平和な時間
「二人とも何をやっているんだ! 男女七つにして席を同じにしてはいけないという教えを知らないのか! それを、そ、そ、添い寝をしていただと! 言語道断、不届き千番だぞ! うらやま……いや、けしからん!」
ユリアとファルサは、床の上に正座をさせられて、ゼノビアにお説教をくらっていた。
眉間に皺を寄せ、東方の諺を交えながら懇々と諭しているように見えているが、実際にはそうでもなさそうだ。
一方、ゼノビアと共に二人の添い寝姿を見たパルミナは、どこか嬉しそうな表情を浮かべながらその様子を眺めていた。
「ゼノビアー、そろそろ許しておくれよー。ボクの繊細で可愛いあんよが悲鳴をあげているよー」
ユリアは子供の様な言い方でゼノビアに願い出て、どうやらこの場を修めようとしている。
ゼノビアは少し怯んだのか閉口しかけ、更にその隙を縫ってファルサが畳み掛けはじめた。
「僕が言うのも何だけど、別にやましい事があったわけじゃないし、少し大袈裟じゃないかな? それに今日はこれからオークの処理もある訳だし……そろそろ村長さんの家に行かないと、村人達を待たせてしまうよ。騎士たる者、約束に遅れるのは如何なものかと思うけどね。きちんとした仕事をするのは僕たちの義務だと思うよ」
どの口を下げてそのような台詞が出るのか甚だ疑問ではあるが、ファルサは極めて正論をぶつけて、ゼノビアに問いかける。
ゼノビアが人一倍、規則や道徳にうるさい事を知っているからこその言葉だ。
「ぐ、確かにこのままだと遅れてしまうな……仕方がない、今回はこれくらいにしておこう。……ただし、同じ様な事は金輪際、禁止だからな!」
渋々と言った様子のゼノビアではあるが、騎士としての矜持を優先して二人を解放する。
「うー、足が痛いよー。パル姉ー、ヒールをかけてよー」
ユリアは足を震わせながらパルミナに駆け寄ると、そのままの勢いで抱きつき始める。
「もう、ユリアちゃんは甘えん坊さんね、はい、ひーる」
パルミナはユリアに微笑みかけながら、呪文を唱える……事もなく、その頭を優しく撫で回した。
ユリアは少しきょとんとしたが、そのまま何も言う事なく、撫でられ続けている。
「あうー、これは中々のひーるだねー。確かに回復しているよー」
気持ちよさそうに撫でられるユリアは、ひーるという名のナデナデを堪能しているようだ。
「いてててて……全く、僕はこういう罰は苦手なんだ。僕の体は見ての通りとても繊細だから、大事にしてくれないと困るじゃないか。」
少し……いや、かなり大袈裟に痛そうな声を出したファルサは、自身の膝を撫でながら立ち上がり、恨めしそうにゼノビアに言い放った。
そもそも魔族の体は人族よりも相当頑丈にできている為、いくらハーフでもこの程度でどうこうなる事は無いのだが、軽い仕返しのつもりのようだ。
「う……む、す、すまん。私も少々怒りすぎたかもしれない。確かにファルサ殿は魔法使いで、私やユリアと違うからな」
ゼノビアはタジタジとした様子で、ファルサに謝罪をする。
騎士であるゼノビアは勿論のこと、勇者であるユリアも見かけ以上に鍛えているのだ。
「いや、僕も不注意だったからね。……ただ、痛み分けと言う事じゃないけど、代わりに見回りはゼノビアとユリアに任せてもいいかな? 僕は動き回らない様に、村人とパルミナの護衛につこう思うけど、問題ないよね」
ここぞとばかりにファルサは見回りから外れようとする。
どちらにしてもパルミナや村人達が作業している間は、誰かが傍について魔物が寄ってこない様にする必要がある。
オークは昨日倒しているので、殆ど危険はないはずだが念のための対策だ。
周囲を歩き回って見回りをするのと、村人達の作業を眺めながら周囲を警戒するだけならば、当然後者の方が楽な仕事である。
「そう……だな、体力のある我々が周囲の見回りをするので、ファルサ殿はパルミナ殿の傍で護衛を頼む」
ファルサが事前に体の弱さを強調したことで、あっさりと承諾が取れる。
そもそも、ここまで一緒に旅をしてきており、そこまで体力がないのは少し考えれば不自然なのだが、ゼノビアは気が付かないようだ。
「うーん、別にボクも構わないよ。ジッとしているよりは、見回りの方がいいからね」
ユリアはそもそもの性格で、護衛の様に周囲を警戒して立っているだけの仕事は向いていない。
こうして役割分担が済んだことで、四人は村長宅に向かい、村人たちと合流した。
一同が昨日のオークを殲滅した場所にたどり着くと、村人たちは村長の指示に従いせっせと大きな穴を掘り、そこへ死体を集め始めた。
オークは唯でさえ体臭がきつく、また体も大きいためかなりの重労働だが、皆、一心不乱に作業を行っている。
「うーん、みんな凄く真面目だね。少しは嫌々作業すると思っていたけど、ここの村人たちは随分と熱心に働いているね」
ファルサは周囲の気配を探りながらも、隣にいるパルミナに話しかける。
