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ゼノビア・ド・クテシフォン7

 保管庫から持ち出した大量の書物や書類が入った大きな木箱を二つほど抱え、ファルサはゆっくりと王宮の廊下を歩いていた。

 すれ違うメイドや貴族たちは物珍し気な様子を見たような顔をしながらも、木箱の陰から飛び出ている黒髪や赤と白を基調としたローブでその正体に気が付いているのか、礼をしながら道を空ける。

 手伝いを申し出る者も少なくないが、閲覧制限がある機密書物だと言って断り、ファルサは自らの力で運ぶのだった。

 本音を言えば転移魔法で楽をしたいところなのだが、優に百冊を超える書物が誰にも目撃されずに移動するなど、不自然でしかない。

 余談だが閲覧指定のないものは後程、研究室に届けられる手筈となっていた。


「随分と大荷物だな。よければ手伝うが」


 何度目になるか分からない手伝いを申し出る言葉だが、木箱が邪魔でファルサには相手の顔が見えない。

 しかし、言葉遣いから自分よりも上の身分だと判断し、まずは相手を確認しようと木箱をゆっくりと床に降ろす。

 ファルサの目に飛び込んできたのは、日頃からゼノビアで見慣れていた金色の流れる様な長髪に、碧色の瞳。

 柔和な笑みを浮かべ、ジレとキュロットにジュストコールという貴族の正装を身に纏い、両脇には付き人を従える美丈夫。


「ご挨拶が遅れてしまい申し訳ありません、ダンピエール公。ご壮健そうでなによりです」


 シルヴェストル・ド・ダンピエール、ゼノビアに結婚を申し込んできた張本人である。

 ファルサとしては、今このタイミングで顔を合わせるのは避けたかった。

 どこかで直接話す機会が欲しいとは思っていたが、それは足元に置いた木箱の中身を読み、十分に対策を練ってからを予定していたのだ。

 それがクテシフォン侯爵との会食の翌日になってしまうとは、最悪と言わざるを得ない。


「貴公も息災そうで何よりだ。あの時の新米魔導士が今では宮廷魔導士筆頭とは、全く貴公にはいつも驚かされているよ。領地に籠っていても貴公の噂は良く耳にしている。随分と派手に活躍しているようだね」


「過分な評価ですが、国王陛下のご期待に添えられる様に日々努力するのみです。ダンピエール公におかれましても、北部の平和に尽力されながら、宮廷まで耳目を広げておられるのは流石ですね」


 人の良さそうな笑顔で応対する二人だが、ダンピエール公の後ろに控えている付き人たちは、引きつった様な笑みを浮かべていた。

 ファルサは宮廷内でゼノビアとの仲を噂として意図的に広めた為、目の前に居る彼らの耳にも届いているはずなのだ。

 その上、ダンピエール公もゼノビアへ縁談を申し込んでいるのだから、端から見れば二人は恋敵同士である。

 笑顔のやり取りも、腹の探り合いにしか見えないのだろう。


「当主たる者、広い視野を持つ事は大切だからね。ところでスペキエース卿、貴公は社交界で随分と人気らしいが、女性にモテる秘訣を是非ともご教授頂けないだろうか。私は今年で二十三になるというのに、未だに決まった相手が居なくてね。浮名を流す貴公であれば、さぞかし手練手管に長けているのだろう」


「随分とご冗談がお上手で。私など、ダンピエール公よりも歳を重ねておりますが、未だに独り身ですよ。どうにも、良縁に恵まれないみたいです」


「はっはっは、これは失敬。貴公が若く見えるので、年上である事を失念していたよ」


「魔法使いは魔力の影響で常人よりも老いが遅いと言われています。そう思われてしまうのも致し方ないでしょう」


 この白々しい態度はわざとなのか、それとも何も知らないのか。

 ダンピエール公が、ファルサとゼノビアの噂について知っているのは確実だろう。

 その上で、ゼノビアとの縁談をファルサと被せる目的で持ち掛けたのか、それともファルサの存在など関係なく最初からそうするつもりだったのか、北部貴族の事で交渉すつるもりだったと知っているのか、いないのか。

 相手が持つ情報と意図を掴まなくては、解決の糸口を見い出すのは非常に困難なのだ。

 ただの優男にしか見えないのに全く内心が読めないのは、流石名門貴族の当主だな、とファルサは感心する。

 もっとも、ファルサも人の事が言えるわけでもなく、相手が同じ感想を抱いていてもおかしくない。


「貴婦人に聞かれてしまうと恨みを買いそうだな。怪しい若返りの薬に手を出して破産した、なんて話もあるくらいだ」

 

