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【過去編】ミラージュとアスタルト9

「……コホン。僕の作戦はこの本能を逆手に取ります。まず、邪竜が勝手に移動しながら暴れ回ってしまうと民衆に莫大な被害が出てしまうので、誰も住んでいない土地へ一旦誘導します。大体この辺りが適しているでしょう」


 そう言って咳払いをしてから話を続けるミラージュは、会議室内にある大きな地図にバツ印を付け加える。

 そこは現在、邪竜がいる猫魔族たちの縄張りから北に向かった場所で、大きな平原が広がる土地であった。

 二点を結ぶ線上には小さな村や街もあるが、事前に避難をさせれば問題はないとミラージュは判断し、更には移動距離や時間も加味して選定したのだ。


「そして、後は邪竜をここまでおびき寄せ……殺します。ゲルマニア帝国に追い返す案も考えましたが、少し現実的ではないですからね」


 邪竜は魔族領を食い荒らすまでは出て行かないだろう、とミラージュは予想していた。

 魔力とは生物の体内で作り出されているのだが、空気中にも魔素と言う形で漂っている。

 では、生物が死んだら体内の魔力がどうなるのかと言うと、そのまま魔素として空気中に広がるのだ。

 つまり、人間を殺すよりも魔力を多く持っている魔族を殺した方が空気中から魔力を吸収できる効率が良いという事になる。

 攻撃を仕掛けた相手に反撃すると言う行動は、本能的にエサを求めて行っているだけに過ぎないのだろう。


「ふむ、そしてミラージュ殿はその邪竜を死に至らしめる攻撃手段がある……と?」


 最初に確信を付く発言をしたのは長老であった。

 誰もが気が付いているのだろうが、ミラージュの作戦には大きな矛盾が孕んでいる。

 先程見せた魔法すら効かない相手を倒す攻撃など存在するのだろうか、と。

 それが無いならば所詮は机上の空論にしかならず、意味のない話なのだから。


「……勿論あります。ありますが、それには魔力を練り上げる為に相当な時間を要します。とてもじゃないですけど邪竜の目の前で呑気にやっている暇はないですね。だからといって邪竜が勝手に今の位置から動いて誘導の時間が掛かり過ぎてしまうと、僕の魔力が先に尽きてしまいます。何度計算しても、この地図に示した距離間が最適なのですよ。そして邪竜を誘導する方法は近距離だと瞬殺されるのがオチなので遠距離からの魔法が主となりますが、半端な攻撃だと無視される事もありました。邪竜の本能を考えると、誘導する方はエサとして相当魅力的に見える実力者か、ゲルマニア帝国の様に大量の兵を使って――」


「――いい加減にして下さい。貴方は何を口にしているのかわかっているのですか」


 最早何度目かになるかわからないアスタルトの怒り。

 しかし今回は今までとは比較にならない程、静かで冷たい声色だった。

 少し頭を働かせれば誰にでも分かるが、この作戦はミラージュが誘導先で魔力を練り上げて邪竜が来るのを待つ事を前提としている。

 しかし、転移魔法の扱うミラージュがいない状態で邪竜を誘導する場合、その者たちはどうなるのか。

 遠くから効果のない魔法を放ち邪竜をおびき寄せたが最後、強化魔法すら使えない魔族は逃げる事すらままならない。

 それは邪竜と戦った部隊が全員死亡したと言う事実から、容易に想像できる。

 片方は空を飛ぶ竜、しかも強化魔法を使った状態で素早く移動できるが、囮役はその身一つで逃げる必要がある。

 また、それ以外にも問題が出てくるのだ。


「そもそも邪竜を誘導する先までの間に住んでいた者たちは、家を失い、畑を失い、これからの生活すらままならなくなります。その上、誘導役は命を散らし、肝心の転移魔法が使える貴方は待っているだけ……そんな作戦、私は絶対に認めません! 無駄に命を散らすくらいならば、全兵力を持って邪竜を討ち滅ぼす方がいくらか現実的です。貴方の魔法については確かに認めますが、単独で邪竜を倒せるなど楽観的だとしか思えません。それならば、皆で協力をして全員で生き残る策を練るべきです!!」