自分が村人ならば、間違いなく参加しない様に全力を尽くすはずだ、と考えていた。
ちなみにユリアとゼノビアは既に見回りを始めている為、ここにはいない。
「そうですね……きっとあの村長さんが優秀な指導者で信頼されているからなのでしょう。ああいった方は中々お目にかかれませんね」
パルミナは心底、感心したといった様子で返事をする。
聖女パルミナ――彼女は女神フォルトゥナを信仰するフォルトゥナ教の司祭でもある。
その類稀なる魔法の能力から聖女と持て囃されており、今回のオークに使う浄化魔法や、怪我や病気を治す回復魔法、昨日ファルサを守っていた結界魔法などを扱う事が出来る。
三種の魔法は合わせて神聖魔法と呼ばれており、女神フォルトゥナの加護を受けた者しか扱えず、また殆どの人間はどれか一つだけの加護を受けることになる。
しかしパルミナは三つ全てを扱うことが出来、勇者であるユリアも女神の加護を受けている為、神聖魔法の講師としてこの旅に同行している。
言わば二人はどちらもユリアの魔法の師となり、優秀な魔法の使い手という訳だ。
「確かに僕も昨日話していて、中々気の良い人だとは思っていたけど、パルミナがそう言うなら相当な人物だね。こんな田舎にいるのがもったいない位だよ」
聖女パルミナはその能力と美貌から、多くの人物と接する機会があった。
時には重病の大物商人や、交際を持ちかけてきた貴族、王族にもパルミナによって命を救われた者がいる。
司祭としての仕事の傍ら、晩餐会や社交界への誘いも多く、布教の一環で参加していた為、人を見る目が自然と養われていた。
そのパルミナが掛け値なしに褒め称えるという事は、人柄や能力も含めて、一角の人物である事が殆どである。
「もう、そんなに褒めないでくださいよ、ファルサ君。……きっとあの方がいらっしゃるから、この村はオークの襲撃にも耐えられたのですね」
オークという生物は、田畑や食料を荒らすだけでなく、繁殖の為に女性を攫う様な魔物でもある。
その為、女性から毛嫌いされているのだが、そんな生物が村の外れに住み着いてしまっては、かなり危険である。
逃げ出してしまう者がいてもおかしくないのだが、ファルサ達がこの村を訪れた時には、村人は一致団結をしてオークの被害を最小限に抑えていた。
勿論、力で勝てるはずはないのだが、罠を仕掛けて近寄らせない様にするなど、とにかく工夫を凝らして、何とか時間を稼いでいたのだ。
「ここは本当にいい村だね、僕も住みたいくらいだよ」
長閑で平凡ではあるが、それ以上に村長を中心にまとまった居心地の良い村だ。
ファルサの発言は半分本気ではあったが、パルミナにはそれが冗談に聞こえたのか、小さな笑い声を漏らしていた。
「ふふふ、そうですね、そういう生活もいいかも知れませんね」
宮廷魔導士と言えば魔法使いの中でもエリート中のエリートだ。
そんな中でファルサは宮廷魔導士筆頭――つまりエリート達のトップに君臨している。
王宮での地位は、国王にも直接進言できる程であり、宰相や王国騎士団長などと並んで、少なくとも五指に入る権力を有している。
また、魔法使いの集団である宮廷魔導士は、その戦力も随一の為、ファルサを害するような相手は滅多にいない。
それだけの地位と力があるファルサが田舎に住むなど、普通は考えられない事だ。
「別に冗談じゃないけどね。今はこうして旅をしているからマシだけど、王宮に居ると忙しくて目が回りそうだよ」
いつもの様にため息を漏らすファルサに対して、パルミナは優しく語りかける。
「でも、それだけファルサ君が他の人に必要とされている証拠ですよ。誇らしい事じゃないですか」
ファルサとパルミナ、見るからに年齢はファルサの方が年上だ。
実年齢はともかくとして、白い肌に切れ長の黒い瞳を持ち、身長も高く細身のファルサは、どこからどう見ても二十代前半か、高く見積もっても二十代半ばである。
一方のパルミナは十九歳、見た目だけなら三歳から五歳近くの差があるのだが、意外と親しげな様子で、ファルサ君など呼んでいる。
二人の事を知らない者が聞くと、つい男女の仲かと邪推をしてしまうのだが、勿論そういった関係ではない。
「流石にパルミナには負けるさ。僕は唯の魔法バカだけど、パルミナは皆の憧れ、麗しの聖女様だからね」
冗談めかしてファルサがパルミナをからかうと、パルミナは少し頬を膨らませて、ファルサの顔を見上げた。
「もう、そうやってからかうだなんて、ファルサ君は意地悪なんだから。あんまり変なことを言うと、ユリアちゃんに言いつけますよ」
普段はパーティのお姉さん役として、大人しい様子のパルミナだが、ファルサと二人でいる時は年相応な少女の顔を見せる。
ユリアに言いつけられては後がうるさそうだな、とファルサは思いながらも、この平和なやり取りを楽しむのであった。
そんな二人の光景を、作業を終えた村人達が見ている事に気が付くのは、もう少し後になってからの話になる。