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【過去編】ミラージュとアスタルト2

 上体を逸らし攻撃を避けるミラージュ。

 短時間の間に二度も不意打ちを仕掛けられて対応できない程、未熟ではない。

 しかし、息を吐く間もなく再び攻撃が加えられる。

 アスタルトと同じ銀色の長髪を靡かせて、軍服を身に纏う眼鏡の男。

 男の手にはミラージュの首元を狙ったと思われる大鎌が握られており、振るった反動を物ともせずに二撃目を放ったのだ。


「っ! ゲート!」


 咄嗟の転移魔法による移動先はミラージュの視界内、と言っても室内にいる以上、場所は限られてくる。

 書類の山が築かれた机の上、ただ回避目的でミラージュが移動した場所は、安全とは程遠く、簡単に見つけられてしまう。


「ゲート!」


 そして繰り出される三撃目と、切り裂かれて舞い散る書類、再び別の場所へと転移するミラージュ。

 転移魔法の弱点二つ目、それは移動する距離に応じて発動時間に差が出来てしまう事だった。

 差、と言っても数秒程度の話なのだが、今の状況では致命的とも言える。

 そう、魔力印を刻んでいる安全な場所まで移動するだけの余裕が無いのだ。

 それならば窓の外や部屋の外などに転移すれば解決するはずなのだが、既にその選択肢は潰されていた。

 光を遮る分厚いカーテンと、既に閉じられた部屋のドア、外に通じる為の手段は皆無。


「ゲート!」


 残された方法は転移魔法で攻撃を避けた後、次の攻撃が繰り出されるまでに外への視界を得るか、もしくは直接相手の攻撃を見切った上で反撃に転じるか。

 そうは言っても敵の攻撃の速度があまりに速く、ミラージュが視線を向けた先に転移しているのを読まれているのか、徐々に転移するまでの時間が減っていってしまう。

 馬鹿げた速度だ、とミラージュは思わず歯噛みする。

 弱点三つ目、魔力印を用いない場合の転移先はミラージュの視界の範囲内に限られ、必ず視線の先になる。

 もしも視界の広い場所であれば、室内ではなく屋外であれば弱点とは呼べないどころか有利に働くのだが、今の状況では完全に足枷となっていた。

 何度か視線のフェイントを織り交ぜるものの、それが通じる様な相手ならば最初から苦戦はしない。


「ゲー……」

「チェックメイト……だね、ミラージュ君。まぁ、随分と頑張って逃げ回った方だとは思うけど、回避を転移魔法だけに頼るのは悪手としか言えないよ」


 男は激しい動きに耐えかねてずり落ちた眼鏡を右手で直しながら、勝利を宣言をする。

 左手だけで巨大な鎌を軽々と持ち、その切っ先はミラージュの首元へと向けられていた。

 悪手、そう言われてもミラージュにとっては他に選択肢が無かった。

 自身の身体能力を超える速度で迫る攻撃、今までは転移魔法を使用する事でどうにでも出来たが、今回の相手はミラージュにとって常識の埒外とも言える存在なのだ。


「流石は……四天王ベルゼビュート様、とお褒めした方が宜しいでしょうか?」


「ははは、別に私が優れている訳じゃあないよ。この程度の事を出来る者はそれなりにいるさ。それなりに……ね」


 それなりにいる、裏を返せばミラージュが敵わない存在が魔王軍にはまだまだ存在する、という事なのだろう。

 魔王様がここに自分を異動させた理由がこれか、とミラージュは得心がいく。

 戦闘において転移魔法に頼り過ぎている自覚は多少なりともあったが、これまでは特に問題は無かった。

 魔王軍の内部ならば安全だと思ってそこまで危機感を抱いていなかったが、最初はアスタルトに転移した直後を狙われて、あっさりと敗北を喫した。

 次は警戒していたにも関わらず、逃げる余裕すら与えて貰えなかった。

 転移魔法の発動速度、そして自身の身体能力についての課題が浮き彫りとなったのだ。

 四天王ベルゼビュートの軍は魔王軍の中でも規律に厳しく、訓練も相当な激しさだとミラージュは聞いていた。

 ここで副官として務める以上は、それなりの実力が要求される。


「副官として職務を全う出来る様に、日々邁進していきます」


「うんうん、私は君の様に理解が早い部下なら大歓迎だよ。正直に言うと、ミラージュ君の対応次第では……いや、これは今更言っても仕方がないか。歓迎するよ、ミラージュ君。アスタルトと共に私の片腕として存分に働いて貰おうじゃないか」


