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四天王として4

 ミラージュたちが転移魔法で移動した先は見渡す限りの荒野であった。

 視界を遮る様な物は一切存在せず、草木すら生えていない。

 唯一の特徴と言えば、地面を深く抉り取った様な跡が無数に存在している事だけである。

 まるで巨大な隕石が大量に降り注いだのか、それとも神々による裁きの鉄槌が下ったのか、おおよそ誰かの手によって付けられたとは思えない程の規模であった。


「ここは以前、邪竜と呼ばれる化け物が暴れ回った場所でしてね、見ての通り草木の一つも残っていません。大暴れするには最適でしょう?」


「ああ、そういえば少し前にそんな化け物が居たって噂があったな。もっとも俺たちの村は外の情報があまり入ってこないから詳しくは知らないが。それにしても地形を変える程に暴れ回るとは、とんでもない化け物だったみたいだな。ま、何にせよここなら誰の迷惑にはならないって事か」


「ええ、邪竜の影響が未だに残っているせいでこの辺りに住む魔族もいませんからね。僕たちも好きなだけ力を振るえますよ」


「……」


 ミラージュは簡単に場所の説明をすると、ルヴトーも思い出したかのように言葉を続けるのだった。

 しかしアスタルトはミラージュに向かってジトっとした視線を送っており、何か言いたげな様子である。

 ミラージュの口ぶりからすると話題に上がっている邪竜だけがこの辺りの地形を変えた原因に聞こえるが、実際には違うのだ。

 それを良く知るアスタルトは、惚けた振りをしているミラージュに文句の一つでも言いたいのだろうが、決闘の前に余計な水を差すのもどうかと思って控えているのだろう。


「よーし、それじゃあいっちょう手合せをさせてもらうか。決着の方法はどちらかが負けを認めるか戦闘不能になった時点でいいよな? ダンナの力を見せて貰うとは言ったが、こっちも本気でやらせてもらうぜ」


