナールは家族宛だけではなく、私宛にも遺言状を残していた。自分に何かあった時は妹を、ゼノビアを幸せにしてやってくれ、お前なら妹を任せられる、とね。ただ、私も父が亡くなって急遽家を継ぐ事になり、ゼノビアが辛い時期に傍に居られなかった。今回はその罪滅ぼしとして、クテシフォン侯爵に協力したという訳さ」


「そうか……兄上もシル殿も、私を気遣ってくれていたのだな」


 ダンピエール公は当時十五歳という若さで公爵家当主の座に着いた。

 魔族との争いが絶えない北部地域、前当主と裏で繋がっていた不正を働く貴族や商人、そうした問題を抱えながら、王都にいるゼノビアを気にするなど不可能だったのだろう。

 そして、何とか落ち着いた時にはファルサがゼノビアの隣に立っていたのだ。

 ダンピエール公が親友との義理を果たす為だけなのか、それ以上の感情を持ち合わせているのか、ファルサには知りえない事である。

 しかし、少なくとも親友の妹であるゼノビアを大切に想っているのは確かであり、だからこそセシリアを婚約者に据えたと言ったファルサに激怒したのだろう。


「結局、僕もゼノビアもクテシフォン侯爵の掌の上で踊らされていたって事だよ」


「ワシの娘をおいそれと男に渡すわけがなかろう。まぁ何にせよ、ゼノビアがファルサ君を繋ぎ止めている以上、陛下の不安も少しは解消されるだろう。今後もゼノビアと共に王国の為に尽くして欲しい」


「勿論、そのつもりですよ。それにしても……閣下が奥様と駆け落ちをした気持ちを心の底から理解する日が来るとは思いませんでしたよ」


「ハッハッハ! ゼノビアは妻に似て美しく、良く出来た娘だから無理もない」


「父上もファルサ殿も恥ずかしいから止めてくれ!」


「確かに昔は小さな子供だったのに、いつのまにか美しさと強さを兼ね備えた淑女に変わっていたな。きっとレオナールも喜んでいる事だろう。アイツもアイツでシスコン気味だったからな」


「もう! シル殿まで変な事を言わないでくれ!」


 顔を真っ赤にして恥ずかしがるゼノビアと、それを見て笑い声を上げる男三人。

 いや、小さな笑みを浮かべる壁際の執事を含めれば四人になる。

 ファルサは口に出さなかったが、クテシフォン侯爵の企みに気が付けたのはセバスのおかげであった。

 セバスは元々ゲルマニア帝国に仕える騎士でヴァロワ王国との小競り合いの際に捕虜となったが、保釈金の支払いを渋った帝国側に見捨てられてしまい、クテシフォン侯爵の父親である前当主に引き取られたのだ。

 その後、執事としてクテシフォン家に仕え、ヴァロワ王国人の妻と結婚し、子供まで儲けている。

 しかし、結婚をする際にゲルマニア帝国人である事を理由に相手側の家に反対されてしまうが、その間を取りなしたのがクテシフォン侯爵だった。

 そして、王都の屋敷に滞在してファルサやゼノビアの二人を見てきたセバスは、二人の若者を心配するあまり、普段では取らない行動をしてしまう。

 それがファルサが屋敷に訪れた際の、一連の行動だった。

 執事の領分を越えた発言、自らの身分を明かし暗に協力を匂わせる態度。

 おそらく、セバス自身も知らされていないダンピエール公との縁談に焦ってしまったのだろう。

 そう、セバスという執事が縁談が持ち掛けられていると知らない事、それが不自然だった。

 セバスは王都にあるクテシフォン侯爵の屋敷を取り仕切る筆頭執事で、クテシフォン侯爵に様々な情報を届ける立場である。

 その執事すら知らない縁談が、どうやって持ち掛けられたのか、その答えは一つしかない。

 もっとも、それをゼノビアに話したところで憶測であると一蹴されるのは間違いなく、ファルサ自身も絶対の自信が無かったからこそ、敢えて表に出さなかった。

 ファルサの推測が正しいかどうか知るのは、幸せそうな顔をした主とその娘を優しい目つきで見つめる、老執事だけである。

 こうして、ファルサとゼノビアの縁談は纏まり、ダンピエール公も北部貴族の抑え込みは今回限りだが協力すると約束。

 婚約発表については噂なども考慮し落ち着いてからとなり、表向きは変わらぬ生活となるファルサだった。

 奥さん気分のゼノビアや、未だ納得のいかないユリア、今の状況を楽しんでいる様子のパルミナ、何かを企んでいそうなアウレリア等が騒ぎを起こすが、あくまでも表向きは変わらないのである。

駆け足になりましたが、何とかエピローグを纏めて一話で投稿。

最近、長々と書くのが癖になっている反省を踏まえて、スピーディさを意識していきます!

それと、新作「ハイド・アンド・シーク」の投稿も始めました。

下記のリンク、もしくは作者ページからどうぞ。

「デュアルライフ」共々楽しんで頂けたら幸いです。

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