 ミラージュの殊勝な態度に、ベルゼビュートはニヤリ、と口角を上げて歓迎の意を示す。

 とりあえずはこれで正解だったようだ、とミラージュな内心で安堵する。

 当たり前ではあるが、ミラージュには職務を全うする為に身を粉にして働くつもりなどない。

 しかし、このままでいいのだろうか、という気持ちが芽生えてしまった。

 魔王軍に入った目的は適当に生活費を稼ぐためとハッキリしており、上司に媚を売って出世をするつもりなど毛頭ない。

 ただ、父親から受け継いだ転移魔法にはそれなりの思い入れがあり、それを用いて負けたままと言うのも釈然としないものがあるのだ。

 ベルゼビュートの言葉通り、対応次第では魔王の下に突き返される可能性もあったのだが、ミラージュの矜持がそれを許さなかった。

 少なくとも、この男の副官に就く事で得る物がある、そうミラージュは判断していた。


「貴方たちは……何をやっているのですか……。部屋も……書類も……めちゃくちゃにして……! 誰が……誰が……毎日、綺麗に整理していると思っているんですか!」


 執務室の入り口、そこには震える手で大鎌を掴んでアスタルトが、般若の様な形相で二人を睨み付けていた。

 部屋中に書類が散乱し、破けているものや切り裂かれているものも少なくない。

 元々、アスタルトはあまり表情豊かではないはずなのだが、はっきりと怒りの感情が見て取れる。

 ミラージュが横目でベルゼビュートの方を確認すると、余裕そうな笑みを浮かべながらも、どこか強張った様子であった。


「ミラージュ君、赴任早々になるが君に良い事を教えよう。娘は妻に似て魔族一、いや世界一と言えるくらいに可愛いが、怒ると物凄く怖いんだ。女性が怒った時に男が出来る事は、頭を下げてひたすら謝るか、愛を囁くかのどちらかしかない。覚えておくといいよ」


「……肝に銘じておきます」


 小さな声で呟くベルゼビュート、銀角の悪魔族を総べる族長としての威厳はどこにも見当たらない。


「ベルゼビュート様! 新入りの力を試すのは構いませんが場所を選んでください! 執務室でこの様な行為をすれば、こうなる事くらい簡単に想像が付きますよね?」


「いやー、タルトの言う事はもっともだね、うん。流石は私の娘だ、そんな聡明なところも愛らしいよ。出来れば昔みたいにパパと呼んでくれると嬉しいけどね、愛しのタルト」


 ベルゼビュートの発言でアスタルトの顔が見る見るうちに赤くなり、ミラージュの方を睨み付けている。

 タルトとは随分と可愛らしい愛称、そしてパパ呼びだったのか、とミラージュは少し驚きながらも、視線を向けない様に務めていた。

 女の子だからパパ呼びでも構わないじゃないかと思いながらも、余計な事を言ったら面倒な事態に陥るのは明白な為、ミラージュは空気を読んで沈黙を守る。

 沈黙は金、雄弁は銀という東方の諺にもある様に、黙るべきときを知ることは大事なのだ。


「……今回の件はお母様に報告させて頂きます」


「ちょ、ちょっと待ってくれないかな。イナに言うのは反則だよ。大体、ミラージュ君がいるのに私の威厳が失われてしまうじゃないか」


「知りません。お父様はお母様に叱られたらいいんです」


 どうやら怒りの矛先は銀に向かったようだ。

 ベルゼビュートは随分と焦った様子を見せているが、妻であるイナはどれだけ恐ろしい存在なのだろうか。

 それにしても賢王や暴君といった大層な二つ名を冠する四天王が恐れている相手が奥さんとは、確かに威厳も何もない。

 ミラージュは思うのだった、こうして父親とくだらないやり取りが出来るアスタルトが少し羨ましい、と。

 既に魔王軍の四天王と副官ではなく、唯の父と娘の関係になっている二人。

 規律に厳しいと聞いて面倒くさい上司を想像していたミラージュだったが、存外に居心地の良さそうな職場なのかもしれない、そう思えてきたのだ。

 しかし、その幻想はそう長くは続かなかない。

 翌日から、ミラージュはその身を持って四天王ベルゼビュートの本性を知る事となるのだった。


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