「僕はそれで構いませんよ、ルヴトーさん。ただ、僕は手加減するのが苦手なので死なない様に十分気をつけてくださいね」


 まるで挑発するような発言をするミラージュだが、これは本気でそう思うからこそ口にしているのだ。

 ミラージュの体調は最悪に近いと言っても過言ではなく、時間をかけて様子を見ながら相手の力を測って加減をする事は難しい。

 しかしルヴトーを安心させる為にも圧倒的な力量差を見せつける必要があるので、相手が手も足も出ない様な攻撃を繰り出す必要がある。

 その為、序盤から全力を出して短期決戦をするつもりのミラージュなのだが、その出し方に問題があるのだろう。

 アスタルトも何となく嫌な予感がするのか、ミラージュとルヴトーから大きく距離を開けていく。

 ルヴトーはミラージュが安い挑発をする様な性格だとは思っていないらしく、歯をむき出しにした笑顔で答えるが、表情が若干引きつっているようにも見える。


「それでは、ミラージュ様とルヴトーさんの決闘を行います。両者向かい合って……始め!」


「ウォオオオオオオ!」


 アスタルトの合図の声と同時にルヴトーは雄叫びを上げながら持ち前の瞬発力を生かし、ミラージュへと肉薄する。

 狼化魔法を使用した狼魔族の武器は、バネの様にしなやかな脚の筋肉によって齎される速さと、肉を切り裂く為の鋭い爪、そして丸太の様に太い腕から繰り出される腕力になる。

 唯でさえ狼化した事で筋力が上がっている上、強化魔法も併用しているルヴトーは途轍もない力を誇っているようだ。

 ミラージュも強化魔法を使用して大鎌を器用に振り回して攻撃を防いでいるが、防戦一方になっている様にも見える。

 魔法使いであるミラージュに対して距離を取る事は下策であり、魔力を練り上げる隙を与えずに力と速さで押し込むのがルヴトーの狙いなのだろう。


「っく! 流石は……っ! 狼魔族の長。……凌ぐだけで……もっ! 精一杯ですね」


「そんなっ! ……事を言いながら! 話す余裕はあるみたいだな、ダンナぁあああ!」


 ルヴトーの爪とミラージュの大鎌が触れ合う度に、金属同士がぶつかり合った様な鈍い音が響き渡る。

 荒野中に届くのではないかと思わせる程に大きな音であり、それだけ二人のぶつかり合いが凄まじい力と力が激突している事を如実に表していた。

 短期決戦に持ち込みたいミラージュは、何とかルヴトーを引き離して大技を放ちたいと考えているのだが、中々それをさせて貰えない。

 ミラージュが転移魔法を使うにしてもここまでルヴトーに絶え間なく攻撃されていると、ゲートの座標を指定する事もままならないのだ。

 これは本当なら使いたくなかったけど仕方がないか、とミラージュは思いながら魔力を全身から放出させる。

 瞬間、ルヴトーは何かしらの危険を察知したのか、一気にミラージュから距離を取る様にして飛び下がる。


「おいおいダンナ、その如何にも物騒なモンは何なんだよ。全身の毛が逆立っちまったぜ」


 魔力とは魔法の源であるが、目で捉える事はできない。

 あくまでも感覚的に存在を認識して操っているに過ぎず、魔法として何らかの現象を起こしてから初めて目に映るものなのだ。

 しかし、ミラージュの全身からは黒い靄か煙の様な物が立ち込めており、途轍もない禍々しさを放っていた。

 魔法使い相手に距離を空けるという下策をルヴトーに行わせるほどの何かを纏っているミラージュは、大鎌と仮面も相まってまるで地獄の底からやってきた使者の様である。


「説明は……省略させてください。この状態は長く続けると僕も辛いので、先に決着をつけさせてもらいますね」


 そういってゆらり、とした動きで構えを取るミラージュは、黒い何かを腕から大鎌の刃へ伝わらせると、ルヴトーがいる方向に向かって勢いよく振り下ろす。

 魔力を武器に伝わらせて斬撃を飛ばす技は強化魔法の応用とも言え、達人と呼ばれる域に達している者ならば習得していてもおかしくはない。

 この場にいるルヴトーも始めから爪に魔力を纏わせており、その気になれば離れた場所からも攻撃が出来たのだ。

 しかし、普通に魔力を爪に纏わせたままの状態で攻撃するよりも威力は落ちてしまう為、同格以上の相手の場合には牽制程度の意味しか持たない。

 更に飛ばした斬撃のコントロールも非常に難しく、余程の訓練を積まなくては思った方向に行かないのだ。

 利点としては間合いの短い剣士などが離れた相手に攻撃が出来る上、不可視の斬撃を放つ事が可能となる点が挙げられる。

 しかしミラージュが放ったそれは、目に見える黒い刃となって真っ直ぐにルヴトーの方へと向かっていく。

 問題があるとすれば、それが尋常ではない速度でルヴトーに迫っている事だろう。

 刹那、と呼んでも差し支えない程の速さを持つそれに対して、ルヴトーが考える間もないだろう。

 見るからに余裕も無い動きで辛うじてといった様子でそれを避け、ルヴトーは態勢を崩して地面に膝をつけてしまう。