 アスタルトの悲痛な叫びとも、悲鳴とも言える叱責が会議室内に響き渡る。

 彼女は父を尊敬し、民を愛し、部下を大切にしているのは誰もが知っている。

 だからこそ、ミラージュが立案した作戦に納得が出来ないのだろう。

 しかし、アスタルトも本心では気が付いているはすである、全員が生き残れる策こそ、楽観的な夢見事であると。

 少なくともミラージュが、考えも無しに誰かを犠牲にする様な冷酷な判断を下す男だと思っている者はこの場にいない。

 しかし、アスタルトが納得できない気持ちも、ここにいる士官たちは良く知っている。


「タルトちゃんや、民の事を考え、わし等の命を考えて怒ってくれてありがとう。タルトちゃんが良い子に育ってくれて、爺は嬉しゅうございます」


 長老は部下としてではなく、アスタルトを幼い頃から見届けてきた爺やとして言葉を発する。


「爺や……貴方もそう思って下さるなら、ミラージュの作戦に反対を――」


「――ですが、他に可能性のある策がないのは事実。そして無為に時間を浪費すれば、今すぐにでも邪竜が動き出すやもしれませぬ。……ミラージュ殿、この老い先短い爺の命で良ければ、好きに使って下され」


 長老が出した結論はアスタルトの希望を打ち砕くものだった。

 ずきり、と心臓の辺りから音が鳴ったかのような錯覚をミラージュは覚える。

 心のどこかでアスタルトの様に反対して皆が怒る事を期待していた、もっと別な両案が出てくることを期待していた、冷酷な作戦を立案したミラージュを見限って欲しかった。

 ミラージュは自惚れではなく現実として自分は頭が良いと自覚しているが故に、否が応でも残酷な作戦でしか邪竜を倒せない事も同時に理解してしまう。

 いっその事、この場で糾弾されて追い出された方が後腐れなく魔王軍を去る理由が出来て、罪悪感も少なくなったかもしれない。

 だが、長老が賛同した以上は、その後に続く展開もミラージュには容易に想像できるのだった。


「爺や! 貴方まで何を……」


「ふむ、俺は女房も子供も、大昔にあった金角共との戦いで亡くしちまったから、悲しむ家族もいねぇ。思えば、こんな死に場所を求めていたのかもな。……俺も誘導役をやらせてもらうぜ。老いぼれ爺を孤独死させるのも可哀想だしな」


「私も、結婚できずこの歳だし、愛するベルゼビュート様は可愛い娘まで出来ちゃったし、どうしようか迷っていたのよね。ま、好きな相手やその家族、そして同胞を守れるなら本望だし、私も参加するわよ」


「はっ! 既に結婚して何百年も経つのにまだ大将に懸想していたのかよ。こんなろくでもない女が命かけるのに、何もしないんじゃ男が廃るな。俺も混ぜて貰おう」


「自分も志願させて頂こう」


 続々と賛同の声を上げる士官たち。

 唯一、アスタルトだけが何が起きているのか信じられないといった表情をして、右へ左へと視線の先が動いていた。


「皆さん、僕みたいなぽっと出の意見にあっさりと乗っかって本当にいいんですか? 正直言うと、成功率はあんまり高くない……寧ろ失敗する可能性の方が高いですよ。主に僕の役割的な意味で。もしかしたら怖くて途中で逃げ出すかも知れません」


 最後の希望を込めて、と言っても最早悪あがきの様なものだが、ミラージュは敢えて不安を煽る様な言葉を口にする。

 実際、この作戦の要はやはり邪竜と戦うミラージュであり、万が一にも失敗すれば全員が無駄死になってしまうのだ。

 それどころか、転移魔法を使えるミラージュは戦死した振りをして逃げ出す事も可能である。

 それは誘導役となる者も同様であり、誰か一人でも恐怖や不安に負けて逃げ出されてしまえば、邪竜との距離が開きすぎて次の誘導が不可能になってしまう。

 最適な距離を、邪竜が引き付けられる最適な攻撃魔法を使いながら、最適な時間差で誘導し、ミラージュが魔力を練り上げた最適な状態で邪竜と対峙して初めて成し遂げられる作戦なのだ。

 ミラージュは邪竜と間近で接したからこそ邪竜の恐ろしさが身に染みており、少しでも自分に疑いがあるならばあの化け物と実際に対峙して心が折れてしまう事を危惧している。


「はっはっは。仮面のダンナが言いだしっぺなんだからそんな弱気じゃこまるぜ。それに実はアンタも、失敗したら死ぬような作戦なんだろ?」


「あー、まぁ、そうですね。正直、練り上げる魔力が尋常じゃないので、失敗すれば先に僕が死ぬかもしれません。ははは」


 そう言ってミラージュは何の気負いも無いかのように、笑いながら返事をする。

 ミラージュが考えている邪竜を死に至らしめる方法、それは邪竜と同じく魔力を吸収する謎の魔法を使う事だった。

 実際にほんの少しだけ中途半端な発動で試したみたところ何とかなりそうで、邪竜の鱗を削り取る事が出来たのも事実だったが、それでも一割以下の成功確率だとミラージュは考えている。