「女性はいつまでも若く在りたいと思うものですからね。まぁ、私は妻となる相手がそう願うのであれば、魔法を覚える事を勧めます」


 ちょっと待て、何故僕はこんな話題を持ち出しているんだ、とファルサは自分の発言に驚愕する。

 ダンピエール公が女性関係の話題に持って行こうとしているは明らかだが、ファルサにとって今はまだ避けたい話題である。

 不自然にならない程度に話題をすり替える事も出来るはずなのに、ファルサは妻となる相手等と、余計な言葉を出してしまった。

 今の流れであれば薬や破産に関連付けて、王国内でも危険視されている違法な薬の話や、領地経営、経済の話題など、いくらでも話を誘導して膨らませる事が出来るのだ。

 ゼノビアと結び付けやすい話題にするなど、悪手以外の何物でもない。


「妻……か。貴殿の耳には既に入っているかもしれないが、実はそろそろ身を固めようと思っていてな。先日、縁談を申し込んだところなのだ」


「大変お目出度い話ですね。北部を取りまとめるダンピエール公から縁談を持ち掛けられた相手は、さぞかしお喜びになられているでしょう」


 明らかな牽制の言葉、しかし両者の表情は変わらない。

 無理やり会話を打ち切りこの場を離れるのは、相手が公爵である以上、失礼にあたる。

 遠巻きながら、自分たちを好奇の目で見ている貴族や使用人の姿もファルサの視界に入っていた。

 第一王女の片腕で宮廷魔導士筆頭のスペキエース子爵と、第二王子の叔父で黒鉄騎士団副団長のダンピエール公爵。

 しかも、二人が会話をしているのは王宮の廊下で、否が応でも衆目を集めてしまう。

 何か良い口実はないものかと思案しながら、ファルサは変わらぬ笑みを浮かべて会話しているのだ。


「さて、それはどうかな。子供の頃は随分と懐いてくれて可愛らしかったのだが、今ではお互いに忙しくて顔も合わせていない。ただ、亡くなった我が親友の妹でもあるから、彼女が幸せな人生を過ごせる様にしてやりたいとは思っている」


「立派なお心がけ、私も見習いたいですね。ところで、付き人のお二人が心配そうな表情をされておりますが、何か急ぎの用事があったのでは?」


 ダンピエール公の付き人はどちらも若い男、おそらくは十五か十六歳程の騎士と執事である。

 役者揃いでもなければ、若い彼らが表情を変えたのは、ダンピエール公の発言が原因だろう。

 貴族の婚約というものは家の面子に関わる為、内々に話を進めるのが基本なのだ。

 公爵家の当主自ら侯爵家の令嬢に縁談を申し込んで断られました、等という話題は、社交界では嘲笑の的になってしまう。

 亡くなった親友の妹と言う発言から、相手がゼノビアであると連想する者も間違いなく現れる。

 付き人の彼らがダンピエール公の失言を心配するのは尤もであり、それも恋敵であろうファルサが知ってしまったのだ。

 昨日、ファルサがクテシフォン侯爵の屋敷に居た事を、ダンピエール公ならば知り得ている可能性もあるが、付き人の二人にはまず知らされる事はない。

 そうした行き違い、認識の違いが原因なのだろうが、ファルサにしてみれば会話を切り上げる絶好の機会であり、あたかも心配する素振りで見当違いの理由を指摘したのだ。


「あぁ、国王陛下に招聘されていたのだが、貴公と話している内に時間が差し迫っていたようだ。手伝いを申し出ておいてすまないが、失礼させてもらうよ」


「いえいえ、私の方こそ有意義な時間を過ごせました。それに公爵のお手を煩わせてしまうと、私が周囲から責められてしまいますので、どうかお気になさらずに。お心遣い、感謝致します」


 ダンピエール公は懐中時計を取り出し、時間を確認する素振りを見せてからファルサの言葉を肯定する。

 そして両者は貴族の礼儀に則った優雅な礼をしてからその場を離れ、ファルサは再び王宮の廊下を進んで行く。

 腕に抱えた荷物が先程よりも少し重くなったような感覚を覚えるが、体調が万全でないからだろうと判断して、ファルサはこれからの対策について思考を巡らせる。

 まるで、自分の中に芽生えた決して小さくない感情を誤魔化す様に。

 



  

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