 ルヴトーの後方へと飛んでいった黒い刃は振り下ろす様な軌道で放たれた為、程なくして轟音を立てながら地面を抉り取って進んでいく。

 まるで巨大なスコップで地面を掘った様な跡が出来上がり、そのあまりの威力にルヴトーもアスタルトも呆気にとられているようだ。


「一応、もう何発か打てますけど……どうします?」


「……ば、馬鹿野郎! こんな馬鹿げた攻撃を何度も避けられる訳がないだろう! 降参、降参だよ、ダンナ。嬢ちゃん! 早く俺の負けを宣言してくれ!」


「え……あ、はい。そ、それではルヴトーさんが負けを認めたので、この勝負、ミラージュ様の勝ちとなります」


 いつもの調子で問いかけるミラージュに、ルヴトーは慌てて降参の意思を表明し、アスタルトを急かす様にして声を上げる。

 アスタルトは黒い刃が作り出した惨状を見て呆けていたのだが、声をかけられて我に返ったのか戸惑いながらも勝者を宣言するのだった。

 それを聞いたミラージュは先程まで全身を覆っていた黒い何かを解除し、ゆっくりとルヴトーの方へ歩いていく。


「ルヴトーさんなら避けてくれると信じていましたよ」


「……ダンナの恐ろしさは嫌になるくらいわかったぜ。最初はあくまでも様子見だったって訳か。それにしてもさっきの黒いのは一体何なんだ?」


 ミラージュは手を差し出しながら声をかけ、ルヴトーもそれに応じて立ち上がる。

 ルヴトーは狼化を解きながら先程の決闘について感想を述べるが、やはりミラージュの纏っていた黒い何かが気になるようである。

 少し離れた場所で審判をしていたアスタルトも二人に近づき、詳細を聞きたがっている様子でジッとミラージュの方を見つめていた。

 さて、どう説明したものか、とミラージュは少し悩みながらも言葉を発する。


「えーと、簡単に言うと強化魔法に近い魔法ですね。普通の強化魔法は体内に魔力を循環させる事で肉体を強化し、武器に魔力を纏わせる事で通常では考えられない様な威力を持った攻撃を行える上、熟練者ならば斬撃を飛ばす事が出来る様になります。先程の黒い靄の様な物を僕は魔力装と呼んでいるのですが、原理としては可視化できる程まで濃密に練り上げられた魔力を強化魔法と同様に全身や武器に纏わせているだけですね。……随分と難しそうな顔をしていますが、僕の説明がわかりにくかったですか?」


 魔法理論についてミラージュに語らせたら右に出る者はいないのだが、その考え方に着いて行くのは難しい。

 話自体は非常にわかりやすく噛み砕いた内容なのだが、常識外れの部分が存在している為、ルヴトーは引き攣った表情をしているのだろう。

 それに気が付いたミラージュは話を止めて何事かと問いかけ、ルヴトーもそれに応じて疑問を投げ返す。


「……原理はわかったが、その……魔力を可視化できるまで練り上げるって意味がわからねぇ。魔法が目に見えるのは魔力を利用して現象を起こしているからであって、魔力そのものを確認するのは感覚的なモンだろう? 元々目に見えない物がどうして見える様になるんだ?」


 ルヴトーの疑問はもっともであり、魔力は目に見えないというのが一般的な常識な考えになる。

 だからこそ魔力感知が出来る者は重宝され、視認できない魔法的な罠を防ぐことに役立つのだ。

 そもそも魔力を練り上げると言う行為は魔法を扱う者ならば誰でも行っている事であり、強力な魔法になればなるほど長い時間をかける。

 しかし、強大な魔法を発動させる過程で魔力を大量に練り上げたとしても、それが目に見える事はありえない。

 魔法として発動させた時に初めて視認できるのであって、それ以外には魔力感知が出来る者が気づけるだけである。

 ミラージュはいとも簡単に可視化などと言っていたが、普通はその様な発言をすること自体あり得ない事なのだ。


「魔力は目に見えない、確かにそれは正解です。しかし目に見えないからといって必ずしも無色透明であるとは限りません。例えば水やガラスなどは殆ど透明に近いですが、川や湖の水深が深い場合には底が見えなくなりますし、ガラスも何十枚と重ねた場合には反対側がぼやけてしまいます。それと同じく、魔力も限りなく透明に近いだけですよ。もっとも、可視化させるまで練り上げるには膨大な魔力量と瞬間魔力放出量、そして非常に精度の高い魔力制御力の三つが不可欠になりますけどね」


 魔力量とはその名の通り個人が体内に持つ魔力の量や魔法を使用する際に消費される魔力の量の事であり、これが枯渇してしまうと魔法が扱えなくなる。

 回復手段としては休息による自然回復や、魔力が水と混ざり合っているマナポ―ション等を飲む事で回復を早めることが出来る。

 瞬間魔力放出量とはその名の通り、一度に――正確には単位時間当たりに――体内から放出できる魔力の量である。

 仮に体内にある魔力量が百と十である二人の魔法使いが居た場合、前者の瞬間魔力放出量が一で後者が五だとすると、十の魔力を必要とする魔法を発動するには前者の方が五倍の時間がかかってしまう。