 そもそも同じ魔法を使っても肉体的には竜と魔族、しかも人間との混血であるミラージュでは勝負にならない。

 その上、想定できる魔力量も邪竜の方が圧倒的に多いのだ。

 あくまでもとりあえず戦える土俵に立てるだけ、しかも魔力が尽きるまでの時間制限付きという圧倒的な不利な状況でしかない。

 何度も戦えるのならば別の作戦を考えるが、三日で二千もの魔族を殺した邪竜をこれ以上放置する事も出来ないのだ。

 既に亡くなった二千名の魔族と士官二十名の命、それがミラージュの計算による最小被害数になる。


「へっ、こちとらアンタが生まれる前から戦場に出ているんだ。死を覚悟した奴かどうかなんて目を見ればわかるさ。それが片目だけでもな」


「そう言う事ですじゃ。いくら老いぼれても、その程度の事すら分からんくなるほど耄碌してはおりませぬ。ミラージュ殿……後の事は頼みましたぞ」


 敵わない、本当に敵わない、ミラージュは心の底から彼らに対してそう思っていた。

 副官とは言っても、普段はアスタルトの補佐に徹して、なるべく楽に過ごそうとしているのがミラージュである。

 そんな自分を信頼するなんて馬鹿げた話だし、自分が逆の立場ならこんな態度がとれるだろうか、寧ろアスタルトの反応が正常なはずだ、と。


「後の事……部下を囮にして殺した最悪の指揮官として、軍法会議に掛けられて処刑される可能性もありますけどね。まぁ、生きていたらその時は善処しますよ」


「他の皆までどうしたんですか! 嫌です! やめてください! ……や、やめ……て……」


 それでもなお、拒否をするアスタルトだったが、その場から崩れ落ちる様にして机に取れ込んでしまう。


「おやおや、副官殿は随分と寝かしつけるのが下手くそなようですな。タルトちゃんが小さかった頃のべルゼビュート様と一緒ですぞ。それにしても、城を守る指揮官が寝てしまっては一大事ですな。ふぉっふぉっふぉ」


「ま、直に目を覚ましますよ。僕らが失敗した時は彼女がいないと困りますからね」


「恨まれますぞ」


「覚悟の上です」


 ミラージュは長老の発言に対して、短い言葉で答える。

 ここにいる者たちは半数以上が銀角の悪魔族であり、それ以外の種族でも何百年以上もの長きにわたってベルゼビュートと共に過ごしてきた選ばれし猛者である。

 魔王軍設立以前より、不倶戴天の敵であった金角の悪魔族とは何度も殺し合いの戦いを繰り返し、それでも生き残ってきた兵たちなのだ。

 彼らは誰よりも間近で死を経験し、誰よりも傷つき、そして誰よりも仲間を愛していた。

 そんな彼らが、幼い頃より成長を見守っていたアスタルトを死地に送り込みたいと思うはずがない。

 アスタルトだけはこの場に置いていく、ミラージュは初めからそうするつもりで睡眠魔法を使用した。

 普段は抵抗されて効かない魔法も、精神を乱せば効きやすくなる。

 幻覚魔法や洗脳魔法を得意とするアスタルトは誰よりもこうした魔法を警戒し、対策を怠らない。

 だからこそ、わざと興奮させて冷静さを完全に失わせる必要があったのだ。

 そしてその行動に気が付いた士官たちは、より一層、ミラージュへの信用を強めるだけになるだろう。

 まるで彼らが忠誠を誓う、四天王ベルゼビュートのように。


「それでは皆さん、これからすぐに配置につき邪竜の討伐作戦を開始します。ここ三日の動向から考えても、邪竜は今すぐにでも動きだす可能性が高いです。周辺住民の避難誘導は既に僕が現地の兵に指示を出してあるので気にしないで下さい。それから……可能であれば生き残ってもらえると助かります。絶対、絶対に邪竜を倒しましょう!」


 ミラージュの言葉に二十名の士官たちによる咆哮が城の外まで響き渡り、周囲の木々に停まっていた小鳥たちが慌てて飛び出していく。

 彼らの顔は死地に向かうとは思えない程に明るく、そして楽しそうであった。

 大まかな配置の確認と、それぞれが邪竜に攻撃を仕掛ける時間の共有を済まして、ミラージュたちは会議室から転移魔法で姿を消す。


「いか……ないで……」


 唯一、この場に残されるアスタルトの閉じられた瞳からは、そんな彼らを想って流した一粒の涙が頬を伝って落ちていく。

 そして彼女が目を覚ますことになるのは、全てが終わってからの事であった。


次回、過去編最終話です

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