 そして魔力制御力とは魔力を練り上げる際に必要とされるものであり、十の魔力をそのまま十の魔法に変換する力と言い換えても良い。

 実際には魔力の無駄が発生してしまい、十の魔力で五の魔法しか扱えない事もある為、魔力の節約や魔法発動の速さに関わってくる重要な技術なのだ。

 この魔力を放出してから魔法として発動するまでの動作が、一般的には練り上げると呼ばれている。

 そして魔力量が一番先天的な要素、つまり生まれながらに持っている才能に左右され、魔力制御力は後天的に伸ばしやすい。

 瞬間魔力放出量は大量の魔力を使用する魔法を使う内に伸びる後天的な要素が強いのだが、元々の魔力量が少ないと効率的に伸ばしにくい為、丁度中間とも言えるだろう。

 これらは全てミラージュが自身の経験と古代文明時代の文献を元に形態化した理論であり、魔法使いの多くはそれぞれの流派によって異なる修行方法や考えを持っている。

 だからこそ少し前までのヴァロワ王国の宮廷魔導士たちは、魔力量だけで力押しをする様な二流、三流の魔法使いが多く、魔力制御力を鍛えている者は非常に少なかった。

 そして強化魔法は体内に魔力を循環させる魔法であるからこそ、魔力量や魔力放出量の才能に乏しく魔法使いの道を諦めた者でも扱えるのだ。

 もっとも、武器に魔力を纏わせる段階にまで達すると、それなりの魔力制御力は求められるのは言うまでもない事である。


「あー、つまりダンナの様に馬鹿みたいな魔力量を持った奴が、とんでもない量の魔力を一気に出せて、転移魔法が扱えるくらいの魔力制御力がないと無理って事だな」


「端的に言えばそうなりますね」


「わかった、ダンナの化け物じみた力については良くわかった。化け物みたいなダンナが傍にいれば娘も……ルウも大丈夫だろう。」


 化け物だなんて心外だな、とミラージュは思いながらもルヴトーを安心させる事が出来たのでホッと一息つく。

 先程見せたミラージュの攻撃は圧倒的な力と呼ぶに相応しく、王都の一つや二つを滅ぼす事など造作もない。

 また、ルヴトーが飛ぶようにして離れてくれたおかげで気づかれていないが、可視化できる程に凝縮された魔力は存在そのものが武器となる。

 万が一、ルヴトーが魔力装を纏ったミラージュに攻撃を仕掛けてきていた場合、魔力孔と呼ばれる魔力を体外に放出される為の穴が損傷してしまい、手や腕に激痛が走る事になっただろう。

 魔力孔の損傷は自身の魔力放出量を越えた魔力を無理に出す事で起きやすいのだが、ミラージュの魔力装はそれを強制的に発生させるのだ。

 魔力装とは言わば膨大な魔力の奔流であり、その流れに手を出そうものなら自身の魔力も飲み込まれてしまい、限界を超えて体内の魔力が強制的に引っ張り出されてしまう。

 ルヴトーが咄嗟に危険を感じて離れたのは正解であり、流石は狼魔族の族長と言える。


「僕の素顔や魔力装を披露したのはルヴトーさんだけですからね、納得して貰えたみたいで良かったです。それじゃあ僕とタルトちゃんは魔王様に報告する事があるので、申し訳ないですがルヴトーさんだけ先に村へ送りますね」


「ん、そうか、ダンナたちも色々と忙しいんだよな。とにかく俺の力が必要になったらいつでも言ってくれ。村の奴らには俺から上手く説明しておくから安心してくれよ。それから娘の事は頼んだぞ。ダンナが相手なら狼魔族の未来は安泰だ!」


 明るい声を上げながら笑顔を見せるルヴトーに、ミラージュは小さく頭を下げて転移魔法を発動する。

 すぐにルヴトーの姿はその場から消え、荒野にはミラージュとアスタルトだけが残っていた。

 先程のミラージュの口ぶりだとこのまますぐに魔王城へ向かうかの様に思えるのだが、どうやらその場から動く様子はない。

 そして大鎌を支えにしながらも力が入らないのかミラージュの体はズルズルと地面に崩れ落ちていく。


「ミラージュ様!」


 アスタルトは酷く慌てた様子でミラージュへと駆け寄り、心配そうな表情を浮かべていた。


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